第四章 その3

「ようやく正体を現してくれましたね。おかげで、今回の事件の成り行きについてはっきりと断言することができます」

「ぜひ私も聞いてみたいですね。低俗な人間がどんな推理をしたのか」


 フィズの姿を現し、シスターは人間を見下す態度を隠さなくなった。


「ええ、お話しましょう。今回の事件は人間を殺害することが目的じゃなかった。フィズの血を人間の体内に入れ、人間をフィズにする。これが目的だった。あなたは目的達成のため教会の活動を通してフィズにする人間を厳選した。あとは厳選した人間を誘拐して体内に血を入れるだけ。だが厳選した人間は死に、結果的に連続殺人事件となった」

「どこでフィズの血で人間をフィズにできるという話を聞いたのやら。……まぁ、予想はできますが。さてそれは置いておいて、そこまで事件の成り行きを推理できるとは塚原さん、あなたは低俗な人間の中でも少しはマシな部類の人間のようですね」

「そりゃどうも。しかし、分からなかったことが二つあります。一つは、なぜ死んだ人間の死体を死因が失血死だと誤認するよう工作して遺棄したのか。そもそも死体を遺棄しなければ被害者はただの行方不明者として処理され、連続殺人事件として世間の注目を浴びることはなかったのに」


 そう、そもそも被害者の死体を遺棄しなければ被害者は行方不明者として処理され、この事件が表に出ることはなかった。

 シスターは折津に協力する形で普段からフィズの死体を処理していたのだから人間の死体を処理するのは朝飯前のことだっただろう。

 しかし、シスターはそれをせずにわざわざ死体を遺棄した。なぜそんなことをしたのか、塚原にはその理由が分からなかった。


「もう一つは、なぜ倉庫内であれほど多くの人間を殺したのか。あなたは俺がフィズの存在を上層部に知らせるのを止めようとしましたよね。だが、倉庫内で多くの人間を殺したという事実はこれと矛盾します。あれほど人を殺して騒ぎにならないわけがないからです。幸いにも一般人にはフィズの存在を隠すことができましたが、フィズが生きていたことを政府が知り、自衛隊が動くことになりました。これはフィズにとってはとても不利になることのはずです。現にフィズが一体倒されました。まぁ、自衛隊に倒されたフィズはあくまでもおとりでしょうが、倉庫での一件がなければそのフィズは自衛隊に倒されずに済んだはずです」


 倉庫で塚原達を襲ったキツネ種大型フィズは最終的に二十七人もの人間を殺した。これほどの犠牲が出ればどんな形であれ、騒ぎになる。

 これは塚原を口止めしようとしたシスターの行動と矛盾する。

 さらに、この件でフィズが生きていたことを政府が知り、自衛隊が動くことになった。

 これはフィズにとって見下しているはずの人間に殺される可能性が上がってしまうことであり、なぜそんなことをしたのかが、塚原には分からなかった。


「なるほど……その程度のことなら教えてあげましょう。そもそもあなたの事件の成り行きの推理は少し間違っています」

「えっ?」

「あなたは結果的に連続殺人事件となったと言いましたが、あれは結果的にではなく、必然的なのです。人間がフィズになればそれでよし、人間が死ねばもともと死体を遺棄して警察に連続殺人事件として捜査させるつもりでしたから」


 塚原は、シスターの言葉が理解できなかった。


「警察が連続殺人事件として捜査をする。しかし、一向に事件の真相は見えない。それどころか死体はどんどん増えていく。そうなると人間の間に不安が広がる。そして、警察が一向に真相にたどり着けないこの連続殺人事件に興味を持ち始める。死体を遺棄したのは、この状況を作り出すためです」

「そんな不利な状況を作ってどうするんです?」

「連続殺人事件で多くの人間が興味を持ったこの地でフィズが暴れたらどうなるでしょう?」

「…………まさか」

「気付きましたね。倉庫でフィズが暴れたのは当然なのです。なぜなら目的は、人間に我々の存在を再び認識させることなのですから」


 塚原は、ようやく理解した。死体をわざわざ遺棄したのも、倉庫であれほどの人間を殺したのも、最初からフィズという存在を再び表に出すための行動だったのだ。


「あの時、俺が上層部にフィズの存在を報告するのを止めようとしたのは、自分達のタイミングでフィズの存在を表に出したかったからですね?」

「そうです。存在が表に出る時は、派手でなければ困りますから」

「折津に協力していたのは、フィズという存在を再び認識させる計画をじゃまされないためですか?」

「ええ。まさかフィズと戦い、フィズを殺し続けていた者がいるなど考えてもいませんでしたから。当然殺そうとしましたが、彼女は強すぎた。このまま折津さんを殺そうと戦い続けたらいつまで経っても人間に我々の存在を再び認識させる計画が実行できない。だから折津さんと協力関係になり、裏で計画の準備を進めました。その間も、多少の犠牲はありましたが」


 おそらく、折津が最近殺していたフィズは、全てシスターが協力関係というアリバイを作るために用意していたフィズなのだろう。


「計画はどうにか順調に進み、あとは倉庫内で人を殺し続け、警察が大勢やってきて騒ぎが大きくなっていき、それを知ったマスコミがカメラで生中継を始めた段階で姿を現せば完了、という段階までいきました」


 まさに、シスターの計画は成功寸前だったのだ。


「ですが、最後の最後で折津さんに倉庫内のフィズを殺され、政府にフィズの存在を知られたばかりか、政府によってフィズの存在が隠匿されるという最悪の展開になってしまいした」

「当然、折津にじゃまされないよう色々と工作はしたんですよね?」

「もちろんです。ですが、折津さんはフィズが暴れていることに気付き、嘘の情報を教えたにもかかわらずフィズの居場所を突き止めてしまったのです」


 あの時、折津が塚原に遅れたと言ったのは、嘘の情報を教えられて自力でフィズを探していたためだったのだ。


「まぁ、保険として失敗した時の策は考えていました。遺棄した死体に全て刃物による傷をつけて、刃物がついたフィズを殺せば全てが終わると思わせるという策が」

「刃物による傷をわざわざつけたのは、死因を隠す以外にもそういう理由があったんですね」

「幸いにもその策はうまくいき、今に至るというわけです。さて、塚原さん。私がここまで話したのですから、当然無事に帰れるとは思っていませんよね?」

「ここに来た段階で覚悟はしていましたから」


 もともとフィズと対面することになるだろうと塚原は覚悟していたと同時に、ここまで知った人間を簡単に帰すわけがないと思っていた。


「……様子を見る限り、あなた一人だけで来たと見せかけて仲間がどこかに隠れているというわけではない。つまり、本当に一人でフィズに会いに来たことになる。なぜそんな愚かなことをしたのですか?」


 たしかにシスターの言う通り、フィズと対面するのに一人で来た塚原の行動は愚かなものであった。


 なぜ、塚原はそんな愚かなことをしたのか。

 それは、折津のためだった。


 シスターは、折津がフィズと戦い始めてから初めてできた仲間だ。そんなシスターがフィズだと知ったら折津は、表面上は大丈夫なフリをするだろうが、心の奥底では間違いなく傷つく。

 塚原の推理には、折津を傷つける可能性が十分にあったのだ。

 騒ぎを大きくしたくない、自分の推理が間違ってほしい。そんな思いがあったから、塚原は推理が間違っていることを祈りつつ、推理が正しいか確認しに一人で来たというわけだ。


 もっとも、結局塚原の推理は正しく、塚原が保険として用意した関内がこのあと迅速に動いて騒ぎが大きくなり、折津の耳に入ることになってしまう。

 そう考えると、塚原の行動はまったくの無駄ということになる。そんな無駄なことが原因で死ぬ。文字通り、無駄死にである。


 だが塚原は、この行動は命を懸けるだけのことだったと思っていた。

 折津は、今まで命を懸けてフィズと戦い続けていてくれた。

 それは、自分では想像もつかないほど過酷なものだろう。そんな折津に少しでも恩返しがしたい。

 そう、塚原は思っていた。例えそれが、無駄死にで終わることになろうとも。

 だが、そんなことはわざわざシスターに教えなくてもいいことである。


「さぁ、なんででしょうね?」

「教える気がないのなら、それでいいです。どうせくだらない理由でしょうし。さて、計画は失敗しました。ですが、まだチャンスはあります。次のチャンスに繋げるためにも、私の素性を知った人間は殺します。二人まとめてね」

「二人? …………まさか!」

「こういうことです!」


 シスターは祭壇裏から何かを手に持ち、塚原に見せてきた。

 それは、クモの糸のようなもので腕と足を縛られて気絶している折津だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る