第225話オヤジとコブシメ
12月18 日水曜日 PM3:00
イザベルより一足先に家に帰って来る。みんな忙しそうだったのでトライシクルで帰って来た。
庭ではオヤジが網の手入れをしていた。プチが喜んで俺の周りをグルグル廻る。
ジュンの妹、マリアが家の中を掃除していた。
マリアがホウキで掃除をしている後ろ姿を見る。色気の無いジーパンだが、お尻の形がいい。
キッチンの冷蔵庫からビールを取り出して玄関ドアの横に置かれた木製の長椅子に座る。
俺を見つけたプチが長椅子に乗り、俺の横で寝そべった。顔の俺を見ている。
「プチ・・今日は誰かに吠えたか?」
プチは顔を傾げて俺を見る。
「分からないよな・・・」
突然、プチが立ち上がり庭の方を見て吠える。
見るとオヤジが胸を抱えて丸くなっている。
オヤジの元へ駆け寄った。胸が苦しいようだ。プチが俺達の周りを廻りながら吠える。
オヤジを抱えてリビングに入り、ソファーに寝かせた。
マリアが驚いて言う。
「どうしたんですか!」
「大丈夫だ」
心臓だろう。オヤジの胸に手を当てる。温かくなってきた手の指の間から黒い粒子が涌き出てくる。
3分程で粒子は出てこなくなった。
「マリア、水持ってきて」
マリアが持ってきたグラスの水をオヤジが飲む。
「オヤジさん、大丈夫か? もう、胸痛くないだろ?」
オヤジは俺とマリアの顔を見て言う。
「おう、大丈夫だ。カーチャンの顔が見えたよ。あの世に呼ばれたのかと思った」
「まだ、早いだろ」
オヤジは立ち上がって庭に出ていった。
マリアが俺に言う。
「何ですか、今の?」
「手を当てただろ。身体を治すのを手当てって言うんだ。日本では」
「トールさんはシャーマンなんですね」
シャーマン・・・呪術師か。
俺の前に立っているマリアの裸を透視して見てしまった。綺麗なオッパイがブラジャーで苦しそうだ。
マリアに言う。
「シャーマンなんてほど立派なモンじゃない」
ただのスケベ親父だ。
網をまとめて、漁に出掛けるオヤジとボートに乗る。
小さなバンカーボートは、たった5馬力のエンジンでも驚くほどスイスイ走る。風が気持ちいい。
オヤジが網を仕掛け始め、俺は海に飛び込んだ。
3センチ程の稚魚の群れが驚いて散り散りに逃げていく。
俺の行く手、水深10メートル程の所で水底近くに白い物体が見える。
少し近付くと甲イカだった。
日本では『コブシメ』と呼ばれている大型のイカだ。
獲物を捕獲しようとして狙っているようだ。様子を見る。
小魚が岩陰から出てきた瞬間に、コブシメは2本の触手を伸ばして小魚を捕獲した。
小魚を口に持っていこうとした時に俺がコブシメを掴んだ。慌てたコブシメは身体の色を変えて威嚇するが、もう遅い。
水面に上がってオヤジのボートにコブシメを放り込んだ。
俺もボートに上がって、ナイフでコブシメの触手を一本切り落とす。
皮を剥いて、直径3センチは有ろうかという太い足をそのまま噛った。
甘くて旨い。こんなに新鮮な刺身は無い。
長さが30センチ以上有ったイカの足を食べ終わると腹が膨れた。
オヤジは笑って見ていた。
午後6時を廻ってイザベルと妹が帰って来た。
今日の夕食は、庭でイカと魚のバーベキューだ。
並べた椅子にイザベルと座り、夕陽を見ながらビールを飲む。
イザベルが言う。
「ねえ・・・赤ちゃん、もうすぐ生まれそうな気がする」
12月19日木曜日AM10:00
財団事務所であくびをしている俺のスマホが鳴る。
日本にいる二階堂だ。
「例の、パラワン島のリタイアメントハウスのオークションですが、今日の夜7時に事務所で行う事になりました」
「誰か来るのか?」
「一応、10人程が来て、他はインターネットでリアルタイムで入札されます」
「なるほどな。随分早いな」
「ナカモト・ジャパニーズビレッヂですから、一声掛けただけで数十人は簡単に集まりますよ。金には不自由してない人種ばかりです」
「変な奴には売りたくないな」
「ちゃんと選んでます」
「予想落札価格は?」
「開始価格を2000万円に設定していますけど、それとは全く関係ない価格になると思います。1億円とか」
「何か有った時の、連中の治療費だと思えば安いか」
「そうですね。先払いって事ですね」
「分かった。終わったら教えてくれ」
電話を切った。
俺に金が十分に有るのは二階堂も分かっている。政治的に利用価値の有る者や人間的に繋がりを持ちたい人を選ぶだろう。
午後になりイザベルと孤児院を訪ねた。イザベルが院長室で話をしている間、子供達と遊ぶ。
子供8人にしがみつかれたままで立ち上がると子供達は大喜びだ。
夕方になり、日本に帰る事に決めた。二階堂に任せきりも良くないだろう。
市場でチキンバーベキューを一羽買って完食する。
イザベルに告げて、財団の裏手から日本に向けて飛びたった。
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