第三章 その2
塚原と関内がフィズに襲われた翌日。
塚原は県警本部の会議室にいた。
「えー、みなさんお集まりいただき、ありがとうございます。前日は戒厳令、外出禁止令が発令され、指揮系統の整理、その他あらゆる事態への対処により会議を開くことができませんでした。一夜明け、ようやく落ち着き、みなさんお疲れだと思いますが、これよりフィズ対策本部、第一回目の会議を始めます」
会議室では、フィズ対策本部の会議が始まろうとしていた。
昨日、フィズに襲われ折津に助けられた塚原はあの後、折津に言われた通り気絶しているフリをし、ほどなくして駆けつけた警察官達は塚原と関内にフィズの死体を発見した。
そして、そこから事態は大事になっていく。
フィズが生きていた。この事実に政府がひっくり返ったのだ。
大慌てで他に生きているフィズはいないのか調査を始め、二つの理由から政府はまだフィズがいると断定した。
一つ目の理由は、フィズの死体に突き刺さっていた折れた日本刀と捨てられたマシンガンに辺り一面に散らばっていた空の薬莢であった。
過去にフィズが人間の武器を使った事例があり、仮に人間が使用してもこれだけの装備ではフィズを殺すのは難しいと考えた政府はフィズが仲間割れをし、片方のフィズが人間の武器を使用してフィズを殺した可能性が高いと考えた。
二つ目の理由は、倉庫に向かっていた多くの警察官が倉庫の屋根から屋根を人とは思えない跳躍力で飛ぶ影を見たと証言し、政府はその影をフィズだと考えた。
以上、二つの理由から政府はフィズがいると断定することになるだが、一つ目の理由の武器を使ったのは折津であり、二つ目の理由の影の正体も折津だ。
つまり、二つの理由はフィズの存在を証明するものではないということだ。
だが、理由がどうあれ政府がフィズがまだいると断定したのは幸運なことだった。
なぜなら、倉庫内で発見されたフィズ以外にも、生きているフィズはいるからだ。
そのフィズは、連続殺人事件の犯人である。
「それではこのフィズ対策本部の本部長を紹介します。関内優衣警視です」
「関内だ。本来は警視正以上の階級の人間が本部長になるべき案件なのだが、みんなも承知している通り、前日から警察内部は混乱している。結論から言ってしまえば警視正以上の階級の人間全員が本部長をしているほどの余裕がない状況であり、私が駆り出されたというわけだ。そんな理由で本部長になったわけだが、本部長になった以上は厳しくいく。みんな、覚悟しておいてくれ。以上だ」
そう、フィズ対策本部の本部長となった関内があいさつした。
昨日、倉庫内に入ってきた警察官達によって関内は塚原と一緒に救助され、病院に運ばれた。
幸い関内は軽症で、病院に運ばれてすぐに意識を取り戻し、怪我により頭に包帯を巻いているが、本部長を問題なく務めていた。
「それではまず事態の整理を行います」
その言葉を聞き、塚原も頭の中で昨日からの事態の整理を始める。
フィズがまだいると断定した政府はフィズの居場所を探し始めた。
一方の塚原は救助された後、気絶しているフリをしていただけなのですぐに県警本部に戻った。
だが、県警本部は既にフィズの情報が入って混乱していた。そんな中、塚原は久保田をみつけてあることを言った。
もしかしたら、連続殺人事件の犯人はフィズなのではないか、と。
この塚原の言葉を聞いた久保田は上司に相談し、六件目の現場をもう一度捜査しに向かった。
その現場で鑑識はフィズの存在を想定して捜査を開始。結果、現場近くのビルの四階の高さの壁に人のものとは思えない足跡を発見。すぐにこの情報は上に報告され、連続殺人事件の犯人はフィズであると判断された。
この頃になると政府はフィズの存在を国民に隠すことを決めた。
無論、この情報社会で隠しきれず国民に知られ、批判されるリスクはあったが、政府はそれを承知してでもフィズの存在を隠すと決めたのだ。
そして、やるからには徹底的にと政府はまず、架空のテロリストグループを作り上げ、それを報道機関に発表し、国民に知られずフィズを倒すため、フィズが関東圏内にいるという判断のもと、大規模なテロ行為を計画しているテロリストグループを逮捕するという名目で戒厳令、関東圏内の封鎖、関東圏内への自衛隊出動、外出禁止令などの対策を行った。
だが、戒厳令に外出禁止令。これに警察は大混乱することになる。
戒厳令により警察は自衛隊の指揮下に入り、指揮系統の調整が必要になった。
また、外出禁止令が発令されたのは外出禁止の時間まであと三時間というタイミングだったため国民は混乱し、それへの対処。
さらに外出禁止時間に出歩いた人間の拘束、逮捕は警察に任され、その調整に拘束、逮捕されるであろう膨大な数の人間をどこに集めればいいのかの議論など、突如やることが大量に押し寄せてきたのだ。これで混乱しないわけがない。
しかし、そんな中、病院に運ばれた関内が戻り、混乱する署内を直接指揮したため県警本部は他と比べて混乱が最小限で済んだ。
そして、これが県警本部にフィズ対策本部という重要な本部が立ち上がることになった理由である。
簡潔に言えば、この混乱の中、どこも本部を立ち上げるほどの余裕がなかったのだ。そのため混乱が最小限で済んでいて、もともと連続殺人事件の捜査本部があって人員の数も十分だった県警本部にフィズ対策本部が立ち上げられることになったのだ。
そんなこんなで外出禁止の時間帯に出歩いた人間の拘束、逮捕やフィズの探索をしつつ、ようやくフィズ対策本部は会議を始めて今に至るというわけだ。
「事態の整理は以上で終わりです。関内警視、何かありますか?」
塚原が頭の中で整理をしていると、会議の方も事態の整理が終わっていた。
「二点確認したいことがある。まず、キツネ種大型フィズの解剖の方はどうなっている?」
キツネ種大型フィズとは、塚原達を襲ったキツネに似たフィズのことであり、かつてフィズと戦った関係者が使用していた命名の方法をそのまま捜査本部でも流用する形で使用し、名付けられた。
ちなみに命名の方法は、種の部分にフィズの外見が似ている動植物の名を当てはめ、型の部分はフィズの種類である大型、人型、人変異型の中から当てはまるものを選ぶ、というものである。
「はい」
関内の質問に答えるため立ち上がったのは久保田だった。
本来こういう場では久保田のような新米が発言することはないのだが、現在鑑識課は科捜研や自衛隊と協力してキツネ種大型フィズの死体の解剖やフィズの存在を想定して連続殺人事件に関する証拠を一から調べ直しており、会議に久保田を送るのがやっとの状況なのだ。
「鑑識課の久保田です。倉庫から回収されたキツネ種大型フィズの死体の解剖は科捜研、自衛隊と協力しておこなっています。ですが、現在分かっているのはキツネ種大型フィズの胃の中からキツネ種大型フィズが捕食したと思われる人数分の遺体が発見されたぐらいです」
「随分と解剖に時間がかかっているようだが、なぜだ?」
「戦後間もない頃に現れたフィズに関する数少ない資料が開示され、その中にフィズの血には人体に有害な毒が含まれていると書かれていまして、慎重に解剖をしなければならない状況になってしまっているからです」
「毒、か」
フィズの血には毒が含まれているという言葉を聞き、塚原は折津がフィズの血は危ないと言っていたことを思い出す。
塚原は折津がフィズの血を全身に浴びている光景を二度も見ている。フィズの血に毒が含まれているとなると、あれはかなりの危険な行為だ。
だが、それを平気でしていたとなると、やはり折津は、人間ではないのかもしれない、と塚原は考えた。
「なるほど。事情は分かった。引き続き、解剖を頼む」
「分かりました」
「では次に、もう一体のフィズの行方について聞きたい。現在の捜査状況は?」
「はい」
関内の次の質問に答えるため立ち上がったのは勝間だった。
「捜査一課の勝間です。フィズの行方についてですが現在、フィズが発見された倉庫近辺から範囲を広げる形であらゆる場所の防犯カメラのチェックを行っています」
「進展はあったか?」
「倉庫近辺の防犯カメラはチェックが終わりましたが、今のところは何も」
そう勝間が言った時だ。
「し、失礼します!」
一人の警察官が会議室に大慌てで入ってきた。
「どうした?」
「フィズの行方を追うため防犯カメラのチェックをしていたんですが、う、映ってました」
「映ってた? ……まさか!」
「はい、フィズです」
その言葉に会議室は騒然となった。
「本当か!?」
「はい! これがフィズが映った部分を切り抜いた写真です!」
警察官は会議室のホワイトボードに一枚の写真を貼った。
その写真には、ぼやけているが、一目で人間ではないと分かる輪郭をした何かが写っていた。
「間違いない。フィズだ」
関内の言う通り、写真に写っているのはフィズであった。
「ん? ちょっと待て。この景色、どこかで見たことがあるぞ」
関内の言葉を聞き、塚原はフィズが写っている写真をよく見てみる。写真に写る景色は、塚原もどこかで見たことがある景色だった。
「これはどこの防犯カメラだ?」
「県警本部の、すぐ近くにあるコンビニの外に設置されていた防犯カメラです」
「何!?」
その言葉でさらに会議室が騒然となる。県警本部の目と鼻の先にフィズが現れたからだ。
「いつだ!? いつフィズは防犯カメラに映っていた!?」
「今日の午前五時半頃です」
「午前五時半か。…………フィズがその時間にコンビニの防犯カメラに映ったのは外出禁止令で人がいなかったから。だが、その三十分後には外出禁止令が解かれて多くの人々が外に出ている。そんな状況でフィズは表だって行動していない。それは今に至るまでフィズの目撃情報が報告されていないのが証拠になる。つまり、フィズはそう遠くには行けてないと推測できる。もっとも、フィズの中には人間に化けられる個体もいることからフィズが人間の姿になり、姿をくらました可能性もあるが、それならばフィズの姿で防犯カメラに映る必要がないのだからその可能性は低い。となると、フィズはフィズの姿のまま県警本部がある市内に潜伏している可能性が高い。そう考えられるな」
関内の推理は、会議室内を黙らせた。
「このことを上には?」
「既に報告しています」
「そうか。これは、近いうちに上から連絡が――――」
関内がそう言いかけた時、会議室に設置された電話が鳴った。
「どうやら、もう上から連絡がきたようだな」
関内は受話器を取った。
「もしもし、関内です。……ええ、それはこちらでも今確認しました。……はい。……はい。……えっ? ちょ、ちょっと待ってください! 何て言いました!?」
突然、電話をしていた関内が慌て始めた。
「無茶です! せめて二、三日は! ……はい。……はい。……分かりました。こちらでも準備を進めます。人選の方も進めておきます。……ええ、それでは」
電話を終えた関内は受話器を置いた。その表情は、どうすればいいのか少し悩んでいるものだった。
「……みんな聞いてくれ。政府は先ほど、この防犯カメラの映像を受け、フィズがこの市内にいると判断した。そして政府は、今日中に市内に住む全ての住民を退去させて市内を完全封鎖すると決めた」
「なっ!? む、無茶です! 今日中に市内に住む住民を全て退去させて市内を完全封鎖するなんて! この市には百万人近い住民が住んでいるですよ!?」
関内の言葉を聞いた瞬間、一番前に座っていた警察官が立ち上がり、おそらく会議室にいる全ての警察官が言いたいであろうことを代弁した。
「無茶だということくらい分かっている。だがこれは既に決まったことでどうすることもできない。どうすることも、できないんだ」
その言葉に誰も反論できなかった。何を言っても覆ることはないのだと、悟ったからだ。
「会議はここで終わりにする。もうしばらくすれば上から住民の退去と市内の完全封鎖に関する詳しい指示がくるだろう。が、百万人近い住民を退去させて市内を完全封鎖するのは並大抵のことではない。人員は最大限導入することになる。当然この場にいる多くの捜査員もその人員に含まれるだろう。各自、それぞれの仕事をしつつ、住民の退去、市内の完全封鎖に備えておいてくれ。以上、解散」
フィズ対策本部、第一回目の会議はこうして終わった。
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