第三章 平和の終わりを告げる戒厳令
第三章 その1
ある日のこと。全国でインフルエンザが猛威を振るい、塚原のクラスでも多くの生徒が欠席していた。
「なぁ、塚原。ちょっと話をしないか?」
そんな中、塚原の席の周りで唯一出席しているクラスメートである、隣の席に座る折津が塚原に話しかけてきた。
「いいけど、何だ?」
最近色々と忙しく、折津と話す機会が少なかった塚原は、すぐに折津の提案を了承した。
「もうすぐ卒業だな」
「そうだな。年を越して卒業って言葉を日に日に意識するようになったよ」
「でさ、お前卒業後、どこの大学に行くんだ?」
「ん? あっ、そっか。お前にはまだ言ってなかったな。俺、進学しないことになったんだ」
「そうなのか? あれほど大学ではどう過ごすか話してたのに」
「ちょっと家庭で色々とあってな、働かなきゃいけなくなったんだ」
「そうなのか。……家庭、ね。それじゃ、働き先は決まったのか?」
「ああ。警察官だ」
「警察官? お前が? ふふっ、そっか、お前が警察官。ふふっ」
塚原が警察官になると知った折津はなぜか笑い始めた。
「おいおい、俺が警察官になるのって、そんなにおかしいか?」
「いや、逆だ。お前にピッタリの職業だよ」
「そうか?」
「いずれ気付くさ。何で自分にピッタリなのか」
「そんなもんか。まぁ、いいや。ところで折津はどこの大学に進学するんだ?」
「私も進学はしない」
「えっ? じゃあ働くのか?」
「いや、ちょっと違う。あることを、やるんだ」
そう言った時の折津の表情を見て、塚原は何かを思った。
その何かはとても大切なことだったのだが、折津と会わなくなった四年間で塚原はその何かを忘れてしまった。
『番組の途中ですが速報です。東京湾沿いの倉庫で武装したグループが倉庫内の作業員と倉庫を所有する会社の社員、計二十三名を殺害。通報を受けて駆けつけた警察官と銃撃戦を繰り広げ、警察官四名が殉職、二名が負傷しました。武装したグループは現在逃走中です』
『――――県で起こっている連続殺人事件に進展です。先ほど捜査本部は記者会見を開き、一連の事件は東京湾内沿いの倉庫で警察官と銃撃戦を繰り広げ、現在逃走中の武装したグループによる犯行の可能性が高いと発表しました』
『警察庁は逃走中の武装したグループがテロリストであり、大規模なテロを計画していることを突き止めたものの、そのテロが警察だけでは防ぎきれないと政府に通達。これを受け政府は戒厳令を発令しました。そして、テロリストグループが潜伏しているとされる関東圏内を自衛隊の指揮下に置くこととし、国防に必要な最低限の人数を除く自衛官全てを関東圏内に出動させることを決定しました』
『えー、戒厳令が発令されましたね』
『ええ。もともとこの戒厳令に関する法律は戦後間もない頃に現れたフィズの一件を教訓に制定されたものでしたが、時代の流れと共に過去の遺産とも言える法律になり、近年では国民の自由を奪うという批判もあって廃案に向かった流れがありました。しかし、テロリストグループが潜伏していることを受け、政府は戒厳令を発令しました。残念ながらテロリストグループが全員逮捕されるまで我々国民の自由を奪う命令が出されることは覚悟しなければなりません』
『なるほど。一刻も早いテロリストグループ全員の逮捕が望まれます』
『アメリカ政府は先ほど、一個師団相当の米軍を日本の領海に派遣することを決定しました。アメリカ政府は多くの自衛隊が出動し、国防力が低下している同盟国を助けるためであるとコメントを発表しています』
『政府は、関東圏内の上空での飛行を禁止し、関東圏内にある各空港に着陸する予定だった飛行機は関東圏外の空港に着陸しています。また、関東圏内にある全ての船の出港を禁止、船の停泊も禁止しました。陸路の方では関東圏外につながる高速、国道など全ての道路を封鎖。通行の許可が出されるのは自衛隊、警察関連の車両のみで食糧に関しては自衛隊が運搬を代行しますが、日本の物流が致命的なダメージを受けることは避けられません』
『ご覧ください! 今、戦車が東京駅前に配置されました! 東京駅前に戦車です! さらに駅構内には実弾が装填された銃を所持した自衛官がいます! 政府は、一日の利用客の多い一部の駅でこのような措置を取ることを決めています!』
『関東圏内の上空での飛行は禁止されています。その代わり、自衛隊の戦闘ヘリが先ほどから何度も、何度も飛行しています。わずか数時間で関東の空はここまで様変わりしてしまいました』
『政府は先ほど、関東圏内に外出禁止令を発令しました。繰り返します。政府は先ほど、関東圏内に外出禁止令を発令しました。外出禁止の時間は午後六時から翌日の午前六時までです。この時間帯に外に出ますと、拘束もしくは逮捕されます。関東圏内の住民の方はけっして外に出ないでください』
『外出禁止令により、ホテルの一室からの中継です。現在午後八時。これが街の様子です。暗く、人の姿は見えません。二十四時間営業であるコンビニの明かりも消えています。都会で、これほどまでに明かりがなく、人の姿を見ないのは私にとって初めてのことです』
『たった今入ってきた情報です。渋谷駅前に外出禁止令に反発する若者が集結していたところ、警察の警備隊が催涙弾やゴム弾を使用し、若者を拘束、逮捕し始めた模様です。若者の中には負傷者が出ているとの情報も入っていますが、外出禁止令により我々報道機関は現場に向かうことができず、正確な情報が入手できません』
『外出禁止令から一夜明けました。街には会社に向かう多くの人々の姿が見えます。ですが、その表情は一様に暗いです。たった一日。たった一日で平和は終わってしまったのだと実感させられます』
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