第220話 バジャウ族学校

12月17日PM2:00

 少数民族バジャウ族の事を語るジョナサンを見ていて俺は不思議だった。

 彼に聞く。

「何でそんなに少数民族の彼らの事を気にするんだ?」

「・・・実はですね、去年うちの娘が海で溺れているところを助けて貰ったんです。それが彼ら、バジャウ族の若者だったんですよ」

 一緒に来ていた地元の弁護士が言う。

「そうですか。彼らは海洋民族で海の中は得意ですからね」

「勿論、お礼はしましたよ。何かお礼に渡したいが、何がいいかと聞くと、何も要らないと言われたんです」

 イザベルが言う。

「お金に困っているでしょうに。バジャウ族の人達はセブにも沢山います」

 ジョナサンは続ける。

「彼は観光客相手にアクセサリーを売って生計を立てていて、その日も仕事でその場に居合わせたんです。私は彼の持っていたアクセサリーを全部買うと言ったんです。彼は沢山持っていたアクセサリーを1つずつ私に見せて値段を言いました。確か、全部で彼の言い値で17200ペソでした。私が18000ペソ渡してお釣りはいいと言うと、彼は1000ペソを返して、沢山買ってくれるからディスカウントだと言ったのです」

 俺が言う。

「いい話しだな。救助で金は要らないから、お礼がしたいなら商売で助けろって事か」

 ジョナサンが言う。

「後日、同じ浜で彼に会って、彼等の生活の様子を聞きました。彼は仕事の後で毎日、自分達の集落で子供達にタガログ語や英語を教えていると言いましたよ。彼の奥さんは手作りの箒を売って歩いてるそうです」

 俺が言う。

「バジャウ族の先生か」

 ジョナサンが言う。

「そうですね、先生ですよ。彼らも海上に暮らすよりも陸の方が当然快適です。今は街の北の辺りに土地を与えられて暮らしていますが、子供達が全員学校に行っている訳ではない」

 イザベルが聞く。

「それは、親が教育を分かっていないからですか?」

「それも有るが、学校までの交通費も無い家族が多いのです」

 俺が言う。

「集落の中に学校を作ればいい」

 ジョナサンが言う。

「簡単に言いますが、誰が金を出すんですか?」

 俺が答えた。

「ウチで出しましょう。ジョナサン、あなたがハンドリングすればいい」

 ジョナサンが驚く。

「あなたが? 何で?」

「ウチはセブにも学校を作ってる。来年の新学期にはオープンします。この街にも日本人が住むとなると、少しは貢献しないとね」

 ジョナサンは黙って俺の手を握った。


 ジョナサンのトヨタ・フォーチュンに乗り、全員でバジャウ族の集落が有る辺りに移動する。

 街から約30分の道のりだ。


 雑木やココナッツ林の中に、竹と木で出来たネイティブハウスが30軒ほど点在していた。集落の中心部には井戸が有る。


 井戸の横で洗濯していた女性にジョナサンが聞く。

「マティスはいるか?」

 彼の恩人の名前はマティスらしい。

 女性は海の方を指差す。

 

 海辺へ歩いていくと、小さなバンカーボートが浜に乗り上げたところだった。

 ボートから降りた漁師風の男がジョナサンの姿を認めて歩いてくる。

 2人は握手し、抱き合った。


 マティスの家の中で全員が座った。

 ジョナサンがマティスに言う。

「ここに学校が出来たらどうだ?」

「それは嬉しい。私にも子供が3人いるから」

「子供がいたのか。知らなかった」

 マティスが言う。

「タガログ語はみんなだいぶ覚えているから英語と数学を教えてほしい」

 イザベルが聞く。

「今でもみんなはバジャウ語を使ってるの?」

「ここではバジャウ語です。私達の言葉だから」


 集落の有力者を交えて、学校建設の話をした。大人は全員が海の上だけでは暮らしていけないのを分かっていた。子供達は勿論、街に憧れている。

 万引きで捕まる子供も後を絶えない。

 街に出て、お金を稼ぐには言葉が重要なのも分かっていた。


 2時間をバジャウ族の集落で過ごし、街に向かった。

 俺とイザベルが泊まっているレストランでコーヒーを飲みながら話を続ける。

 どうせ学校を作るなら教育省の認可を受けた私立学校にしようと言うことで話は決まった。

 教育省への根回しは任せておけとジョナサンが胸を叩いた。友人が省内にいるらしい。

 フィリピンは何かしらのコネが無いと物事か進まない。スピードが遅い。しかし、コネさえ有れば大抵の事は通ってしまう。


 バジャウ族の集落には約50人の子供達がいたが、その先の周辺の山中にもバジャウ族の集落が有った。

 そこの子供達も含めると、約80人を受け入れられる学校が必要だった。

 取りあえず、教室が4つ有る建物が出来れば十分だ。

 更に水道と電気を引く。


 地元の弁護士が建築士に電話で概要を話す。教室が4つと、職員用の部屋と予備室で整地も入れて概算で3ミリオンペソと言うことだ。

 イザベルが言う。

「教師の給料は1人25000ペソとして4人で10万ペソ。雑用係りは外部から1人と集落から1人で、2人で1万ペソで十分でしょう。光熱費や雑費、教科書等も入れて月に15万ペソで楽に運営していける筈です。その額はウチが負担します。授業料は勿論無料にします」

 ジョナサンが言う。

「学校のまとめ役の総務を取り仕切る人間も必要です。それはウチから人を出しましょう」

 俺が言う。

「ウチのセブの学校や日本の学生達との交流の場にもしたい」

 ジョナサンが言う。

「素晴らしい。そんな学校なら一般のパラワン島の学生も行きたがりますよ。学校の名前はどうしますか?」

 俺が聞く。

「何かアイデアは?」

「私のファミリーネーム『モラト』とお宅のナカモト財団の名前を付けてナカモト・モラトスクールではどうでしょう?」

 イザベルが言う。

「いいですね、ナカモト・モラトスクール」


 建築費用と設備費、手続きの費用などを入れて4ミリオンペソを中本財団から出す事になった。


 

 






 

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