第228話 日本国軍隊
12月21日土曜日
午前10時に目が覚める。
隣には裸のままのアンが寝ている。
ベッドから起き上がり、椅子の背もたれに掛けてあったバスタオルを持ってシャワー室へ歩く。
シャワーを浴びて部屋に戻ると起き上がっていたアンが俺に言う。
「おはよう・・何が食べる?」
「コーヒーだけでいい」
「私も」
アンがルームサービスのコーヒーを注文するのにベッドから降りようとする。床に伸ばした脚が美しい。
コーヒーの注文を終えて、アンはシャワー室に歩いていく。
AM11:50
帝国ホテルをチェックアウトしてアンと別れた。
タクシーに乗ろうとしていたが止めた。目の前の道路の向こう側に広がる日比谷公園に入る。
噴水広場にはどこかで買って来たであろう、お握りやパンを食べている人達が座っている。
師走だと言うのに暖かかったので、俺はコートを手に持って彼らの前を歩く。
ビジネススーツのサラリーマンやOLの前を、遊び人風のキートンのスーツで歩く俺を、彼らはチラッと見て無視する。
昼食を食べている人達やハトを見ながら歩くと雲形池に出た。
更に歩き、霞門から公園を出た。
何となく家に帰りたくない。
タクシーを拾い赤坂のJIAオフィスに向かった。
オフィスでは青い目のジェーンが俺を迎えた。
「中本さん。お久しぶりです」
「ジェーン・・・いつも綺麗だね」
「二階堂でしたら今日は市ケ谷に行っていますが」
「自衛隊か・・・別に二階堂に用が有るわけじゃ無いんだ」
「それじゃあ・・」
「君に会いに来たんだよ」
嘘だったが、ジェーンに会えたのは嬉しい。
「女を喜ばすのが上手ですね」
「飯でも食べに行かないか?」
赤坂の街に2人で出た。
イタリアンレストランに入る。
店内はランチタイムで混みあっていたが、ウェイターに1万円札を握らせると、奥の個室に案内された。
リストランテと呼ばれる高級イタリアンレストランだ。
高級店もランチタイムで客に味を覚えて貰い、ディナーでの来店に繋げようとしているのだ。
俺達はフィオレンティーナステーキをメインとしたコースを注文した。
生後1年以内の牛の肩の肉で、バルサミコ酢のソースとの相性が良く、2人とも完食した。
2人で片付けた仕事の話をして笑う。
油ぎった口をワインで洗い流して、デザートのティラミスに手を伸ばした時にジェーンが言う。
「今日は何か有ったんですか?」
ジェーンの青い目が俺を見つめる。
「有ったよ・・・ジェーンにキスしたくなってオフィスに行ったんだ」
立ち上がったジェーンは俺の横に立って、俺の顔を覗き込むようにしてキスしてきた。
ジェーンの舌が俺の舌に絡み付いて来る。
途中でウェイターが入って来たがジェーンはお構い無しだ。
突然、ジェーンが離れて俺の顔を見る。俺はジェーンに聞いた。
「何だ?・・何が言いたい?」
「奥さんとどっちがいい? なんて聞かないから心配しないで」
「・・・」
「今度、ちゃんと時間を作ってね」
「そうだな」
ジェーンのルノー・トゥインゴで自宅まで送って貰う。
部屋着に着替えてリビングのソファーに座った時に二階堂から電話だ。
「オフィスに来たんですか?」
「ああ、ちょっと寄ったよ」
「市ヶ谷で何か有ったのか?」
「はい・・・特別県の百済に軍隊を置くことになりそうです」
「自衛隊じゃなくて軍隊なのか?」
「そうです。日本軍です」
「自衛隊と分離するのか? 軍国主義どうのこうのと騒ぐ奴らが出てくるだろ」
「政府は反対派の声を押しきって軍を創設するようです」
「まあ、今迄も軍隊だったからな。呼び名だけの自衛隊だ」
「そうですね。韓国に続いて台湾でそれが決定的になりましたから」
「そこで、中本さんに・・・」
「俺は軍の所属にはならないよ」
「そう言うと、分かってました」
「聞かなかった事にしておくよ。俺はこれからセブに行くからな」
「治療の方は・・」
「年が明けてからだな」
電話を切ると直ぐに再び掛かってくる。
「だから年明けからだって」
「中本さん、私です。安倍です」
安倍総理だった。
「二階堂さんからお話はお聞きになったと思いますが」
黙って聞いた。総理は続ける。
「日本軍の特殊部隊の顧問になって頂きたいのですが」
「どこの部隊が軍の特殊部隊になるんですか?」
「海上自衛隊のSBU隊員40名です」
加島、小田、長谷川の顔が頭に浮かんだ。
「どうあれ、部隊に名前を連ねるのはお断りします。今まで通りの傭兵扱いでいいですよ」
「勿論、今までと同様に仕事毎にお支払いはしますが、部隊を指揮するとなると、上官としての指揮権を持って頂きたいのです」
「考えておきます」
電話を切って考えるが、やはりどこかに所属するのは気が向かなかった。
セブに向かう準備を始めた。
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