第227話総理官邸とカワハギ
12月20日金曜日PM1:30
二階堂と首相官邸にいた。
安倍総理と陸・海・空の自衛隊3幕僚長が顔を揃えている。
中台戦争が終わり10日が経って、台湾も落ち着きを取り戻し、自衛隊も完全に台湾から引き揚げた所だった。
安倍総理と3幕僚長に礼を言われる。今後、台湾に不測の事態が起きた時には協力する事を頼まれた。
官邸を出て二階堂と彼のメルセデスE250に乗ろうとすると、海上自衛隊幕僚長の河野が声を掛けてくる。
「中本さん。これからどちらへ」
「ウチに帰るよ」
「ご一緒させて頂いてもいいですか?」
「構わないよ」
彼は自分の運転手に何が告げて、メルセデスの後部座席に座った。
メルセデスは静かに官邸の門から出る。河野の車は後を付いてくる。
河野が言う。
「フィリピンのパラワン島に別荘を作ったそうですね?」
「よく知ってるな」
「物凄い噂になってますよ。何でもオークションで10軒が売られたと言うことで、声を掛けられなかった連中は悔しがってます」
二階堂が言う。
「金が有るだけの連中には来てほしくなかったんですよ。同じ敷地内の他の30軒は一般人ですから」
河野が前に乗り出して、助手席の俺に言う。
「他の30軒はもう売約済みですか?」
「俺と二階堂が一軒ずつで、残り28軒はこれから売り出すんだよ」
「いいですね。自分も引退したら暖かい所で釣りをしながら暮らしたいです」
「パラワン島は海も綺麗で、いい所だぞ」
「でしょうね。でも自分には手が出ないですよ。噂では1軒が1億円とか・・・」
俺は笑って言う。
「あれはオークションだからな。年に一度、頼み事を聞いてやるというのが含まれた金額ですよ」
「では、残りの28軒の値段は?」
「日本円で1800万円だよ。管理費が月に1万円」
「自分に一軒売って貰えませんか?」
「いいですよ。なあ、二階堂」
二階堂が答える。
「勿論です。河野さんなら大歓迎ですよ」
俺が言う。
「一度、現地を見に行ったらいいですよ」
「当分、日本から離れられそうにないんです」
「大丈夫ですよ。河野さん用に一軒は取っておくから。現地を見て、想像と違ったらキャンセルして貰って構わないですよ」
「有難うございます!」
パラワン島の様子等を話しながら松涛の家に着いた。
河野は後を付いてきた自分の車に乗り換えて去って行く。
二階堂が言う。
「忙しくて大変ですね、河野さんも」
「韓国、中国、台湾とゴタゴタが続いてるからな」
「パラワン島のパンフレットは明日出来上がりますから、残りの27軒の販売を始めます」
「嫌な奴には売るなよ。別に完売しなくたって構わないから」
「分かってます」
二階堂はJIAの事務所に戻り、俺は2階のリビングに上がった。
部屋の中にいたパオが身体を摺り寄せてくる。
キッチンから顔を出した幸恵にビールを持ってきて貰う。
幸恵が言う。
「今日はスーツを着て、どちらにお出掛けだったんですか?」
「安倍さんと会ってた」
「安倍さんって総理の・・・」
テーブルに置いたスマホが鳴り出す。
63で始まるフィリピンの番号だ。
英語で答える。
「ヘロー」
「ヘロー、ディス イズ モラト スピーキング フロム パラワン」
「ヘイ! ミスター モラト。ハウ アーユー ドゥーイング?」
パラワン島のモラト氏からの報告だった。バジャウ族の学校建設の許可が降り、年明けに工事が始まると言う。
全て順調に行っている。
3階の自分の部屋に上がって昼寝だ。飲んだビールが眠りを誘う。
身体が揺すられて目を覚ます。
目を開けると娘達が俺に乗っている。2人を抱き寄せる。
綾香が言う。
「ごはんだよ」
夕食の時間になっていた。
ダイニングテーブルには俺のリクエストの刺身が並んでいた。
マグロ、ぶり、鯵と並んでカワハギの刺身が有る。
幸恵に言う。
「カワハギの刺身か。よく手に入ったな」
「産地直送って言って売ってたんです。今日の昼に上がったみたいです」
「カワハギは足が早いからな」
マキが聞く。
「足が早いって、カワハギは走るの?」
幸恵が笑いを堪えて吹き出す。
俺が言う。
「早くダメになるって事だ」
綾香が言う。
「日本語って本当に難しいよね」
俺が言う。
「奥が深いんだ。でもな、英語でもいろんな表現があるし、新しい言葉や言い回しも沢山有る」
娘達は聞いていなかった。
刺身に集中している。
午後8時過ぎになり、神原の運転で銀座に向かう。
リクルートビルの前で車を降りて並木通りへ歩く。
年末の銀座は混みあっている。
アンの店に入ると、8時半だと言うのに既に4組の客が入っていた。
大きなU字を描いた客席の右側手前の空いていた場所に座る。
顔見知りのホステスが俺のキープボトルの『響17年』で水割りを作る。
完璧な所作で創られた水割りがハラワタに滲みる。
2回目にグラスに口を着けた時にアンが来て隣に座る。
「死んじゃったのかと思った」
「まだ、生きてる」
アンが俺の太股に手を置いて言う。
「そうみたいね。幽霊じゃない」
「繁盛してるな」
「お陰さまで・・・」
「好きな物開けろよ」
「ドンペリのヴィンテージが有るけど」
「何でもいいよ」
ウェイターが目の前に木の箱を持ってくる。蓋を開けて俺に見せる。
馴染みの有るドン・ペリニヨンのラベルだ。
アンが言う。
「いいですか?」
俺が頷くと、ウェイターが慣れた手付きで栓を抜き始める。
完全に栓が抜ける前にガスが抜ける音を聞かせる。
俺が言う。
「天使のため息か・・・」
アンが応える。
「特別な天使」
2時間をアンの店で過ごした。
100万円を支払って店を出た。
帝国ホテルにチェックインして、アンを待つ。
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