第二章 その4

「……塚原」

「は、はい」

「私はお前に何を頼んだ?」

「……タバコの購入です」

「今何時だ?」

「……もうすぐ一時ですね。深夜の」

「…………てめぇはタバコ一つ買うのに何時間かかってるんだよ!!」

「すいません、すいません、すいません、すいません、すいません!!」


 着信を知らせるメッセージを確認した塚原はすぐさま関内に連絡を入れた。

 すると関内はたった一言、早く戻って来い、と怒鳴りもせず淡々と塚原に言ってきた。

 怒鳴られないことで塚原は恐怖を倍増させつつ、人生で一番の脚力を発揮して捜査一課に戻り、すぐに関内の前に行き、現在の状況となった。


「答えろ塚原!! 何をしていた!!」


 関内は塚原の胸倉を掴み、顔を近づけて怒鳴り声を上げる。

 これが、取り調べであったら犯人はすぐに自供を始めたことだろう。しかし、塚原は何をしていたのか関内に話せないでいた。

 なぜなら、塚原が何をしていたのかを話すということは、フィズの存在を話すということであり、折津との約束を破ることになるからだ。


「な、何をしていたんでしょうね」

「てめぇ、なめてんのか!!」


 だが、何をしていたのかを話さないということは、関内の怒りをさらに上げさせることであり、関内はさらに力を籠めて塚原の胸倉を掴む。

 誰でもいい、助けてくれ、と塚原が思った時だった。


「失礼します!」

「誰だ!?」

「鑑識課の久保田です!」


 久保田が捜査一課に入ってきた。


「鑑識課? 何の用だ?」

「端的に申しますと、現在鑑識課は人手が不足しておりまして、手伝いとして塚原巡査をお借りしたく参りました!」

「その手伝いは大事なものか?」

「はい、連続殺人事件に関わる事であります!」

「……そうか」


 そう言った後、関内は顔を塚原に近づけて一言だけ喋った。


「次はないぞ、塚原」

「は、はい」


 今度からは一人で行動する前に連絡をしよう。そう固く誓った塚原だった。




「久保田、助かった」

「今度飯おごりな」

「ああ」


 飯をおごるだけでは足りないほどの助け舟を久保田に出してもらったと思っている塚原は飯をおごる以外にも何か別のお礼もしようと考えながら返事をした。


「しかし、このところ関内課長に怒鳴られてばっかりだ」

「ははっ、怒られている内はいいじゃねぇか。向こうがそれだけお前に期待しているってことなんだからな。たしか、お前を捜査一課に引き抜いたのは関内課長なんだろ? だからこそ、余計期待しているんだろ」

「それは、そうなんだが、何で俺なんかを県警本部の捜査一課に引き抜いたのか分からねぇんだよな」


 塚原を県警本部の捜査一課に引き抜いたのは関内である。だが、塚原はいまだに関内がなぜ自分を引き抜いたのかその理由を知らなかった。

 よくミスをするし、怒鳴られまくる。そんな自分をなぜ関内は引き抜いたのか、塚原は時々考えていたりするのだ。


「何で引き抜かれたのか知らないのか?」

「ああ」

「じゃあ今度関内課長に直接聞いてみろよ」

「教えてくれるかね、あの人」

「タイミングを見計らえば教えてくれるだろうよ」

「タイミング、ねぇ」

「まぁ、それはそれとして、お前を呼んだのは本当に手伝いをしてもらうためだ。だから、ちゃんと手伝ってもらうぞ」

「手伝いって何をするんだ?」

「ほら、六件目の被害者の自宅にあったものを全部証拠品としてここまで運んだって言っただろ? で、その内の保管室にある分を科捜研に送る必要があるのとないのとで仕分けるから証拠品運ぶのを手伝ってほしいんだよ」

「なるほど。運ぶ人手がいないほど今忙しいのか」

「いや、忙しいわけじゃないんだよな……」


 久保田の言葉は、歯切れの悪いものだった。


「どうしたんだ?」

「あー、実はな、さっきまで証拠品の被害者の日記を調べていたんだ。犯人に繋がる記述があるかもしれないから」

「それで?」

「そのー、六件目の被害者の風俗嬢、どうも色んな悩みを持っていて、うつ病だったらしくて日記の内容がそれはもう読む人間の心にダメージを与えるものだったんだ。で、その日記のせいで鑑識課の大半の人員がダウンしちまったんだ」

「なんじゃそりゃ。どんな内容なんだよ?」


 久保田の説明を聞いた塚原は、鑑識課の大半の人間をダウンさせたという日記の中身について聞き返す。


「俺は知らん。読んでないから」

「読んでない?」

「ああ。だって考えてもみろよ。数多の現場で捜査をした鑑識課のベテランの人達までダウンする内容の日記を読みたいと思うか?」

「思わないな」

「だろ。そんなわけで現在鑑識課で無事なのは俺を含む日記を読んでない奴だけで、日記を読んだ奴はもれなく仮眠室で休んでいる状況だ」

「ご愁傷様だな」

「まぁ、キツイものを見るのは鑑識課の宿命だよ。さぁ、話はここまでにして保管室に行ってさっさと証拠品を運んじまおうぜ」

「あいよ」


 そして、塚原が久保田と共に保管室に向かおうとした時、


「あれ、お前らこんなところで何してるんだ?」


 勝間が塚原と久保田に声をかけてきた。


「あっ、勝間先輩戻ってきたんですか」

「おう。かわいい、かわいい娘の顔を見て、女房のうまい飯たらふく食ってきてな」


 勝間の顔は有意義な一時帰宅だったことが分かるものだった。


「で、こんなところで何してるんだ?」

「鑑識課の人手が足りないんで証拠品運ぶのを手伝うんですよ」

「なるほどな。がんばれよ」

「はい」

「そんじゃ、俺は捜査一課に戻ってるからな」


 そう言って勝間は捜査一課に向かっていった。


「いいのか?」


 と、久保田が塚原に聞いてきた。


「何が?」

「今、捜査一課はお前が関内課長怒らせてめちゃくちゃ空気悪いって言わなくて」

「バカ野郎。あんな幸せそうにここに戻ってきた人に今からあなたが向かう場所は地獄ですよ、なんて言えるわけがないだろ」

「それもそうだ。よし、今から地獄に向かう勇敢なる警察官に心の中で敬礼しつつ、俺達は保管室に向かうぞ」

「ああ」


 勝間に心の中で敬礼しつつ、塚原と久保田は保管室に向かった。

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