第二章 続いていた戦い

第二章 その1

「な、なぁ」

「…………」

「お、おーい」

「…………」

「おーいってば!」

「…………ん?」


 三度目の呼びかけで、ようやく少女は塚原に気付いた。


「誰だお前?」

「隣の席の塚原義樹だ。初めて、一緒のクラスになる」

「ふーん、なるほど。私は折津茉那だ。よろしく」

「ああ、よろしく」

「…………」


 折津は、それで会話は終わりだと言わんばかりに読書を再開した。


「あのー」

「ん? 自己紹介は終わっただろ」

「そうなんだけど、一つ聞きたいことがあって」

「聞きたいこと? 何だ?」

「折津はさ、どうしてそんな表情でその本を読んでいるんだ?」

「表情? なぁ、私はどんな表情で読んでた?」


 どうやら折津は、自身の表情に気付いていなかった様子だ。


「えっと、嬉しそうな、苦しそうな、腹立たしそうな、全ての感情がごっちゃになってる表情だな」

「何だそりゃ? ……でも、この本を読んでたら、そんな表情にもなるか」


 折津は喋りながら、本を見つめた。

 この時、折津がどんなことを考えて本を見ていたのか、塚原には分からなかった。


「お前、塚原だったよな?」

「えっ? ああ」


 塚原の名前を確認した折津は本をカバンにしまい、


「初対面の人間に本を読んでた時の表情について聞くなんてお前、おもしろい奴だな。気に入ったよ。ちょっと話そうか」


 笑みを浮かべながらそう言った。




 通りすがる全ての人が目を向けてしまう長くて艶のある黒髪、透き通るような白い肌に見ていてとても惹かれる目。

 今、塚原の目の前にいるのはかつての同級生であり、学校一の美女に分類されていた折津茉那だった。


 しかし、折津はアルバムの写真からそのまま出てきたような外見で年をとっているようには見えなかった。

 塚原が高校を卒業して四年。四年という歳月は人を変えるのに十分なものである。もちろん人によっては四年で見た目があまり変わることはないのかもしれないが、それを考慮しても折津は異常であった。

 まるで、高校三年生の頃から時間が止まったままの姿なのである。


「おい。お前、塚原だろ?」

「えっ、あ、ああ」

「やっぱりな。ちょっと体格よくなったな、お前」


 その喋り方を聞いて、塚原は数々の疑問はどうであれ納得した。間違いなく自分の前にいるのは折津茉那であると。

 これが、街中でばったり再会したのなら塚原は驚きつつも、楽しげに折津に話しかけられただろう。だが、この状況での再会なら話は別になる。


 折津は、血だらけであり、その血はフィズの血。

 状況を見て、折津が日本刀でフィズを殺したと考えるのは容易であった。

 だが容易に考えられる分、なぜ折津はフィズを殺したのか、そもそもフィズはもう既にいなくなったのではないのか、といったあらゆる疑問が塚原の頭の中に次々と浮かんでいった。


「どうした? そんな難しそうな顔して」

「あっ、いや……あー、くそっ」


 塚原は自分を落ち着かせ、折津にこの状況について聞くことにした。


「折津、この状況は何なんだ?」

「ん? 見たまんまだよ。私が、フィズを殺した」

「フィズはもういないはずだ」

「塚原は、この死体を見てもまだそう思うのか?」

「それは……」


 塚原は分かっていた。フィズの死体がこうしてここにあるということは、フィズはまだ存在しているということになる。

 そしてそれは、塚原が子供の頃から知っているフィズはもういないという常識をひっくり返すことであった。


「血がうっとうしいな……。塚原、ちょっと待ってろ。あっ、血には触れるなよ。危ないから」


 危ないと言っているのに血を全身に浴びてる折津はどうなんだ、と塚原は言いたかったが、折津のある行動を見て、そっちを優先して聞くことにした。

 折津が、ポケットから何世代も前の携帯電話を取り出して操作を始めたのだ。


「お前、昔携帯持ってなかったよな?」


 高校生の頃、塚原は折津と連絡先を交換しようとしたが、折津は現代人としては珍しく携帯を持っておらず、塚原は折津と連絡先が交換できなかったということがあったのだ。


「ああ、昔は必要だと思わなかったからな。けど、必要になったから一年くらい前に買ったんだ」


 おそらく、必要になったのはこの状況と関係しているのだろうと塚原は考えた。

 一方折津は、携帯で誰かに電話を入れていた。


「私だ。フィズは片づけた。……ああ、処理を頼む。そうそう、今からそっちに一人、人を連れてくるからよろしく。……誰だって? 私の同級生だよ。それじゃ」


 ある程度は親しい間柄の人間だからなのだろうか、折津の口調は少しやさしめだった。


「待たせたな。塚原、この状況について説明する。けど、場所を変えてもいいか?」

「……ああ」


 塚原が持つ、数多くの疑問。

 その答えを得るには折津についていくしかなく、塚原は折津の言葉を受け入れ、移動を始めた。

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