第219話不法滞在者とバジャウ族
12月16日月曜日
イザベルとロビンソンデパート近くのシティステート・アストゥリアスと言うホテルにチェックインする。
小さいがプールも有る、可もなく不可もなくと言ったホテルだった。
二階堂に電話する。
昨日の2ビリオンドルの小切手の現金化が終わり、2060億円がNPOの口座に入金済みだと言う。
合計の残高が約2140億円になったらしい。
日本の三菱東京銀行に電話して、NPO の口座からフィリピンのイザベルの銀行口座に4億円を送金する指示を出す。
日本政府お墨付きの口座なのでマネーロンダリングを疑われる事も無い。
ビールを1本飲んで、イザベルに口座残高を確認させると184ミリオンペソが入金されていた。
イザベルが呆れた顔で言う。
「魔法みたいね」
「数字のゲームみたいだな。土地の代金が140ミリオンで、税金や名義書き換えの弁護士への手数料や各方面の寄付で5ミリオン。全部で145ミリオン。残りが39ミリオンだな。建築費は見積もりが出たら送らせるよ」
「明日、土地の取引が終わったら建築士との打ち合わせね。トムがプエルトプリンセサで1番の建築士を連れて来るって言ってたわ」
シャワーを浴びてベッドで休む。
目が覚めると午後6時になっていた。
ホテルのレストランに行く。
メインダイニングはビュッフェスタイルになっていた。ウェイターに聞くとアラカルトメニューも有るが時間が掛かると言われ、ビュッフェでサインアップした。
肉や魚料理も豊富で野菜類やデザートも有ったが、味は平均点と言ったレベルだった。
イザベルは良く食べる。流石に妊婦だ。フィリピン人は妊婦にとても優しいので、イザベルが皿に取った料理を近くにいたウェイターが俺達のテーブルまで運んでくれる。
飲み物はどうするかと聞き、俺のビールとイザベルのジンジャエールを運んできてイザベルに向かって更に言う。
「エニィシングエルス マム?」
従業員の教育は出来ている。外人宿泊客も多いので当然だ。
控えている従業員が、ポケットに手を突っ込んでいるのだけが頂けない。
食後はプールサイドでワインを飲む。イザベルもグラスに1杯だけ付き合った。
プールの上を渡ってくる風が気持ちいい。
部屋に戻って、ほろ酔い気分でイザベルとベッドで横になり話をする。
リタイヤメントハウスの建物の事やセブの事。
いつの間にか眠ってしまった。
12月17日火曜日
朝6時に目が覚める。イザベルはまだ寝ていた。
そっと部屋を抜け出してプールへ行く。誰もいない。
プールに飛込み泳ぐ。クロールで何往復かして潜る。プールの底で仰向けになって水面を見上げた。
登ってきた朝日に照らされた雲がユラユラと歪んで見える。
雲の中にいろいろな人の顔が浮かんでくる。
イザベルと兄弟達。歯の無いオヤジの笑顔。銀座のアン。娘達。ジェーン。ジュンの妹、マリア。
突然、腕を掴まれて水面に引き上げられる。
腕を掴んでいる男を見るとホテルの従業員だった。驚いている俺に言う。
「アーユー OK?」
「サンクス アイム オーライ、アイ ワズ ジャスト リラクシング」
親切な従業員に礼を言ってプールから上がった。
部屋に戻ってシャワーを浴びているとイザベルが裸で入ってくる。
膨らんでいるお腹に手をあてて言った。
「バスケットボールが入ってるのか?」
「それじゃトールはバスケットボールの父親ね」
2人で朝食にレストランへ向かう。
夕べと同じ席に着く。朝食もビュッフェだ。
料理が並ぶ前に立ち、何が有るのかを確認する。
端の方で玉子を料理する係りがいる。客の注文に応じて目玉焼きやオムレツを作っている。
係りの顔をみると、さっきのプールで俺を助けようとした男だった。
イザベルから財布を受け取り、中から1000ペソ札を1枚出す。
玉子係りの前に立って言う。
「プールでは有り難うな」
札を小さく畳んで男の手に握らせた。手の中を見た男が言う。
「サンキュー サー」
オムレツにはスライスした玉ねぎ、トマト、チーズを入れて貰った。
テーブルでオレンジジュースを飲みながらイザベルが俺に聞く。
「あの従業員と何か有ったの?」
プールでの一件を説明すると、イザベルは声を上げて笑った。
午前10時半。セブから財団の顧問弁護士と、彼に紹介されたプエルトプリンセサの地元の弁護士が来た。2人はアテネオ大学の同期だったらしい。
トムも少し遅れて来た。
5人で地元弁護士のトヨタ・フォーチュンに乗り、購入する土地に向かう。売り主と現地で会うのだ。
現地には売り主の物と思われる、黒のシボレー・サバーバンが止まっていた。一般人では無いようだ。
売り主と、各々の紹介が終わり、土地の確認をする。
土地の境界線の杭を確認し、測量図面を見せて貰った。
確認が終わり、弁護士事務所へ全員で移動する。
売り主は市会議員で次期市長を狙っている地元の有力者だった。
名前はジョナサン。
俺達の計画を話すと、建築には最大限の協力をしてくれると言う。
建築許可や電気、水道等の面倒な事は彼の電話1本でスムーズに進むと言う。
勿論、彼も見返りを求めている。
選挙に候補者として立つ時の資金の協力を約束した。
その場で彼の口座に140ミリオンペソを送金し、彼の秘書が確認を終えて、取引は終了した。
ジョナサンの自宅へ昼食を招待された。弁護士2人とトムの5人で招かれる。
2.1ミリオンペソの手数料が入るトムは満面の笑顔だ。
ジョナサンがパラワン島の問題点を話す。
鉱山関係から出る水銀汚染は規制によって改善に向かっているが、不法滞在者による海の水質悪化と、観光産業が大きなウェイトを占めてくるパラワン島にとって、美観を損ねる彼らの住まいが問題だと言う。
市の政策として、彼らに他の場所に土地を与えて移住させようとしているが、海辺で生計を立てている彼らにしてみれば、内陸部に移ると生活の糧を得ることが出来ない。
なかなか移住が進まないのだ。
強制退去させた港の周辺には『ベイウォーク』と言う公園を作り、観光客が集まる様になったが、何ヵ所もの強制退去を行うと、次の選挙に響くのでそれも出来ない。不法滞在者も選挙権を持っているのだ。
プエルトプリンセサ市民だけでなく、戦争から逃れて来たベトナムからの移民も多い。そしてマレーシアから流れて来たバジャウ族の存在も大きい。
バジャウ族に関してジョナサンは熱く語った。
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