第二章 その6

 倉庫は、何も物が置かれていなければ壁一つない広々とした空間であると推測できる内部構造だった。

 しかし、倉庫の中には輸入されてきた荷物の入ったコンテナがあちらこちらに積み重なって置かれ、死角だらけであった。


「いいか、慎重に行動しろ」


 声を抑えながら喋る関内の言葉に黙って全員が頷く。

 関内は先行して慎重に、かつ早足に周囲の安全を確認し、一歩ずつ進み、塚原達はそのあとについていった。

 そして、倉庫内を半分くらいまで進んでいると、


「関内警視」


 後方にいた警察官が声を抑えて関内を呼んだ。


「どうした?」

「あそこに帽子が」


 警察官が指差した方向に全員が視線を向ける。

 そこには、制服の警察官が着用する帽子がぽつりと落ちていた。


「バカな。さっきまであそこには何もなかったぞ」

「自分が確認しに行きます」

「あっ、おい待て」


 関内が静止するも、警察官は帽子の元に向かった。


「間違いない。関内警視、おそらく連絡が取れない警察官が着用していた帽子です」


 帽子を拾って確認した警察官が、そう言って帽子を掲げた時だった。

 倉庫内にあるコンテナに何かが当たったような大きな音が響いた。


「っ!」


 塚原は音に反応して引き金にかける指に力を入れながら辺りを見渡す。二人の警察官も塚原と同じ様子だ。一方、関内は冷静に、ゆっくりと辺りを見渡していた。


「か、隠れてないで出てこい!」


 緊張が高まったのか、帽子を拾った警察官が大声を上げてしまった。


「バカ、大声を上げ――――」


 大声を上げてしまった警察官を関内は注意しようとしたが、途中で言葉を止めてしまった。

 どうしたのかと思った塚原が関内の方を見てみると、関内は何かに驚いている顔をしていた。


 そんな驚いた顔をしている関内の視線は、注意しようとした警察官の方を向いていた。

 塚原は、関内の視線の先にいる警察官の方を向いた。


 警察官のすぐそばに巨大な影があった。

 塚原は最初、それを倉庫に置かれた荷物だと思った。

 だが、違った。


 それは、人間の腕のような四つの足と大きな口を持つ、倉庫内に積み重なって置かれたコンテナよりも巨大な、キツネに似たフィズだった。


「あ、ああ…………」


 警察官は、自分の目の前に突如フィズが現れ、驚きのあまり体が動かない様子だ。そして、


「ぐばぁ」

「あ、あああああ――――」


 警察官はフィズに一口で喰われ、倉庫内にフィズの咀嚼音が響いた。

 そんな咀嚼音を聞きながら塚原は理解した。


 連絡が取れなくなった作業員も、様子を見に行った社員も、通報を受けて駆けつけた警察官も、全員がこのフィズに喰われたのだ、と。


「う、うわぁああああああああああああ!」


 仲間の警察官がフィズに喰われたのを目の当たりにし、動揺したもう一人の警察官が叫び声を上げながらフィズに拳銃を向けた。


「お、おいよせ!」


 何をしようとしているのか瞬時に理解した塚原は警察官を止めようとするが、


「くそっ、くそっ!」


 警察官はフィズに向かって拳銃を発砲してしまった。


「ぐるぅううううう」


 だが、フィズは拳銃で撃たれても全く動じず、拳銃で撃たれたことで次のターゲットを拳銃を発砲した警察官に定めた。


「く、来るなぁあああああああああ!」


 警察官は倉庫の扉に向かって走り出すが、


「ぎぃええええええ!」


 フィズは倉庫内にあるコンテナを力任せにどかしながら警察官を追いかけ、あっという間に追いついてしまった。


「ぐぅおおおおお!」

「がっ!」


 そして、フィズは逃げていた警察官を捕まえた。


「放せ、放せ、放せ!」


 捕まった警察官は必死に抵抗するが、


「ぐばぁ」

「放せ、放せ、放せぇえええええ――――」


 フィズに、喰われてしまった。

 塚原は必死にこの状況をどう切り抜けるか考え始める。しかし、あまりの出来事に塚原の頭は回らなかった。

 そんな中、塚原の横を関内が走り抜けていった。


「せ、関内課長!?」

「塚原! あいつは私がおびき寄せる! その間にお前は外に出てこのことを報告しろ!」

「な、何を言ってるんですか!? それじゃ、関内課長は「これは命令だ!!」」


 塚原の反論をたった一言で抑え込んだ関内は、


「こっちだ!」

「ぐぅ……」


 フィズに向かって拳銃を発砲。フィズは次のターゲットを関内に定めた。


「ぎぃええええええ!」


 関内はフィズをおびき寄せるため走り出し、フィズは関内を追いかけていった。

 結果、倉庫の入口までの道ができ、関内が粘れば、塚原は無事倉庫の外に出ることができる状況になった。

 だが、塚原は悩んだ。それでいいのか、と。


 仮に塚原が倉庫の外に出てこのことを報告しても、関内が無事である確率は絶望的だ。

 つまり、塚原が外に出るということは、関内を見捨てるということを意味する。


「……そんなこと、できるかよ!」


 塚原は、関内が走った方向に向かって走り出した。


「ちっ!」

「ぐぅおおおおお!」


 ほどなくして塚原は関内に追いついた。

 関内はフィズに対して発砲するが、フィズは喰われた警察官が発砲した時と同様、全く動じた様子を見せなかった。

 そして、フィズは関内を喰うため、腕を伸ばすが、


「関内課長!」

「なっ!?」


 塚原が関内に飛び掛かり、引き倒したおかげでフィズが伸ばした腕は空振り、関内はフィズに捕まらずに済んだ。


「こっちです!」

「お、おい!」


 フィズの腕を回避したのを確認した塚原はすぐさま関内を立ち上がらせて腕を掴み、フィズから逃げ始める。


「な、何をしている塚原! なぜ私を追ってきた!?」


 自分の命令を無視したことに怒鳴る関内だったが、塚原はハッキリと反論した。


「あんな命令、すぐに納得できません!」

「何?」

「誰かを見捨てるなんて命令、すぐに納得するなんてできないんですよ、俺は! もしも俺に誰かを見捨てる命令をするなら、俺が少しでも納得するくらいには説得してください!」

「塚原……」


 塚原は、誰かを見捨てるというのが好きじゃない。だから、誰かを見捨てさせるなら、少しでも塚原が納得するよう説得する必要があるのだ。折津の様に。


「ああ、そうだった。お前はそういう人間だったな。そんな人間が私を見捨てろなどという命令をすぐに聞くわけがないな」

「そういうことです」

「なぁ、塚は……っ! 危ない、塚原!!」

「えっ「ぎぃええええええ!」がっ!?」


 関内がなぜ叫んだのか塚原が理解する前に塚原と関内は横から先回りしたフィズに殴られ、吹き飛ばされた。


「ぐっ!」


 吹き飛ばされた塚原は散乱するコンテナの内の一つに叩きつけられたが、痛みをあまり感じなかった。

 なぜ痛みをあまり感じなかったのか、塚原はすぐに理解した。

 関内が自分を抱きしめて気を失っていたからだ。


「せ、関内課長!?」


 関内はフィズに殴られる寸前、塚原を庇ったのだ。


「関内課長、大丈夫ですか!?」


 塚原はすぐさま関内を起こそうとする。

 だが、関内は塚原の呼びかけに反応しないばかりか、頭をぶつけて出血していた。


「血を止めないと」

「ぐるぅううううう」

「っ!」


 フィズがゆっくりと近づいてきていた。塚原達を、喰うために。


「くそっ!」


 塚原はすぐさまフィズに向かって拳銃を発砲するが、フィズは動じなかった。


「どうする……どうすれば…………」


 どう行動すればいいのか声に出して塚原は考えるが、答えは出なかった。

 それは、当然のことかもしれない。なぜなら、拳銃が効かないフィズ相手にただの人間である自分がどうにかできるとは思えなかったからだ。


「ぐばぁ」


 そして、フィズは塚原達を喰うため口を開き、ゆっくりと腕を伸ばしてきた。


「ここまでなのか」


 そう、塚原が諦めの言葉を口にした時だった。頭上から大きな音が響いた。


「何だ!?」


 塚原は何が起きたのか確認するため慌てて頭上を見る。

 塚原の視界に入ったのは、フィズの頭上の倉庫の屋根を何かが突き破ってきた光景だった。

 その何かとは、


「はぁあああああああああああああ!」


 日本刀をフィズに構える折津だった。

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