第四章 その2

 日が傾き始める中、塚原は紙に描かれた地図を見て、目の前にある建物が目的地であることを確認する。


「…………よし」


 塚原は、覚悟を決めて目的地である………………教会の扉を開けた。


「……市内の住民には退去命令が出たのにここに残っていたんですね、シスター」

「あら、塚原さんですか」


 扉を開けた塚原を出迎えたのはシスターだった。市内の住民は退去させられたのに、である。


「何か用でも?」


 祭壇から教会内の十字架を見上げるシスターは塚原に用件を聞いてきた。

 塚原がシスターと会ったのは今回を含めてたったの二回だけであったが、塚原にはシスターの様子が明らかに普段と違うのが分かった。


「なぜ退去命令が出たのにここにいるんですか?」

「折津さんに協力している中、市内にフィズがいると分かったら退去なんてできません」


 理由としては、普通ならば十分納得できるものであった。だが、その理由では今の塚原は納得することができなかった。


「ですが、フィズは倒されたようですね」

「よくご存知で」

「残存フィズ調査会の力を持ってすればこの程度のこと、すぐに分かります。ただ、一言お礼は言っておきましょう。一市民として、フィズを倒してくれたことに感謝します」

「フィズを倒したのは自衛隊です。お礼をするなら自衛隊にしてください。それよりも質問を続けていいですか?」

「さっきの質問で終わりではないのですか?」

「ええ」


 塚原は慎重に一歩ずつシスターのいる祭壇に近づきながら、自分が推理をすることになった切っ掛けの紙をシスターに見せる。


「シスター、この紙に見覚えは?」

「……私達が教会として配った紙ですね」

「あなたの悩み、聞きます。そう書かれた紙の裏にはこの教会の場所を示した地図。そうだとは思っていました」

「その紙がどうかしましたか?」

「この紙はたまたま歓楽街でみつけたものですが、これと同じものが連続殺人事件の六件目の被害者の自宅からもみつかったんです」

「何をおっしゃりたいのです?」


 シスターの顔がよく見える位置で歩みを止めて、塚原は話を続けた。


「実は六件目の被害者、うつ病だったんです。そんな被害者の自宅にこの紙があった。もしかしたら六件目の被害者、この教会に来たんじゃないですか?」


 そう、これが塚原が紙に描かれた地図を見た時に浮かんだ考えなのだ。

 根拠のない考えだったが、この考えは現実味を増した。六件目の被害者の自宅から押収した証拠品の中に同じ紙があったからだ。さらに、


「ここは教会で、悩みを持った人が何人も訪れます。ですが、私が記憶している限りでは六件目の被害者の方がここを訪れたことはありません」


 シスターの表情は、真実を言われ少し動揺している犯人の顔だった。

 この表情のおかげで塚原は確信を持って、自分の推理を言えた。


「そうですか。そう言うのなら今はそれでいいです。話を次に移しますから」

「次?」

「ええ、次です。次の話は連続殺人事件の最初の被害者についてです。最初の被害者は活発な子で、家族を大事にし、友人も多く、恋人もいて、その恋人とは卒業後に結婚する約束をしていた女子大生でした」

「そんな方が犠牲になったのは大変痛ましいことです」

「その通りですが、今はそういう話をしたいんじゃありません。最初の被害者である女子大生は卒業後に恋人と結婚をする約束をしていた。話したいのはこの部分です。卒業後に結婚の約束をしているということは、色々と準備をしていたはずです。そこで、女子大生の恋人だった人に連絡してあることを聞きました。式場の下見はしましたか、とね。していたんですよ、女子大生と恋人は。しかも下見をした式場は、この教会でした」

「……教会が、式場として場を提供するのはおかしいですか?」


 別におかしくない理由である。だが、その理由を言うシスターの表情はさっきよりも動揺していた。


「いえ、おかしくはありません。さて、続いては二件目の被害者についてです」

「まだ、続くのですか?」

「ええ、続きますよ。二件目の被害者は町内会の会長であり、和菓子店の店主でもある男性でした。この男性は町内会の会長として色々とイベントを企画していたそうです。そんなイベントにこの教会は屋台を出すなどかなり協力していたそうですね。遺族の方が印象に残っていたらしくて色々と話してくれましたよ」

「…………」


 とうとうシスターは喋らなくなった。

 塚原はそんなシスターの様子を確認しつつ、話を続けた。


「三件目、四件目、五件目の被害者はそれぞれ男子小学生、老人ホームに入居していた老婆、男子高校生でした。学校や老人ホームの関係者に聞いたところ、この教会がボランティアとして訪問していたことが分かりました。ここまで言えば俺が何を言いたいのか分かりますよね? 連続殺人事件の被害者達には、この教会に関わったという共通点があったんです」


 これが、塚原がみつけた連続殺人事件の被害者達の共通点。全ての被害者達が、形はどうあれ、この教会に関わっていたのだ。


「無論、これらを偶然と言われれば、偶然としか言えません。教会という共通点がありますが、その接点は人によっては薄すぎる。それに教会は活動をしていたら必然的に多くの人と関わることになります。ただ、ここの教会は普通の教会ではありません。残存フィズ調査会という裏の顔がある教会です。そんな教会が連続殺人事件の被害者達の共通点となると、偶然として片づけたくはありません」

「…………塚原さん。あなたは私達を疑っているのですか?」


 沈黙していたシスターがようやく口を開く。


「はっきりと言えば、そうです」

「なるほど。疑うのは自由です。ですが、連続殺人事件の犯人であるフィズは既に倒されているのですよ? それでも私達を疑うと言うのですか?」

「ああ、倒されたフィズが連続殺人事件の犯人っていう話、そうとも言えなくなりました」

「えっ?」

「現存していた六件目の被害者の遺体を解剖したところ、被害者の体内からフィズの血が発見されました。フィズの血が人間の体内に入ると、人間は死んでしまうそうです。倒されたフィズが連続殺人事件の犯人だとされたのは被害者の死因とされた傷口とフィズの両腕についていた鋭い刃物が一致したからであり、別の死因の可能性が出てきたとなると、倒されたフィズが連続殺人事件の犯人だとは断言できなくなりました」

「……そうですか。その可能性が出てきたのなら、私達も別のフィズがいると考えて捜索をします」


 塚原から見てシスターはあきらかにしらばくれていた。

 だが、塚原にはシスターの態度を変えさせる、この事件の真実を暴く、魔法の言葉があった。


「そうですか。…………それにしても、こんなものなんですね」

「何がですか?」

「自分達は人間よりも上の存在だとフィズは思っているらしいんですがね、そんな風に見下している人間の刑事一人にここまで連続殺人事件の真相を暴かれてしまうとは、本当に笑ってしまいそ「おい」」


 フィズはプライドが高く、人間を見下している。そんなフィズが人間に挑発されて黙っていられるわけがない。

 つまり、人間からの下手な挑発でもフィズは我慢できないということである。


「人間が図に乗るな」


 シスターは、そんな下手な挑発に見事乗った。


「その反応を待っていました。シスター、あなたは……」

「ええ、そうです。私は……」


 シスターの体が変化していく。肌は白色になり、体のあっちこっちから生えた棘や爪のようなものが修道服を破き、頬から鋭い顎が現れ、シスターの目は八つに増えた。


「フィズです」


 シスターは、クモに似た、クモ種人変異型フィズとしての姿を現した。

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