第二章 その3

「フィズが犯人ってのは、本当なのか?」

「ああ。警察は一切犯人の手掛かりをみつけられてないんだろ? それは当然だ。相手はフィズなんだからな」

「おいおいマジかよ……」

「現在、私達は折津さんを全力でサポートして連続殺人事件を起こしているフィズを探しています。ですが、フィズをみつけることはできても、連続殺人事件を起こしているフィズをみつけることはできていません」

「さっきの裏路地のフィズは?」

「確証はないが多分ハズレだろう。戦ってみて、ここまで事を大胆にかつ慎重に進めているとは思えないフィズだったからな」

「そうか」


 連続殺人事件の犯人はフィズ。そして、いまだそのフィズは発見されておらず、他のフィズも姿を現している。このことをどう報告するべきか。そんなことを塚原は考えていた。


「塚原」

「何だ、折津?」

「お前、このことを警察のお偉いさんとかに報告するのか?」

「そのつもりだ。これ以上、犠牲者を出さないためにもな。まぁ、フィズが実は生き残っていてこの連続殺人事件の犯人だった、なんてそう簡単に受け入れてもらえないだろうがな」

「やっぱりそうか。塚原、シスターが話があるそうだ」

「はっ?」

「そうですね。塚原さんがそのつもりなら私はあなたに話があります。塚原さん、どうかこのことを警察に報告するのはやめていただけませんか?」


 シスターの話は、警察官である塚原からしたら受け入れられるものではなかった。


「それは無理です。連続殺人事件では、既に六人もの被害者が出ています。多くの市民は事件の解決を望んでいます。そして、多くの警察官が事件を解決するために捜査を続けています。そんな状況の中、事件解決の手掛かりを得たからには、自分には報告する義務があります」

「……塚原さん、あなたの考えは警察官として正しいものです。あなたみたいな警察官がいると考えると、一市民である私としてはとても安心できます。ですが、フィズについて報告するのはどうしても待ってほしいのです」

「なぜですか?」

「仮の話ですが、フィズが生き残っていたという事実を人々が知ったらどうなると思いますか?」

「えっ? ……怖い、と思うんじゃないですか?」

「そうですね。怖い、すなわち恐怖という感情を持つはずです。そしてその感情は、絶望に繋がります。そんな絶望は、今この国に暮らす人々にとって致命的なことになりかねないものです」

「致命的なこと?」

「今この国に暮らす人々は、誰しもが不安という負の感情を持ちすぎているのです。無論、不安は人それぞれですが、塚原さん、あなたにだって一つや二つはあるでしょ?」


 たしかに、シスターの言う通りどんな人間でも一つや二つの不安を持ってしまうほどの様々な不安が今の世の中にはあり、塚原にも不安の一つや二つはある。


「そんな不安を持つ中でも人々は自分なりの希望を持って、日常を過ごしています。ですが、絶望は人々の自分なりの希望を破壊してしまうものです。つまり、人々が希望を失ってしまうのです。希望を持つ人のいない国。そんな国に、未来はありません。だからこそ、今人々にフィズの存在が露呈してはならないのです」


 塚原にとって、シスターの話は分からなくもないものであった。

 人々にとってフィズはもはや、歴史の授業で学ぶ史実でしかない。しかし、そんなフィズが生き残っていたと人々が知ったらどうなるだろうか。

 おそらく、かつての人々の様に恐怖し、絶望するだろう。そしてそれは、人々の希望を破壊しかねないものであり、この国すらも壊しかねない。


 だが、塚原はこう思った。だからこそ報告するべきだと。

 報告し、市民を守る側がフィズの存在を知り、フィズを倒す。それこそが、人々の希望を守る最善の方法だと考えたからだ。


「あなたの主張については理解しました。ですが、このことを報告するという気持ちに変わりはありません」

「なぜですか?」

「報告し、警察全体がフィズの存在を知り、フィズの討伐を決め、フィズと戦うことこそが人々の希望を守る最善の方法だと思うからです」

「人々がフィズの存在を知って絶望することは無視するのですか?」

「これはあくまで予想ですが、警察の上層部はフィズの存在を知ったらそれを隠すと思います。多分、シスターの様なことを考えて。それなら、市民がフィズの存在を知る可能性はかなり下がるはずです」


 今は、情報社会である。物事を隠すのは容易ではなくなりつつあるが、国が本気になればまだ隠すことは可能だ、と塚原は考えていた。


「塚原さん、まず言っておきます。警察が所有する装備ではフィズを殺すことはできません」

「えっ?」

「正確に言えば殺すこともできます。ただし、一体一体違う性質を持つフィズに存在する弱点に致命傷を与えられればの話ですが」

「それは、難しいことなんですか?」

「例えばの話、体の硬いフィズの弱点が体の中にあり、体のある一点に銃弾を撃ちこめることができれば、その銃弾が弱点に到達するとします。その一点をみつけて銃を撃つ余裕があると思いますか?」

「……ないと思います」

「そうです。そんな余裕ないんです。ではどうすればいいか。簡単な話です。弱点をみつけずに圧倒的な攻撃力でフィズに攻撃すればいい。そうすればいつかはフィズの弱点に攻撃が当たります。そして、そういう対応ができる圧倒的な攻撃力を持つ組織はこの国では自衛隊か在日米軍だけです」


 たしかにシスターの言う通り、弱点をみつける余裕がないのなら圧倒的な攻撃力で攻撃してフィズの弱点に攻撃が当たるようにすればいい。

 そして、この国でそんな攻撃力を持っているのは自衛隊か在日米軍だけである。


「だから、フィズの存在を警察の上層部に報告しても、警察は対応することができず、自衛隊か在日米軍に頼ることになります。しかし、フィズの出現場所は街中。なので、自衛隊や在日米軍は部隊を街中に展開することになります。さて、ここで塚原さんに聞きます。この国の街中で、自衛隊や在日米軍の部隊が展開して、大騒ぎにならないことはありますか?」


 それは、答えるまでもない問いだった。


「分かりきっている答えですよね。この国の街中で軍が部隊を展開するなんて、どんな理由であれ、大騒ぎになります。つまり、フィズと戦う以上、人々がフィズの存在を知ることは、逃れようのないことなんです。必ずいつか、人々はフィズの存在を知るのです。だから、報告するのはやめていただきたいのです」


 そのシスターの言葉に反論することを塚原は一度躊躇した。

 だが、一度躊躇しても再び塚原は反論しようとする。


「ですが「はーい、ストップ」お、折津?」


 塚原の反論は折津が話に割って入ってきて中断させられてしまう。


「二人の話を聞いた私の感想。この話はずっと平行線のままになる」

「……たしかに」

「そうなりますね」

「そこで私から提案だ」

「提案?」

「七件目。七件目の事件が起こったら、塚原はフィズのことを報告しろ。その代わり、七件目の事件が起こるまでは報告するな。どうだ、二人の主張を両方考慮した提案だと思うけど?」


 折津の提案は、塚原とシスターの主張を両方考慮した提案だった。


「……分かりました。私は折津さんの提案を受け入れても構いません」


 だからシスターは折津の提案を受け入れる姿勢を見せた。


「シスターは賛成か。塚原は?」

「……折津、お前の提案は受け入れられない」


 しかし、塚原は提案を受け入れようとはしなかった。


「なぜだ?」

「お前の提案は、最悪の場合七人目の犠牲者を見捨てることになる。そんな提案、受け入れられない」


 そう、折津の提案は七人目の犠牲者を見捨てる可能性がある。そんな可能性がある提案を塚原は受け入れることができなかったのだ。


「まぁ、お前はそう思うよな。安心しろ。七人目の犠牲者なんて出ないよ」

「えっ?」

「私が、七人目の犠牲者が出る前にかならずフィズを殺す。だから、この提案を受け入れてくれないか?」


 折津は、まっすぐ塚原を見つめながらそう言った。


「……折津、一つ聞きたいことがある」

「何だ?」

「弱点をみつける余裕がない以上、圧倒的な攻撃力でフィズを攻撃する必要がある。そんなフィズを、お前は殺した。けど、どう見てもお前に圧倒的な攻撃力があるようには見えない。だからこそ、何でお前はフィズを殺せるんだ?」


 それは、塚原の中で一番強い疑問だった。

 折津はフィズを一人で殺している。だが、どう見ても折津一人に自衛隊や在日米軍の様な圧倒的な攻撃力があるようには見えない。そもそも折津は日本刀でフィズを殺していた。

 日本刀一つでフィズの弱点をみつけてフィズを殺し、しかもバラバラ死体にする。普通なら、絶対に無理なことだろう。……そう、普通なら。


 塚原は、一つだけ折津が普通ではないと思うところがある。それは、折津が年をとっていないように見えることだ。

 折津の年のとらなさは普通ではない。そして、直感ではあったが、折津が年をとっていないことが、折津がフィズを殺せる理由に繋がっているのではないか、と塚原は考えていた。


「私がフィズを殺せる理由が知りたいのか?」

「ああ」

「そっか。すまん、それは私のプライバシーに関わることだからここでは言えない」

「はっ? プライバシー?」


 折津の返事は、塚原の予想からあまりにもずれていた。


「すいません、塚原さん。折津さんは、私達にもプライバシーだと言ってフィズを殺せる理由を教えてくれてないのです」

「そうなんですか」


 協力関係であるシスターにも教えていないということは折津がフィズを殺せる理由を誰かに話す気はないのでは、と塚原は考えたのだが、


「……けど、お前と二人っきりで話せるのなら、お前には話してもいいよ。フィズを殺せる理由」

「えっ?」


 折津は塚原には話してもいいと言ってきた。


「お、折津さん、なぜ塚原さんには話してもいいんですか?」

「んー、私と塚原の仲だからだな」

「塚原さん。一つお尋ねしますが、塚原さんは折津さんとお付き合いをしたことが?」

「い、いいえ。そんなことはありませんでした」

「本当ですか?」

「ええ、本当です」


 あくまで席が近く親しかった同級生。そんな仲でしかないのだが、なぜ折津が自分には話せるのか、塚原はその理由が分からなかった。


「まぁ、ここじゃ二人っきりにはなれないから今度でいいか?」

「あ、ああ」

「でさ、それはそれとして、お前は私の提案を受け入れてくれるのか?」


 そう、今までの話は折津の提案を受け入れるかどうかの話であった。

 塚原はしばらく考え込んだ後、


「…………お前のプライバシーに関わる話を聞くまで保留で」


 保留、という結論を出したが、それは事実上折津の提案を受け入れたのと変わらないことであった。

 警察官として、折津の提案を受け入れるべきではないという考えが塚原の頭の中にある。

 だが、プライバシーに関わる話について自分には話してもいいと言う折津の自分に対する信頼に答えたいと思った末の結論であった。


「そっか。分かった」


 折津は、その塚原の返事で塚原がしばらく上層部にフィズのことを報告しないのだと理解した。


「じゃあ、話をする機会はお前の都合に合わせるから連絡先教えてくれよ」

「そうだな」


 折津に連絡先を聞かれ、塚原はスマートフォンを取り出す。


「しまった、電池がな――――」


 その時、塚原はあることを思い出した。

 今言ったことを自分は前にも言ったことがある。それは、折津と再会する前の時だ。

 そこから塚原は、連鎖的にあらゆることを思い出す。


 自分は、折津と再会する前に何をしていたのか? 

 タバコを買いに外に出ていた。


 そのタバコは誰の? 

 関内の。


 関内は外に出る時、自分に何と言ったか? 

 十分で戻ってこい。


 この時塚原は、もう何がやばいのか分からないくらいやばいと感じていた。


「折津、今何時だ?」

「今か? もうすぐ午前零時だな」

「……折津」

「ん?」


 塚原は、懐にしまっておいたメモ帳を取り出し、素早く自分の電話番号を書き、書いた部分を切って折津に渡した。


「これ、俺の電話番号だから。電話に出られる時に、出るから」

「分かった。戻るのか?」

「さ、さすがにこの状況で警察官がずっと外にいるのはやばいからな」

「それもそうか。じゃあ、今度連絡するから」

「あ、ああ。それじゃ」


 別れの言葉を言って、塚原は教会をあとにした。

 そして、すぐに目に入ったコンビニに入り、スマートフォンの充電器を購入して充電し、スマートフォンの電源を入れた。

 電源を入れたスマートフォンのディスプレイに表示されたのは、


『着信のお知らせ 関内課長 九十九件』


 塚原に対する、死の宣告だった。

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