第三章 その7

「まずい! これでは部隊に無線で連絡ができない!」


 間一髪、指揮車から脱出することができた塚原達だったが、指揮車が炎に包まれてしまったことで物井の言う通り、交戦中の部隊にミサイル発射のため戦闘機が向かっていることを無線で連絡することができなくなってしまった。


「無線が使えない。ならば、我々が直接交戦中の部隊に向かってミサイル攻撃を知らせるしかありませんね」

「はい?」


 塚原は、関内の言葉に驚く。


「……関内警視の言う通り、それしかないですね」


 だが、物井の言葉を聞き、どうやら自分は銃弾飛び交う戦場に向かわざるを得ないことを塚原は察する。


「ん? どうした塚原、そんな顔をして。部隊までの距離は百メートルほどだ。たいした距離じゃないだろ」

「いや、たしかに距離はそのくらいなんですか、防弾チョッキにヘルメットを被っている状態で走るのは中々しんどいんですよ」

「たしかにな。だが、物井二等陸佐達について行った方が、ミサイルが発射された時の隠れるタイミングが計りやすいだろう」

「……その通り、ですよね」

「というわけで、ご一緒させていただきますよ、物井二等陸佐」

「分かりました。……今から我々は交戦中の部隊に合流する! 死ぬ気で走れ!」


 物井の言葉を皮切りに、塚原達は一斉に交戦中の部隊に向かって走り出した。


 いつサル種人型フィズからの攻撃や跳弾が飛んできてもおかしくない状況のためか、防弾チョッキにヘルメットを被っているにもかかわらず塚原はいつも以上のスピードで走れていた。


 交戦中の部隊まで残り五十メートルほどになると、サル種人型フィズが塚原達に気付き、塚原達の方を向いたが、


「二佐達を援護しろ!」


 交戦中の部隊が銃撃をさらに強め、塚原達を援護した。

 そして、時間にして十数秒。走り出した塚原達は交戦中の部隊に合流することができた。


「なかなか速く走れたじゃないか」

「多分、百メートル走の自己ベスト更新しましたよ」

「それはよかったな」


 塚原が関内とお互い無事に合流できたことを冗談交じりに言い合う中、物井は部隊にミサイル攻撃を知らせた。

 幸いにも部隊はまだ満足に展開することができておらず、ミサイル攻撃についてはこの場にいる自衛官に知らせるだけで済んだ。

 そして、全員が銃撃を続けつつ、サル種人型フィズに気付かれぬよう退避しやすい場所に移動を始める。


「私達はあのビルの窓から入るぞ」

「はい」


 塚原も関内と退避する場所を決め、物井の合図を待つ。と、そこで塚原はあることに気付き、物井に話しかけた。


「あの、物井二等陸佐」

「何ですか?」

「部隊に合流したんですから、無線機を借りなくていいんですか?」

「なぜです?」

「いや、無線機を使わないとミサイル発射の知らせが分からないんじゃないですか?」


 そう、無線機がないと戦闘機がミサイルを発射したタイミングが分からない。

 塚原達が部隊に合流したのは部隊にミサイル攻撃のことを知らせるためであるが、同時に塚原は部隊が持つ無線機でミサイル発射のタイミングを知るためと思っていた。

 だから、部隊に合流しても無線機を借りない物井に気付き、塚原その事について聞いたのだ。


「ああ、この部隊が持つ無線機だと本部や戦闘機のパイロットとの通信は中継機がないとできません。しかし、その中継機は我々が乗っていた指揮車でして、その指揮車が壊れてしまったため、この部隊が持つ無線機では本部や戦闘機のパイロットとの通信はできません」

「……えっ?」


 塚原は一瞬、物井が何を言ってるのか分からなかった。


「あ、あの、ならどうやってミサイルの発射を知って退避するタイミングを言うんですか」

「こういうビルが立ち並ぶ場所での戦闘機がミサイルを発射する距離は何となく分かるので戦闘機の音でその辺りに来たと判断して退避の命令を出します。つまり、私の勘ですね」


 とんでもない物井の返答に塚原が気を失いかけた時、塚原の耳にある音が入ってきた。

 ミサイル攻撃をする戦闘機の音である。


「塚原巡査、退避の準備を」

「は、はい。そのー、勘、信じています」

「ええ、任せてください」


 もう塚原は、物井がした笑顔を信じるしかなかった。

 近づいてくる戦闘機の音はどんどん大きくなっていく。

 そろそろ退避した方がいいんじゃないか、もう退避してもいいんじゃないか、今すぐ退避しよう、と塚原の中で不安の度合いが高くなっていく。


 そして、


「……RPG発射! 総員、退避!!」


 物井の命令が辺りに響き、何人かの自衛官がRPGをサル種人型フィズに向けて発射すると同時に全員が一斉に退避を始め、塚原と関内は先ほど決めた退避場所であるビルに向かった。


 ビルの窓は住民が市外に退去しているため閉まっていたが関内が走りながら銃を発砲して窓ガラスを壊し、塚原と関内はビルの中に入り、ビルの中の物陰に体を滑り込ませた。

 その直後、鼓膜が破れそうになるくらい大きな爆音とビルの窓ガラスを割る爆風、爆発による揺れが一遍に襲ってきた。


「……ふぅー、一安心だな」

「はい」


 物井の命令のタイミングが良かったからか、塚原と関内は無事退避することができた。


「さて、ミサイル攻撃の方はどうなった」


 爆音も爆風も揺れも収まり、外の様子を見るべく関内が物陰から出て、塚原もそれに続いた。

 爆風で関内が銃で壊した以外のビルの窓ガラスも全て割れており、その内の一つの窓から塚原と関内はゆっくりと顔を出して外の様子を見る。


 ミサイル攻撃の影響で煙が舞って視界は悪かったが、何とか外の様子を見ることができた。


ミサイル攻撃を受けたサル種人型フィズは…………立っていた。


「ミサイル攻撃を受けてもまだ立っていられるのか」

「いや、よく見てみろ」


 関内にそう言われ、塚原はサル種人型フィズをよく見てみる。


「人……間…………が」


 サル種人型フィズはミサイル攻撃を受けて、さすがに無事ではなかった。体はボロボロで、いつ倒れてもおかしくない様子だ。


「弾がなくなるまで撃ち続けろ!!」


 塚原と関内とは別の場所に退避した物井の声が聞こえた直後、退避した自衛官の銃撃が一斉にサル種人型フィズに襲った。


「ぐがっ!」


 その銃撃は今までとは違い、確実にサル種人型フィズにダメージを与えていた。

この銃撃で倒せるんじゃないか、と塚原が思った時、


「……ふっ」


 サル種人型フィズが、笑った。

 そして、その直後、サル種人型フィズは倒れた。


「私が確認する!」


 隣のビルからサル種人型フィズが死んだかを確認するため物井が出てきた。

 物井は慎重にサル種人型フィズのもとに向かい到着し、サル種人型フィズの体を触り、確認を始めた。


「……対象の沈黙を確認!!」


 物井が大声でその場にいた全員に報告した。


「終わったな」

「ええ……」


 塚原が関内と会話する中、辺りからちらほらと勝利を喜ぶ自衛官達の歓喜の声が聞こえた。


「どうした、喜ばないのか?」

「喜んでますよ」


 関内にそう返事をしたものの、塚原は素直に喜べないでいた。

 倒される直前にサル種人型フィズが見せた、笑みのせいで。

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