第226話オークション

12月19日木曜日PM6:00

 渋谷区松涛、自宅の庭に着地した。

 いつもの様にパオが飛び付いてくる。気が済むまで舐めさせる。


 幸恵が庭に顔を出して言う。

「お帰りなさい。夕御飯はスパゲッティーなんですけど召し上がりますか?」

「うん、頼むよ」

「はい。30分位で出来ます」


 自分の部屋に上がってシャワーを浴びる。

 当たり前の事だが、勢い良く出るシャワーが気持ちいい。フィリピンではこうは行かない。

 

 黒のスラックスとワイシャツを着て2階のリビングに降りる。

 新聞を読み始めて、10分もすると幸恵に呼ばれる。

 ダイニングテーブルには帰って来たばかりの綾香とマキも一緒だ。

 綾香がスパゲッティーを食べながら俺に聞く。

「オジサン。下に人が集まってるけど何か始まるの?」

「フィリピンの別荘のオークションだ」

 マキが言う。

「もしかしてセブ? また行きたいな、セブ」

「セブじゃないよ。パラワン島って所だ」

「知らない・・綾香知ってる?」

 綾香が答える。

「私も知らない。オジサン、それどこ?」

 「フィリピンの一番西側に有る島だよ。フィリピンで一番自然が残ってる綺麗な島だ」


 2人は声を揃えて『行きたーい』と言った。


 食事が終わって1階のNPO事務所に降りる。駐車スペースに10人以上の男達が立っている。運転手か秘書だろう。事務所は狭いので、入札する本人だけの入室を許可していた。

 事務所内には12人の購入希望者が椅子に座っている。


 俺の顔を見た数人が立ち上がって近寄って来て言う。

「先生・・・。先生もパラワン島の一室を御自分の物にされるそうですね。是非、私も隣人になりたいものです」

 全員が同じような事を言う。


 敷地の奥側の10区画が入札の対象になる。落札額に含まれるのは、基本の72平米の建物で、設計変更も可能だが上限は100平米とし、追加で必用な設計・建築費は別とする。


 高額入札者上位10名を落札者とし、上位の者から区画を選べる事とする。


 区画購入時から管理費の支払い義務が発生し、年額50万円を2020年度分より支払う事とする。


 購入者は、中本氏の治療を年に一度受けられる事とする。但し、対象は購入者本人と配偶者、実子、又、購入者と配偶者の親に限る。


 土地部分はリースとし、購入価格は25年分の土地リース料と家屋の価格とする。リース期間終了時には一度のみ25年間の更新が書類作成料以外は無料で出来、購入者が亡くなった場合には相続として一世代に限って名義の書き換えが認められる。

 その場合でも、リース期間は購入時からの計算に基づく。

 物件の転売は基本的に認めらない。

 リース解約は物件の放棄と見なす。

 

 その他の規約を二階堂が読み上げていく。


 会場内はどうでもいいから、早く始めろと言う雰囲気だ。


 インターネットでの参加者は19人だった。総勢31人でのオークションになる。


 二階堂による説明が終わり、午後7時20分にオークションが開始された。

 開始と同時に『1億円!』と言う声が上がる。顔を見ると見覚えが有る。

 確か、癌の治療をした不動産業者で、長野県の孤児院に土地建物を無償で寄付した者だった。


 他の参加者は一斉に2000万、2100万と徐々に金額を上げてくる。

 開始から5分後には18人が3500万円以上の提示をしていた。

 金額は更に上がる。

 4000万円を越えた時点で2人が会場から出ていく。


 オークションは7時40分に終了した。最高落札額は15000万円、最低は9800万円。合計落札額は13億2000万円になった。ペソで約613ミリオンペソになる。

 10軒分の落札価格だけで、全部が賄えて半分余ってしまう。


 落札した10人が小切手を置いていった。領収書は後日、セブの新会社から出される。


 二階堂に言う。

「どうするか、この金」

「プールでも作りますか?」

 プールでイザベルと遊ぶ光景を想像した。

「それいいな。よし、プールも作ろう!」


 イザベルに電話する。

「今、10軒分が売れたよ。オークションで600ミリオン以上が集まったから金の心配は無いから、いい物をつくろう」

「10軒で600ミリオンって、1軒8ミリオンなのが60ミリオンになったの?」

「まあ、そう言う事になるな」

「訳が分からないわ」

「それでな、プールも作りたいんだ。エンジニアに言っておいてくれ」

「分かりました・・・いつ戻って来るの?」

「こっちでの仕事が済んだら戻るよ。クリスマス前には戻るから」

「お腹の赤ちゃんもあなたの声を聞いてるわ。パパ、早く帰って来てねって言ってる」

「そうか・・・仕事、無理するなよ」

「私は大丈夫。あなたは、いつも危ない事をやってるんだから、自分こそ気をつけてよ」

 電話を切って、宙を見つめていた。

 イザベルと、抱いている赤ん坊の姿を想像すると胸が熱くなる。




 

 

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