第三章 その4

「入ってくれ」

「おじゃまします……って、部屋汚いぞ」

「最近忙しくてかたづける暇がなかったからな」

「なるほどな」


 塚原が折津に言った場所とは、塚原の自宅アパートだった。

 ここなら市内であり、警察官の目を盗め、仮に誰か来たとしても塚原が対応すれば問題ない。

 つまり、現状の問題点を全てクリアしている場所ということだ。


「適当に座ってくれ」

「そうさせてもらう」


 そう言って折津が座った場所は塚原が普段寝ているベッドの上だった。

 かつての同級生である異性が、自分が普段寝ているベッドの上に座るということに塚原はむず痒さを感じる。


「お前も座ったらどうだ?」

「あ、ああ」


 だが、今はそんなことに気を取られている場合ではないので、塚原は深く考えるのをやめた。


「さてと、ここに来るまでに見かけた警察官の様子から考えて長居し過ぎるとこっそり移動するのが難しくなりそうだから、さっさと話を済ませた方がいいな」

「そうだな」


 折津ならみつからずに移動することができそうではあるが、万が一ということもあり、塚原は長居はさせない方がいいと判断する。


「それじゃ、話を始めようか」


 その言葉を皮切りに話が始まり、折津はすぐに本題に入った。


「塚原、私は半分人間で、半分人間じゃない。私は、フィズの父と人間の母との間に生まれた子供なんだ」


 それは、塚原がある程度予想し、覚悟していた内容であった。

 だが、次の折津の言葉は、塚原の予想を大きく超えるあまりにも衝撃的な内容だった。


「そして、私の父はかつて、人間からヒーローと呼ばれた存在だった」


 つまり、ヒーローはフィズだったということだ。この国に住む人間にとって、衝撃的すぎる内容である。

 そんな衝撃的過ぎる内容を聞き、驚く塚原を気にも留めず折津は長い、長い話を始めた。


「そもそも人間とフィズは時を遡ると同じ種族……つまり、進化の過程で枝分かれした存在であり、遥か大昔人間とフィズはお互いの存在を認識していたんだ」


 人間と他の生物が交尾をしても新たな命が誕生することはない。

 だから人間とフィズのハーフである折津が存在している時点で人間とフィズはかなり近い存在であることは、塚原にとってすんなりと受け入れられる事実だった。


「そんなフィズは人間の人種の様に様々な種類がいる。まぁ、色々と個体によって見た目や能力は違うってことなんだが、どの個体にも共通していることがある。それはフィズは人間と比べて圧倒的な力と長い寿命を持っていて、それが原因で自分達より劣る人間を見下し、自分達はもっとも強い生物であるという高いプライドも持っているんだ」


 ふと、塚原はあることに気付く。あの倉庫で遭遇したキツネ種大型フィズが、折津の話を聞いたあとだと、どことなく自分達を見下すような目で見ていたことを。

 だから塚原はフィズが本当に高いプライドを持っているのだと納得した。


「人間はそんなフィズに勝てるわけもなく、恐怖心を抱くようになった。そして、人間はフィズと距離を置くようになり、フィズも自分達から距離を置く人間を無視した。気付けば人間とフィズはお互いにテリトリーを作り、お互いが関わらないようになっていった。それが何万年と続き、人間はフィズという存在を忘れたんだ」


 現代の兵器をもってしてもフィズと戦うのは一筋縄ではいかないのだ。大昔の人間が持っている兵器の力などたかが知れている。

 勝てない相手であるフィズとの距離を人間が置くようになるのは当然の選択であり、それが何万年も続けば人間がフィズの存在を忘れるのも無理のないことだ。


「で、人間がフィズを忘れた結果、人間とフィズは棲み分けができていたんだ。人がいない場所が、フィズがいる場所なんだからな。だが、そんな棲み分けはフィズの存在を忘れた人間の近代化による土地開発によって終わりを告げた。人間が、フィズの住処に入ってきたんだ。当然、見下している人間が自分の住処を奪うなどプライドの高いフィズが黙っていられるわけがなく、フィズは人間に抵抗しようとした」


 ここまでの折津の話を聞き、フィズが高いプライドを持っていることを知った塚原にとって、人間に抵抗しようとするフィズの行動は当然ともいえるものに感じた。


「ところがフィズの高いプライドがここにきて災いした。フィズは戦後日本に現れた時にようやくフィズという種族名が名付けられるほど、個で生きていたんだ。なぜなら高いプライドを持つフィズは集団で生活することができなかったからだ」

「そこまでフィズのプライドは高かったのか?」

「ああ。さて、個で生きていたフィズの個体数は当然多くはなかった。一方の人間は爆発的に数を増やしていた。さらに近代化による兵器の進化で人間は力も手に入れた。気付けばフィズが見下していた人間は集団であればフィズを殺せるまでに進化していたんだ」


 それは、何万年という時間を掛け、人間がフィズに追いつき始めていたことを意味していた。


「そんな現実を理解したフィズは、見下していた人間に殺されるという、高いプライドを踏みにじられることにならないよう自分の住処を離れ、隠れて過ごすようになった。まぁ、中にはそれでも人間に挑むフィズはいたが、一対多数の結果は見えていた。人間に挑んだフィズは例外なく殺されたよ。しかもフィズは気色の悪い生物として処分され、存在を忘れた人間に知的生命体とすら、認識されなかったんだ。それは、フィズの高いプライドをさらに踏みにじることを意味する」


 知的生命体とすら認識されず、つまりそこら辺にいる生物と同じように処分されたという事実は、たしかにフィズの高いプライドをさらに踏みにじることであると、塚原は思った。


「で、高いプライドを持つフィズがそんな生活に何年も我慢できるわけがなく、結果としてフィズは高いプライドを守るため個から集団となったんだ」


 自身が持つ高いプライドが原因で個で生き、自身が持つ高いプライドを守るため個から集団になったというのは、何とも皮肉めいたものだと、塚原は感じた。


「集団となったフィズは既にある国を占領する形で自分達の国を建国するという目標を立てた。そもそもこうなったのは人間が恐怖していたフィズという存在を忘れたことが原因で、国としてフィズという存在が残れば人間がフィズという存在を忘れることはなく、その存在に恐怖し続けることになる。早い話、恐怖によって人間を自分達の支配下に置こうとしたんだ」


 つまり、かつての日本でのフィズの騒動は、フィズによる日本に対する侵略戦争だったということである。


「そしてもう一つ、フィズは目標を立てた。それはフィズの数を増やすことだ。いくら人間が使う兵器が進化しようとも圧倒的な力を持つフィズの数が増えれば、人間がフィズに対抗することは困難になるからだ」

「単純だけど、確実な方法だな」

「しかし、自然受胎による個体数の増加には限界があった。そこでフィズは別の方法でフィズを増やすことにした」

「フィズは自然受胎以外にも数を増やせるのか?」


 フィズは自然受胎以外にも個体数を増やすことができるという事実に塚原は驚くが、


「ああ、増やせる。その方法は、人間をフィズにすることだ」


 折津が口にした人間をフィズにするという言葉によってさらに驚くことになる。


「そもそもフィズは、元は人間と同じ種族。だから人間をフィズにする方法がないわけじゃなかった。その方法は、人間の体内に一定量のフィズの血を入れるというものだ」

「……フィズの血を?」


 人間をフィズにするその方法を聞いた塚原は、ある疑問が浮かび、そのことについて折津に聞いてみることにした。


「なぁ、折津」

「何だ?」

「そのー、フィズに関する資料の中にフィズの血には毒が含まれているって書かれているんだ。そんなフィズの血を人間の体内に入れても、人間は死ぬだけじゃないのか?」


 今日おこなわれた捜査会議。その場で科捜研、自衛隊と協力してキツネ種大型フィズの死体の解剖をおこなっている久保田の口からフィズの血には毒が含まれていると塚原達は知らされた。だから塚原はフィズの血が人間の体内に入っても人間は死ぬだけなのではと考えたのだ。


「そんな風に書かれた資料があるのか。まぁ、そう勘違いされるのも無理はないか」

「勘違い?」

「ああ。フィズの血には毒なんて含まれてない。ただ、人間にとってフィズの血ってのは言わばアレルギー物質なんだ。だから多くの人間は体にフィズの血が入ると体がアレルギー反応のような拒絶を起こして死んでしまうんだ。おそらく、その資料が書かれた当時の科学力じゃ拒絶反応によって死んだってのが分からず、フィズの血には毒が含まれていて、その毒による中毒で死んだんだと勘違いしたんだろう」

「なるほど。たしかに当時の科学力ならそう勘違いするのは無理ないのかもしれないな」

「話を続けるぞ。人間の体内にフィズの血を入れても、多くの人間は死んでしまう。けど、稀にフィズの血が体内に入っても拒絶反応を起こさず死なない人間がいる。そういう人間が、フィズになるんだ」


 折津の稀、という言葉から人間がフィズになる確率は相当低いのだろう、と塚原は考えた。


「そして、フィズになった人間はもう人間として生きていくことはできない。そんなフィズになった人間は、絶望して自殺するか、生きていくためフィズの仲間になるというどちらかの行動を選択するしかなく、フィズになった人間がどちらの行動を選択してもフィズには都合がよかった。だからフィズは積極的にこの方法で数を増やすことにしたんだ」


 失敗すれば人間は死ぬ。成功すれば人間は死ぬか、仲間になる。人間をフィズにするというのは、フィズからしてみたらかなり効率的な方法だったのである。


「こうしてフィズは建国と個体数の増加のための準備を始めた。準備の方はかなりの時間を要したが、二回にわたる世界大戦という世界情勢が味方し、フィズは隠れて準備をすることができ、全ての準備が終わったフィズは日本を占領し、自分達の国を建国することにした。これは、日本が敗戦して疲弊し弱っていて、占領すれば瞬く間に世界に情報が駆け巡る程度に名の通っていた国だったからだ」

「フィズが日本を襲ったのは、そういうことだったのか」

「そしてフィズは姿を現し、日本の占領を始めたが……占領は失敗した。私の父であり、フィズである、人々にヒーローと呼ばれた存在によってな」


 ついに話は、塚原がもっとも衝撃を受けた、かつて人々を救ったヒーローの正体が折津の父であり、フィズである話に移った。だが、


「ただ、私の父がどうしてフィズを裏切って人間を守ったのか、それは私も知らないことなんだ」

「えっ?」


 折津の口から出てきたヒーローである父についての言葉は、予想外のものであった。


「実はな、私が父に関して知ってることは、塚原、お前がヒーローについて知ってることと大差はないんだ。父はフィズとの戦いの末に行方不明。母は私を産んですぐに死んだ。で、私を育ててくれた育ての親は父がフィズとの戦いの最中にできた仲間の一人だったんだけど、その人は私の素性は教えてくれたけど、それ以上のことは教えてくれなかった。ただ、これだけは教えてくれた。私は、父と母が愛し合って産んだ子だってな」


 その折津の言葉を聞き、塚原の脳内にある仮説が生まれた。

 折津の父であるヒーローがフィズを裏切って人間を守った理由は、折津の母への愛かもしれない、という仮説だ。


 愛のため。それは、ありきたりで、くだらなくて、でもそれ相応の理由だ。

 ただ、この仮説が真実なのか、塚原に確かめる術はない。折津の父は行方不明で、折津の母は既に死んでいるのだから。


 そんな仮説が塚原の脳内に生まれたわけだが同時に、塚原は折津のある言葉を聞き、一つ疑問を持った。

 折津は、フィズである父と人間である母の間に生まれた子供だ。そして、父はフィズとの戦いの末に行方不明。母は折津を生んですぐに死んだ。


 つまり、折津が生まれるタイミングは一つしかない。ヒーローである折津の父がフィズとの戦いの末に行方不明となった前後……今から数十年前、ということである。

 そのことに気付いた塚原は、折津に自身の疑問をぶつけた。


「……なぁ、折津。お前、今いくつだ?」

「気付いたか。……私は、人間とフィズのハーフだ。だからこの体には人間の血とフィズの血が流れている。つまり、見た目は人間で人間の年齢に置き換えれば塚原と年はそう離れていない。けど、中身はフィズで、実年齢は塚原と倍以上離れているよ」

「……そうか」


 再会した折津の外見がアルバムの写真からそのまま出てきた、年をとっていないように見えた理由が判明すると同時に、いままで同じ年齢だと思っていた折津の本当の年齢を知り、塚原は折津がそう答えるだろうと予想してたとはいえ、少しばかり動揺する。


「まぁ、おかげで私はフィズの血が体内に入っても拒絶反応を起こさないし、フィズと正面から戦える。そして、人間とフィズのハーフであることこそが、私がフィズを殺せる理由でもある」

「どういうことだ?」

「塚原、お前は人間を見たらどうすれば殺せるか、何となく分かるよな?」


 と、突然折津が塚原にそんなことを聞いてきた。


「えっ? まぁ、一応」

「だよな。何で殺し方が分かるかといえば、それは相手が同じ人間であり、相手を自分に置き換え、こうされたら死ぬと分かるからだ。そして、人間とフィズのハーフである私はそれに近い感じでフィズをどう殺せばいいか、つまり弱点が分かるんだ」


 人間は、同じ人間を見ればどう殺せるか何となく理解することができる。体が丈夫じゃない人間は首の骨をへし折れば、体が筋肉質の人間は頭を撃ちぬけば、武装している人間は爆弾を爆破すれば、といったように。


 人間とフィズのハーフである折津にとってフィズは同族のような存在である。だから人間が同じ人間を見ればある程度殺し方が分かるように、折津はフィズを見ればある程度殺し方が分かるということだ。


「ただ、これには欠点がある」

「欠点?」

「ああ。人間に化けれるフィズが人間として私の前に現れた場合、私はそのフィズの殺し方が分からない。なぜなら、私が相手をフィズではなく人間だと認識してしまっているからだ。もっともこれは、フィズが正体を現すか、最初からその人間をフィズが化けた姿だと認識していれば問題ないんだがな」

「フィズであると折津自身が認識することが、重要ってことか」

「そういうことだ。さて、以上が、私のプライベートに関わる話だ」


 こうして、折津は長い、長い話を終えた。

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