第三章 その6
午後五時。塚原は県警本部に戻ると関内が話しかけ、自衛隊に同行するための準備をした。
その準備は、フィズと対面する可能性を考慮して、防弾チョッキを着用し、機動隊が使っているヘルメットを被るというものだった。
準備が終わり塚原は関内と共に県警本部のすぐ近くにある県庁に向かった。自衛隊が作戦をする上での作戦本部を県庁に作っていたためだ。
「失礼します」
「ん? ああ、あなたが関内警視ですか」
作戦本部に入ると一人の自衛官が話しかけてきた。
「はい。こっちは同行する塚原義樹巡査です」
「ど、どうも」
「同行するのは、塚原巡査ですね。私は、本作戦の現場指揮を担当します、
「二等陸佐? 佐官階級の人間が、現場指揮ですか」
関内の言う通り、二等陸佐はかなり階級が上の人間であり、そんな人間が現場指揮をすることに塚原は珍しさを感じる。
「それだけ、自衛隊がこの作戦にかける思いは強いということです」
「なるほど、分かりました。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
自己紹介が一段落したため、関内と物井が握手をする。
「塚原巡査も、よろしくお願いします」
「あ、ああ、こちらこそ」
自分も握手を求められるとは思っていなかった塚原は、慌てて対応する。
「もう間もなく作戦が始まります。なのでお二人には今から指揮車の方に移動してもらいます。よろしいですね?」
「ええ」
「はい」
「それではご案内します」
そして、塚原と関内は物井に案内され、指揮車に向かった。
塚原と関内が指揮車に乗ってすぐに作戦は始まった。
指揮車は車輪が六つの装甲車で、中は狭いものの、体の自由が効くほどの広さがあった。
そんな指揮車には随一、完全封鎖された市内でフィズを探す部隊からの連絡が入り、そのたびに物井がその部隊がいる場所で、隠れやすい場所はあるかどうか塚原と関内に質問してきた。
地理状況をアドバイスするために塚原と関内は指揮車に同乗したのだから当然その質問に的確に答えるべきなのだが、もともと百万人近い人間が住んでいた市内は広い。
そのため市内に住んでいる塚原でも行ったことのない場所について聞かれることが多くあった。
だが、そんな時は関内が素早く的確な答えを言っていた。おそらく、関内は市内のいたる所の地理状況を完璧に理解しているのだろう、と塚原は思った。
しかし、この指揮車に乗っている以上、自分だって役に立たなければならないと考える塚原は、自分が知っている場所について聞かれた時は頭をフル回転させ、これだと思う答えを言っていた。
そして、作戦が始まってから二時間ほど経った頃、指揮車にある通信が入ってきた。
県警本部に程近い、駅前のビルが立ち並ぶ場所でフィズを発見した、と。
「それは本当か!?」
『はい! 現在交戦中です!』
「分かった。私もすぐにそっちに向かい、直接指揮を執る」
指揮車の現在位置は駅前からそう遠く離れている場所ではなかったため、フィズを発見したという連絡を受けて、物井はすぐに駅前に向かうことを決めた。
そして、それが意味するのは、
「お二人には申し訳ございませんが、このまま現場に向かわせてもらいます」
塚原と関内がフィズと交戦している最前線に向かうことになるということであった。
「この話を受けた段階で覚悟していました。そのための準備もしました。ですから、私達には構わずに急いで現場に向かってください、物井二等陸佐」
「……分かりました。出発だ!」
「了解!」
物井が指揮車を運転する部下に命令を出し、塚原と関内が乗る指揮車はフィズのもとに向かった。
塚原は物井に言われる前に指揮車がフィズと交戦している現場に着いたことを理解した。
なぜなら、指揮車の中にいても無数の銃撃音が聞こえるからだ。
「これは……」
現場に到着するとすぐに物井は運転席から双眼鏡を使い外の様子を見て、絶句していた。
「塚原、見てみろ」
関内に呼ばれ、塚原が関内の方に視線を向けると、関内は勝手に指揮車横の窓を開けて双眼鏡を使い外の様子を見ていた。
「勝手に窓開けて、しかも双眼鏡まで使っちゃっていいんですか?」
「いいから見てみろ」
関内は塚原に双眼鏡を渡してきた。
「は、はい」
関内に促され、塚原は双眼鏡を使い外の様子を見てみる。
そして、塚原は外の様子を見てなぜ指揮車の中にいて無数の銃撃音がこうも聞こえるのか理解した。
外は、戦場だった。
何人もの自衛官がマシンガンやロケットランチャーといったありったけの兵器をこれでもかというくらいに撃ちまくっていた。攻撃している対象はもちろんフィズ。
だが、そんな銃撃の嵐を受けても、フィズは立っていた。
「うぉおおおおおおおおおお!!」
フィズはサルに似た人ほどの大きさで、サル種人型フィズと呼称できる姿をしており、塚原が遭遇したキツネ種大型フィズと比べて迫力は劣るが、これだけの銃撃を受けても立ち続けるその姿は、フィズの恐ろしさをあらためて感じさせるものだった。
塚原は、そんなサル種人型フィズの体のある部分に注目していた。それは、
「塚原、あのフィズの腕を見ろ」
「もう見てますよ」
サル種人型フィズの両腕についている、鋭い刃物のようなものだった。
そう、鋭い刃物。フィズの仕業とされる県内で起きた連続殺人事件。その被害者は全員、鋭利な刃物で切り裂かれている。
つまり、今自衛隊が交戦しているサル種人型フィズは連続殺人事件の犯人である可能性が高いということである。
と、その時、
「二佐、本部から連絡です!」
「何?」
作戦本部から通信が入ったと自衛官の一人が物井に報告してきた。
「はい、こちら物井。……な、何ですって!?」
物井は通信に出ると驚いた様子を見せた。
「……もう一度、命令をお願いします。……はい、了解しました。……ええ、それでは」
通信を終えた物井の表情は、どこか深刻そうだった。
「軍人が命令をもう一度聞く時は、よほどの命令をされた時。物井二等陸佐、どんな命令をされたんですか?」
そんな物井の表情に塚原と同じく気付いた関内が物井に聞いた。
「……政府は、フィズに対して戦闘機によるミサイル攻撃を決定しました。既に戦闘機は基地を発進。我々には、ミサイルが発射される直前までフィズを足止めする命令が出されました」
「ミサイル攻撃!?」
塚原は、物井の口から出たミサイル攻撃という言葉に驚く。
「それはまずいですね。ここら一帯はビルが立ち並んでいますし」
「ええ」
一方関内は、冷静に受け止め、物井と事態の深刻さを話す。
「あの、関内課長。どうしてビルが立ち並んでいるとまずいんですか?」
「少し考えれば分かるだろ。ミサイル攻撃がおこなわれたら、ここら一帯に強力な爆風が起こる。その爆風がビルを直撃したらビルの窓ガラスはどうなる?」
「……割れて、地上に落ちる」
「そういうことだ」
つまり、このままミサイルが発射されれば、例えミサイルの直撃を免れてもフィズと戦っている自衛官の身は危ないということだった。
「とにかく、部隊にはギリギリまで交戦してもらい、ミサイル発射直前に可能なものはミサイルの影響を受けない範囲にある車両の中に、その他は建物内に入ってもらいましょう」
「それがベストでしょう」
「ではさっそく私は無線を使って部隊に指示を「二佐!」どうし……っ! 全員急いで何かに掴まれ!!」
突然、物井が大声を出し、塚原はそれがどういうことなのか理解する前に、反射的に自分が座っていたイスの背もたれを掴み、その直後、大きな衝突音と共に、指揮車が大きく揺れた。
「うぉ!?」
「物井二等陸佐、何が起きたんですか!?」
装甲車が大きく揺れる中、関内が物井に聞いた。
「フィズが銃撃の隙をついて指揮車めがけて近くにあった自動車を投げてきたんです!」
「そこまで距離は離れてないとはいえ、自動車を投げて当ててくるとはさすがフィズですね」
「どうやら、全員無事ではあるようですね」
「ええ」
「何とか」
全員が無事だったのは、物井の大声のおかげであった。
「被害は?」
物井が自衛官の一人に聞く。
「フロントガラスにひびが入りました。あとはおそらく前方部分にへこみが。フィズの方は交戦している部隊が我々に追撃をしないよう、銃撃を強めてくれています。ただ、自動車がどうも指揮車の上に乗っかってしまったようで」
そんな会話が聞こえたので、塚原は運転席の方を覗き込んでみる。
自衛官の言う通り、フロントガラスにはひびが入っていて、投げられた自動車が指揮車の上に乗っかっているのか、自動車の車体の一部が見えた。
「仕方ない。一度、外に出て安全確認を」
「了解」
物井と自衛官が会話を続ける間も塚原は自動車の車体の一部が見えるひびの入ったフロントガラスを見続けていた。
と、その時、塚原は見なかったことにしたくなる光景を視界に収めてしまった。
「あ、あの……」
「ん? どうしました?」
物井が自分の方に振り返るのを確認し、塚原はひびの入ったフロントガラスのある場所を指差した。
そこには、オレンジ色の液体が流れていた。
「あれって、自動車から漏れたガソリンだったりしちゃいます?」
「…………全員急いで外に出ろ!!」
物井の悲鳴に近い叫び声を聞き、指揮車内にいる全員が急いで指揮車の外に飛び出た。
そして、指揮車から全員が飛び出た直後、指揮車の上に乗っていた自動車が爆発、炎上。指揮車は炎に包まれてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます