第229話ヨンジュンとジュリ

12月21日土曜日PM7:00

 セブ島、バランバンの自宅。

 魚のシニガンスープで夕食を食べている。

 ジュンの妹で、ウチの家事を手伝っているマリアが俺に聞く。

「トールさん、赤ちゃんの名前は決めているんですか?」

 俺は隣に座っているイザベルの顔を見た。

 イザベルは俺の顔を見返して言う。

「決めてるの?」

「マリアがいいな」

「聖母マリア?」

「嫌か?」

「もう、女の子だって決めてるのね」

「分かるんだよ、女の子だって。感じるんだ」

「あなたが言うならそうなのね」

 イザベルはお腹をさすって、赤ん坊に言う。

「あなたの名前はマリアだって。もうすぐ会えるわね」

 手伝いのマリアが言う。

「私と同じ名前・・・何だか嬉しいな」


 オヤジがダイニングに入ってきた。

 俺達の正面に座る。

 イザベルが言う。

「パパ。明日は教会に行こうね」

「行かん」

「クリスマスでしょ」

「24日の夜に行くだろ。それでいい」

 オヤジは爆破テロ以来、教会に行くことを拒否していた。

 俺がオヤジに言う。

「産まれて来る子はさ、多分、教会で亡くなったお母さん達の生まれ変わりだと思うよ」

 オヤジはイザベルのお腹を見ている。

 暫くして口を開いた。

「・・・何時に行く?」

 イザベルが言う。

「10時でいいわ。漁が終わってから」

 オヤジは立っていたマリアに言う。

「ビールくれないか」

 オヤジはマリアから受け取ったサンミゲル・ピルセンを、瓶の半分ほどを一気に飲んでイザベルに言う。

「男か? それとも女か?」

 イザベルが微笑んで言う。

「女の子。名前はマリア」

 オヤジは黙ってイザベルのお腹を見ている。オヤジの目が潤んでいた。

 オヤジが俺に向かって言う。

「男の子も欲しいな」


12月22日 日曜日

 教会で午前10時からのミサを終えて財団の事務所で働くスタッフ達を見ていた。

 日曜日でも半数は仕事をしている。


 事務所に入ってきた男に声を掛けられる。見ると孤児院で働いているヨンジュンだった。

 彼が俺に顔を寄せて言う。

「トールさん。シティにいるジュリって知ってますか?」

 考えた。ジュリ・・・カジノで会った元韓国人のジュリの顔が浮かんだ。

「ジュリ? ジュリねぇ。誰だったかな。何で?」

「僕がシティの学校にいた頃、一緒だったんですけど・・・そのジュリがカジノで凄い日本人と会ったって電話で聞いて、もしかしたらトールさんかなって思ったもんで」

「ヨンジュンの彼女だったのか?」

「いや、ただの友達です」

 面倒な事にならなければいいが。

 ヨンジュンは続ける。

「そのジュリが、僕がバランバンの孤児院で働いてるって言ったら、遊びに来るって言うんです」

 背中を冷や汗が流れる。

「いいじゃないか。案内してやればいい。子供達も喜ぶだろ」

「分かりました。実はもうこっちに向かってます」

「じゃあ、孤児院に戻って待ってろよ」

「はい、ガイサノに着いたら連絡が来ます」

 ヨンジュンは出て行った。

 財団の事務所には連れてくるなと言うのを忘れたが、俺がここにいなければ問題ないだろう。


 昼になり、近くのレストランでイザベルと妹を連れて昼食を摂る。


 街中にいるとジュリを連れたヨンジュンに会う危険が有るので、俺は早々にトライシクルに乗って自宅に帰った。


 庭でビールを飲むが落ち着かない。

 セブシティから来るジュリが、日帰りなのか泊まりなのかも知らない。泊まりの場合、ここに来るかも知れない。

 俺がセブシティに行けばいいのだ。

 入れ違いになれば完璧だ。

 イザベルに電話する。

「日本から古い知り合いがセブに来てるから、会ってくる」

「帰ってくるでしょ?」

「泊まりになるかも知れない。電話するよ」


 ポケットに財布とスマホを入れて裏庭から飛び立つ。

 プチが俺を見上げて一声吠えた。


 バランバンはセブ島の西側。東側のシティへは山を越えればすぐだ。


 高度500メートルで下界を見ながら飛ぶ。孤児院で遊ぶ子供達が見える。


 山肌が迫り山に沿って高度を上げる。一本の道がクネクネと山に張り付いているのが見える。

 

 シティからバランバンを往復するワンボックスバンが行き来している。

 山頂近くで1台のバンが止まっている。よく見ると様子がおかしい。斜めに止まっている車が3台、道を塞いでいる。


 高度を落として見ると、覆面をして銃を持った連中がバンの周りを取り囲んでいた。


 


 


 


 




 



 

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