第三章 その5

 塚原は折津の長い、長い話を通して知らなかったことや知りたかったことなどを聞くことができたが、一番印象に残ったのはやはり折津が人間とフィズのハーフである、ということだった。


「なぁ、折津。お前はどう思ってるんだ。その、自分が人間とフィズのハーフであることを」


 だからだろうか、塚原の口からは自然とそんな言葉が出ていた。


「ん? まぁ、受け入れてはいるよ。ただ、ここまで成長するのには苦労した。育ての親はけっこう真面目に私のことを育ててくれてたけどな。人間とフィズのハーフである私をどうにか手を尽くして幼稚園や学校に通わせてくれたし。でも、小学校以降の学校通いは大変だった。何せ寿命が長い分、成長が人間と比べて遅いから進級のたびに転校って形で姿を消して数年待たないと進級できなかったからな。もっとも、最終学年だけはどれも通えなかった。普段は誤魔化せても最終学年には卒業アルバムっていう絶対に写真を撮らなきゃいけないイベントがあったからな。でも、高校は楽だった。もう成長が止まっていてもおかしくなかったからな。三年間一度も転校することなく通えたし、卒業アルバムも撮れた」


 普通に学校に通い、普通に卒業する。自分にとって何気なかった高校生活が、折津にとっては特別なものだったのかもしれない、と塚原は思った。


「高校を卒業してからはお前も知っての通り、フィズと戦う日々だった。その時には育ての親のもとから離れていたから久しく一人だったけど、フィズとの戦いの最中、シスター達と出会って、今みたいな協力関係になった。そうそう、シスター達は表向き教会だからさ、教会らしいことを色々とやっていて私も何度か手伝わされてたんだよな。礼拝に懺悔、結婚式とかボランティア活動。近くの町内会が企画したイベントの時には屋台出して私が店番やったんだぜ。まぁ、なんやかんや私はそれなりに楽しく過ごしてきた。だからさ、そんな心配しているのが丸わかりの顔をするのはやめろよ、塚原」


 折津の話を聞き、折津は楽しく過ごしてきたのか心配する塚原の気持ちは、顔に出てしまっていた。


「……そんなに丸わかりだった?」

「ああ。警察官とは思えないほど丸わかりだった」


 丸わかりだったことに少しばかり恥ずかしさを感じつつ、塚原は折津本人が口にした楽しく過ごしているという言葉に安堵する。

 と、同時にあることに気付く。まだ、折津に聞いていないことがあるということに。


「折津、もう一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」

「いいぞ」

「折津、お前はどうしてフィズと戦うんだ?」


 折津がフィズと戦う理由。折津がどのように人生を送り、高校卒業後はフィズとの戦いに明け暮れる日々であったことは、折津の話を聞き塚原は理解した。

 だがそこには、折津がフィズと戦う理由がスッポリと抜け落ちていたのだ。


「どうしても知りたいか?」

「ああ」

「分かった。教えてやるよ」


 まっすぐ塚原を見つめ、折津は口を開いた。


「私がフィズと戦う理由は――――」


 そして、折津が戦う理由を言おうとしたその時、塚原の部屋の呼び鈴が鳴った。

 こんな時に誰だと思いつつ、塚原は呼び鈴に出るのをためらう。


「すいませーん」


 しかし、呼び鈴に出なかったからか、訪ねてきた誰かは大きな声を上げながらドアを叩き始めた。


「警察でーす、誰か居ますよね? すいませーん」


 その言葉を聞き、呼び鈴を鳴らした相手がすぐには帰りそうもないことを塚原は察した。


「俺が出る」


 そう言って折津を残し、訪ねてきた人間に対応するため、塚原はドアを開けた。


「はい」

「ああ、やっと出てくれて……って、塚原?」

「勝間先輩? ……だけじゃないみたいですね」


 訪ねてきたのは勝間と何人かの武装した警察官だった。


「何だ、ここお前の自宅だったのかよ。あー、こいつは警察官だ。お前らは待機してていいぞ」


 勝間がそう言うと、勝間以外の警察官達がドアから離れていった。


「えっと、勝間先輩、これは?」

「住民の退去が始まったんだ。テレビや防災無線使って情報流したし、警察車両やヘリを使って退去の知らせをしていたんだが、聞いてなかったのか?」

「え、ええ」


 折津との話に集中していた塚原の耳にそのことはまったく入っていなかった。


「あっ、勝間先輩。そのー、俺は」

「ああ、大丈夫、大丈夫。お前が今、休憩中だってのは関内課長から聞いてるから」

「関内課長から?」

「そう。住民の退去が終わったら大事な仕事あるんだろ? なら退去の方は俺達に任せてお前はゆっくり休んでろ」

「はい。……退去の方は順調ですか?」

「順調かどうかと聞かれれば順調だな。今はありったけのバスやトラック、電車に船をかき集めて市民を片っ端から乗っけて市外に出してる。俺らは人気のある家をしらみつぶしにあたっているところだ」

「なるほど」

「けど、今回の退去は俺個人としてはあんまやりたくないんだよな」

「どうしてですか?」

「市外に出た住民はな、隔離されるんだよ」

「か、隔離!?」

「そう、隔離だ。退去させる住民は百万人近い。これだけの人数を今日一日で退去させるとなると人数のカウントはできても誰が誰なのかの確認まではとてもじゃないができない。で、そんな状況でフィズが人間に化けて紛れ込んだら大変だ。だから隔離するんだ。隔離しておけば市外に出してから落ち着いて誰が誰なのか確認できるし、万が一フィズが姿を現して暴れ出しても早急に対応して被害を最小限に抑えられるからな」


 たしかにそう言われれば納得できなくもないことだった。だが、


「完璧には納得できないよな」

「……はい」


 だからといって、納得できることでもなかった。


「まぁ、もう決まったことだからな、俺達にできるのは住民をきちんと退去させ、関内課長の推理通り、俺達が追っているフィズが人間に化けないフィズであることを祈るくらいだ」

「そうですね」


 勝間の言う通り、もう住民の退去が始まっている以上、塚原達にできるのはそれくらいだ。


「それじゃ、俺はそろそろ仕事に戻るわ」

「はい、お疲れ様です」

「おう。あー、それと、もしまだ退去してない住民を見かけたらその時は県警本部の方に連れてきてくれ」

「分かりました」

「それじゃ」


 そして、勝間は仕事に戻っていき、塚原はドアを閉めた。


「退去してない住民を見かけたら、か」


 そう呟きながら塚原は自分の部屋を見る。


「もう、逃げちゃいましたよ」


 閉まっていた部屋の窓は空いていて、ベッドの上に座っていた折津は姿を消していた。

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