第一章 その5
「それじゃ、着替えを取りに一時帰宅します」
「お疲れ様でーす」
日が暮れてすっかり暗くなった頃、勝間が着替えを取りに一時帰宅した。
翌日の始業時間までに戻るのならば、自宅で休むことは黙認されているが、勝間はどんなに遅くなっても深夜には戻ってくるつもりだった。
なぜなら勝間には妻と幼い娘がおり、連続殺人事件の魔の手がいつ迫るとも限らないため一刻も早く事件を解決したかったからだ。
「はぁー」
一方、関内は結んでいた長い髪をほどき、虚ろな目で時おりため息をつきながら大量の書類を整理していた。
そんな関内を見て塚原はふと、あることに気付く。連続殺人事件が発生してから関内が自宅に帰る光景を一度として見ていなかったことに。
塚原がその光景を一度として見なかったのも無理はない。なぜなら関内は、替えの服や下着などを近くのコンビニで購入し、連続殺人事件発生から一度として自宅に帰っていなかったからだ。
そのため、ここ最近関内はストレスが溜まりっぱなしであり、ふとした拍子にため息をついていたのだ。
塚原はそんな関内の状態に気付き、少しでも関内の負担を減らそうと考え、そのためには自分が仕事をがんばるのが一番であり、まずは関内の手伝いをすることに決めた。
「関内課長、何か手伝うことありますか?」
「ない」
即答であった。
「え、えーと、何にも?」
「ない」
「そ、そのー、小さなことでもいいんで……」
「ならタバコ買ってこい」
「えっ? タバコ?」
「そうだ、タバコだ。手持ちのタバコがなくなった。タバコが吸えなくなったら気が狂いそうだ。だから買ってこい」
人はそれを、パシリと呼ぶ。
「わ、分かりました」
だが、塚原は自分から言った手前、断ることはできなかった。
「私の吸っている銘柄は分かるな?」
「はい」
「よし、十分で戻ってこい。あと、タバコはカートンで買え」
「……はい」
そして、塚原は急いで県警本部のすぐ近くにあるコンビニに向かうのだった。
「ありがとうございましたー」
塚原は関内が吸うタバコと一緒に夜食を購入した。
県警にも夜食があるにはあるのだが、そのほとんどがカップ麺であり、塚原が夜食を購入したのはそれに飽き飽きしていたからだ。
関内に十分で戻ってこいと言われた塚原だったが、コンビニは県警本部から一分もない距離にあり、行きに急いでコンビニに向かったため、比較的時間に余裕があった。
そのため塚原はゆっくり歩いて帰ることにした。
だが、塚原がコンビニから歩くこと数十秒、もうすぐ県警本部の敷地内に入るという時、
「ん?」
塚原は、ある違和感に気付いた。
何か、におうのだ。最近塚原が嗅ぎ慣れているようなにおいが。
塚原は辺りのにおいを嗅ぎ、においの元を探し始め、においが近くのビルとビルの間にある薄暗く狭い裏路地から漂ってきていることを突き止める。
捜査一課に配属されて刑事になりまだ一年も経ってないが塚原の刑事の感が告げる。
何かがある、と。
しかし、こういう時は極力一人で行くべきではなく、一人で行くにしても誰かにかならず連絡を入れることと刑事は教育されている。
今、塚原がいるのは県警本部前。少し歩けば誰かしら他の警察官に会えるかもしれないが、塚原にはその少しの時間がおしかった。
なので、塚原は一人で行くことを早々に決め、万が一に備えて関内に連絡をしようとするのだが、
「……しまった、電池がない」
塚原の私物のスマートフォンの電池が切れていた。
塚原は、先ほどの久保田との会話でスマートフォンの電池がほとんどないことに気付いていたのに充電することを忘れていたのだ。
しかも、支給されている携帯電話は捜査一課の自分の机に置きっぱなしであり、塚原には連絡する手段がなかった。
そうこうしている間にも時間は過ぎていく。
しばらく考えて、塚原は関内に怒鳴られるのを覚悟して事後報告することにし、連絡もせず、一人で裏路地に入ることを決めた。
塚原は、邪魔になる関内に頼まれたタバコと夜食が入っているコンビニ袋を裏路地の入り口の地面に置き、裏路地に入っていった。
裏路地に入って一分。塚原は、ホルスターから拳銃を取り出していた。
なぜ塚原が拳銃を取り出したのかというと、裏路地に入ると一気ににおいが強くなり、においの正体に気付いたからだ。
においの正体は、血であった。
塚原が嗅ぎ慣れているのも当然だ。連続殺人事件の現場で嗅いでいるにおいなのだから。
塚原は血のにおいがする裏路地を一歩、また一歩と慎重に進み、裏路地を進むごとに血のにおいがさらに強くなるのを感じる。裏路地に何かがあるのは明白だった。
拳銃を持つ手に力が入るが、塚原は高まる気持ちを必死に抑えていた。
そして、塚原は裏路地の突き当たりに到着する。
道は右と左に分かれていたがにおいの濃さは右の方が強く、塚原は体を壁につけ、慎重に顔を出して裏路地の突き当たりの右側の様子をうかがう。
そこは、少し道が広がっており、道の真ん中にポツンと一人の少女が立っていた。
少女は背を向けていたため塚原は少女の顔を確認することができなかったが、少女がセーラー服を着ていることは確認できた。
なぜこんな時間、こんな所にセーラー服を着た少女がいるんだという塚原の疑問はわずか数秒で頭の中から消え去った。
少女は、血だらけだったのだ。
普通ではない少女の姿に驚きつつ、塚原は目を凝らして観察し、ようやく状況を全て理解した。
血だらけなのは少女だけではなかったのだ。少女の周りも血だらけだったのだ。さらに、少女の周りには血だけでなく、バラバラの死体があり、少女の右手には血だらけの日本刀が握られていた。
「動くな!」
塚原は飛び出して、少女に拳銃を向けた。
「ん? 人か」
「警察だ! 凶器を捨てて、手を挙げてゆっくり振り返るんだ!」
拳銃を撃ちたくない塚原は少女が大人しく振り返ってくれることを祈った。
「こんな光景見られたら誤解されて当然か」
「いいから早く振りか――――」
喋りかけていた塚原の口が止まった。少女の周りにあるバラバラの死体について、あることに気付いたからだ。
少女についている血と、少女の周りの血の色は赤色だ。当たり前のことだが、血の色は赤色だ。それは、おかしいことではない。
だが、バラバラの死体は、体からいくつものトゲが生えていた。
バラバラの死体の肌は、緑色だった。
バラバラの死体の顔は、爬虫類みたいな顔だった。
そう、バラバラの死体は、人の死体ではなかった。
バラバラの死体は、怪物……フィズの死体だったのだ。
「ど、どういうことだ?」
「死体に気付いたか」
「こ、このバラバラの死体は何だ!?」
「見れば分かるだろ。フィズの死体さ」
それは、フィズはもういないと教育を受けた塚原からしたら信じがたいことだった。
「……フィズはもういない」
「それが普通の反応だよな。よし、今から振り返るからな」
「凶器は捨てろ」
「疑い深いな。ほら」
少女は塚原の言う通り日本刀を捨て、ゆっくりと塚原の方に振り返った。
「これでいいか、刑事さ――――」
振り返った少女は言葉を途中で止めた。それは、塚原の顔を見た瞬間だった。
また、塚原も少女が振り返ったことで少女の顔を見ることができ、少女の顔を見て言葉を失った。
少女は、見ていてとても惹かれる目を持っていた。何か使命感を持った力強さを感じさせると同時に、どこか優しさを感じさせる柔らかさがある、矛盾した目だ。
そんな目を持つ少女を塚原は知っていた。なぜなら、その目を持つ少女を塚原は高校三年生の時、ずっと見ていたのだから。
だが、塚原は一つの大きな違和感に気付く。それは、
「お前は…………」
少女がまるで、アルバムの写真からそのまま出てきたような外見で、年をとっていないように見えたことだ。
「塚原か?」
塚原は、かつての同級生、
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