第二章 その5

「つ、疲れた……」


 証拠品を運ぶ作業は、塚原の予想よりもはるかに長い時間がかかった。

 というのも証拠品の中にはタンスやベッド、冷蔵庫に電子レンジといった家具や家電があり、それを塚原と久保田の二人で証拠品の仕分けをするために借りた保管室の三階上の空きの会議室まで運ぶ作業は、引越し作業と変わらぬ重労働だったからだ。


 さらに証拠品は保管室に収まりきらないほどあると言った久保田の言葉通り凄まじい量であり、塚原が証拠品を運ぶため保管室と空きの会議室を往復した回数は両手ではとても数え切れないほどであった。


 そして、作業を続けている内に当たり前のように日は昇り、それからさらに数時間経ってようやく証拠品を運ぶ作業が終わったのだ。


「このまま仕事か」


 既に始業時間は過ぎていた。なので、休む間もなく塚原は仕事をすることになる。

 塚原は少しばかり休みたいところだったが、関内を怒らせたばかりなので大人しく捜査一課に戻っていた。


「塚原、ただいま戻りました」


 塚原が、捜査一課のドアを開ける。


「……戻ったか、塚原」

「せ、関内課長」


 ドアを開けた目の前には関内がおり、塚原の寿命は数年縮んだ。


「戻ってきてさっそくだが、お前に一つ頼みがある」

「頼み、ですか?」

「今から私は出かけることになった。だから車を運転してもらいたい」

「運転ですか」


 作業を終えたばかりで疲れの残る体であまり運転したくない塚原だったが、視界の隅にあるものが入った。


 それは、戻ってきた時の捜査一課の空気を言わなかったことに対して怒っている、笑顔なのに目だけ笑ってない顔で塚原のことを見る勝間だった。


「分かりました。運転します」


 そんな勝間と同じ場所にいるのは危険極まりないと判断した塚原は逃走を選んだ。


「それじゃ頼む」

「ところで、どこまで運転すればいいんですか?」

「……本庁だ」




 現在、塚原は関内を乗せて覆面パトカーを運転し、本庁に向かっていた。

 なぜ関内が本庁に向かうのかというと、昨日の捜査会議でキレた関内が本部長にブレーンバスターを決めて会議室の長机を壊した一件が本庁の方で問題視されて呼び出されたからだ。


 というのが、表向きの話。


 本当はとうとう六件目の殺人が起こってしまいそれにキレた本庁の人間達が関内を攻め立てるために呼び出したのだ。

 そんな理由で呼び出されたからか、覆面パトカーの助手席に座る関内は憂鬱そうな顔で塚原に配慮してか、火をつけずにタバコを咥えて窓の外を眺めていた。


「あの狸ども、わざわざ人を罵倒するために呼び出しやがって」


 覆面パトカーに乗ってからずっと関内はぶつぶつと恨みたっぷりの独り言を口にしていた。


「あのー、関内課長」

「何だ?」

「今更なんですけど、関内課長が指定した道だと本庁に着くのだいぶ遅くなりますよ?」


 本庁に向かう直前、関内は本庁までの道のりを塚原に指示してきた。その道のりは、東京港沿いの倉庫近くを道なりに進むというかなり遠回りするものであった。


「あんな連中、待たせておけばいい」

「あっ、そうですか」


 関内がいいと言うのなら、いいということにしておこう、と塚原は判断した。


「あー、くそが」


 荒れてる関内を隣に乗せて遠回りで本庁に向かわなければならない塚原はじょじょに居心地悪さを感じ、何か話題でも提供してこの居心地悪さを解消しようと考え始める。


 考えること数分。塚原は一つの話題をみつけた。それは、なぜ関内が自分を県警本部の捜査一課に引き抜いたのかその理由を聞くというものだった。


 先ほど久保田に言われたから思いついたのかもしれないが、塚原にとっては前々から知りたかったことであり、本庁に向かうまでの話題としては十分なものだった。


「あの、関内課長」

「何だ?」

「関内課長に一つ、聞きたいことがあるんですけど」

「……言ってみろ」

「はい。そのー……」


 そして、塚原が話を始めようとした時、遠くの方から聞きなれた音が聞こえてきた。

 それは、パトカーのサイレンだった。


「ん? 近づいてくるな」

「そうですね」


 関内の言う通り、パトカーのサイレンの音はどんどん近づいてきていた。


「後ろか」


 関内の言葉を聞き、塚原がバックミラーで確認すると、サイレンを鳴らすパトカーが覆面パトカーの後ろに来ていた。


『緊急車両が通ります、緊急車両が通ります!』


 あっという間にパトカーは覆面パトカーを追い抜き、左沿いにある倉庫が立ち並ぶ敷地に入っていった。


「倉庫で何かあったんですかね?」

「塚原、あのパトカーを追え」

「えっ?」

「あのパトカーを追うんだ!」

「あ、あの本庁の方は?」

「そんなの放っておけ! 分かったらさっさとあのパトカーを追って敷地内に入れ!」

「は、はい!」


 関内の強い口調の命令に塚原が逆らえるはずもなく、追い抜いたパトカーを追い、塚原は倉庫が立ち並ぶ敷地に向けてハンドルを切った。




 パトカーは敷地内の奥の湾に近い倉庫の前で停車し、パトカーの近くには二人の警察官がいた。

 さらにそのパトカーの近くにはもう一台別のパトカーが停まっていた。


「あれ? もう一台パトカーが停まってますね」

「そうだな。行くぞ、塚原」

「はい」


 塚原と関内は覆面パトカーを降り、二人の警察官のもとに向かう。


『現場の状況を報告してください』

「えー、報告にあったパトカーが一台停まっている。警察官の姿はない。倉庫の方は外から見た限りだと異常は見られない」


 警察官の内一人が無線で報告をしている。


「ん? 君達、捜査のじゃまになるからここから離れてくれ」


 塚原と関内が近づくと無線で報告をしていない方の警察官が二人に気付き、一般人と判断したのかその場から追い出そうとする。


「私達は警察官だ」


 すかさず関内が警察手帳を取り出す。


「はっ? …………せ、関内警視!?」

「えっ、嘘!?」

『どうしました? 何かありましたか?』

「えーと、現場になぜか関内警視が現れました」

『はい!? せ、関内警視ですか?』

「あー、凄い反応」


 関内があらゆる意味で有名人であると再認識する塚原だった。


「何があったか教えてくれないか?」

「あっ、はい」


 だが、有名人であるからこそ、事情をすぐに聞くことができるのである。


「一時間ほど前、この倉庫を所有する会社が倉庫内で働く作業員と連絡が取れなくなり、社員一人に様子を見に行かせたそうなんですが、その社員とも連絡が取れなくなったと警察に通報してきました。そこでたまたま周囲を巡回していた警察官二名が様子を見に向かったんですが、その警察官二名とも連絡が取れなくなったんです」

「何? 警察官二名と連絡が取れなくなった?」


 作業員や社員と連絡が取れなくなったどころか、警察官二名とも連絡が取れなくなったというのは、普通の事態ではなかった。


「…………無線を貸してくれないか?」

「えっ? は、はい」

 関内は何かを考えた後、警察官から無線を借りた。


「関内だ。今から私を含む警察官四名で倉庫内の様子を見る」

『せ、関内警視もですか?』

「ああ、そうだ。十分後にはかならず無線を入れる。だが、もしも十分後に無線が入らなかった場合、近くの所轄のパトカーを全てこの倉庫に向かわせろ」

『は、はい!? ち、近くの所轄のパトカーを全て向かわせるなんて無理です!』

「私からの命令だと言えば通る。いいか、十分後に無線が入らなかったらかならず近くの所轄のパトカーを全て倉庫に向かわせるんだ。以上、無線終わり」

『あ、あの――――』


 関内はまだまだ言いたいことがあるであろうオペレーターの声を聞かずに無線を切った。


「さてと」


 関内が長い髪をゴムで一つに纏める。


「全員、ホルスターから拳銃を取り出せ」


 そして、関内はホルスターから拳銃を取り出してその場にいた全員に拳銃を取り出すよう命令した。


「はい!?」

「何を言ってるんですか!?」


 関内の命令に警察官二人が慌てた様子を見せる。


「倉庫内の作業員と連絡が取れず、様子を見に行った社員とも連絡が取れなくなった。これだけでもきな臭いのに通報を受けて駆けつけた警察官二名とも連絡が取れなくなった。これはもう倉庫内で何かありますと言っているようなものだ。そしてその何かとは……少なくとも警察官二名と連絡が取れなくなるほど危険なものということになる。今、ホルスターから拳銃を取り出せと言ったのは、自分の身を自分で守らせるためだ」


 関内の言う通り倉庫内には警察官二名と連絡が取れなくなるほどの危険なものがあると考えられ、拳銃を取り出せという関内の命令は当然とも言えるものであった。


「了解しました、関内課長」

「お、おい」

「ええ」


 塚原は関内の命令通りホルスターから拳銃を取り出し、そんな塚原を見た警察官二名もホルスターから拳銃を取り出した。


「よし、それでは、私が先行する」


 塚原達は倉庫内に入るため入口の扉に向かう。


「この倉庫は何の倉庫だ?」


 関内が警察官の一人に聞いた。


「船で輸入されてきた荷物を仕分けるため一時的に保管する倉庫だそうです。なので中はコンテナだらけですね」

「ちっ、最悪だな」


 関内の言う通り、死角を作るには十分なコンテナが倉庫内に置かれているというのは最悪な情報であった。


「……入るぞ」


 関内の言葉を聞き、塚原達は倉庫内に入っていった。

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