第216話沖縄から松涛へ

12月15日日曜日AM11:00

 北谷のアラハビーチに美香と来ていた。漁協の仕事を休んで、美香は俺と一緒にいたいと言ってくれた。


 ビーチパラソルとデッキチェアを借りて、海に向かって美香と寛ぐ。

 目の前を柴犬が走り抜け、それを追いかける飼い主の女性が犬の名前を呼びながら通り過ぎる。


 白い砂で綺麗なビーチだ。

 セブ島自体には残念ながら、白砂のこんなに綺麗なビーチにはお目に掛からない。離島に行かないと無理だ。

 バランバンの海も、水は綺麗だが砂は黒い。


 オリオンの缶ビールを飲み、横で寝ている美香を見る。

 ついさっき、アメリカンビレッヂの店で買ってきたビキニの水着を着ている。ビンク色だ。

 恥ずかしがったが無理に着せた。


 フィリピンも沖縄も、地元の人間は水着を恥ずかしがる。服を着たまま泳ぐのだ。


 水着で部分的に隠されたスリムな美香の肌は白い。顔と腕だけが日に焼けている。

 長い脚にくびれたウエストがセクシーだ。夕べの痴態を思い出す。


 俺の視線に気がついた美香は、横に置いてあったシークァーサージュースを一口飲んで微笑む。


 バックに入れた携帯が鳴っている。

 画面表示を見ると二階堂だった。

 二階堂の声が響く。

「まだ、沖縄じゃないですか! 午後に来る筈だった患者が早々と来てしまっています」

「昼飯食ったら帰るから、待たせといてくれよ」

「しょうがないですね。犬好きなようで、今、庭でパオと遊んでますから大丈夫だと思いますけど」

「昼飯を出してやってくれ。幸恵さんに言えばやってくれるから」

「分かりました。なるべく早く帰ってきて下さいよ」


 美香のホンダNボックスに乗ってオバアの家に向かう。途中の肉屋で石垣牛のステーキ肉300グラムを4枚買う。

 今日はオヤジも家にいると言っていた。


 レアに焼いた石垣牛とオバアの作った油味噌のオニギリを食べる。

 オバアが採って来たモズクの味噌汁も用意された。


 オバアの油味噌オニギリは旨い。

 サンドイッチの様に油味噌をご飯で挟んである。大きなオニギリを5個食べて、モズクの味噌汁をおかわりする。

 オヤジは台湾の戦争の話を見てきたかの様に俺に話す。

 アメリカ軍がいなくても日本の自衛隊が日本を守れると声高に言う。


 食事が終わって、オバアに礼をいって家を出た。


 後を付いてきた美香に、肉屋の近くにあった銀行で降ろしてきていた、金の入った封筒を渡そうとすると言う。

「お金だったら大丈夫。必要な物は全部あるし、私もお父さんも働いてるから。気を遣わないで」

「大した金額じゃないよ。オバアに服でも買ってあげて」

 美香にキスして封筒を押し付けた。


 門に飾られているシーサーの置物の間を走り抜けて、美香から見えない場所まで行って飛び上がる。

 封筒には100万円を入れてあった。


 高度を3000メートル程に保って日本列島を見下ろしながら飛ぶ。

 奄美大島、種子島と過ぎ、四国をかすめて紀伊半島の山の上を飛ぶ。

 山肌に数頭の鹿が見える。

 御前崎を過ぎると伊豆半島だ。

 左手遠くに富士山が見える。雪化粧が綺麗だ。

 日本は本当に素晴らしい国土を持った国だ。

 相模湾、横浜と過ぎて住宅が密集した東京に入る。

 

 自宅の上空で静止して、庭に誰も居ないのを確認して着地する。

 後ろからパオが尻尾を振って襲い掛かってくる。甘えた声で吠える。

 直ぐに二階堂が庭に出てきた。

「お帰りなさい」

「おう。待たせて悪かったな」

「今日の患者ですけど、アメリカのビリオネアなんです」

「外国から来るのは金持ちばかりだからな。何をやってる人なんだ?」

「証券トレーダーで、2008年のサブプライムローン崩壊で大儲けしたらしい人なんです」

「リーマンショックか」

「当時のFRB議長のバーナンキ氏と関わりのある人で・・・」

「インサイダーか」

「多分。末期癌で、全身に転移してます。治療費を聞かれたので『あなたの命の値段』と言ったら一本指を立てて見せて、いきなり小切手を書き始めたんです」

「ふーん。で、幾らの小切手だったんだ?」

「始めに1を書いたので1ミリオンだと思ったのですが、ゼロの数を数えたら1ビリオンだったんです」

「1ビリオンて言ったら10億ドルだろ。1000億円じゃないか!」

 二階堂は俺に小切手を見せた。

 1の後に0が11個並んでいた。


 応接間に座っていたのは痩せ細ったアメリカ老人だった。

 隣に座っていた40代に見える白人男性が立ち上がって俺に握手の手を差し出し、英語で言う。

「ドクターナカモト。お目に掛かれて光栄です」

 秘書らしい。

 隣の老人がモゴモゴと何か言う。

 秘書が俺に伝える。

「彼の言葉をそのまま伝えます。『1ビリオンと言う大金を払うのだから、それで治療が出来なかったら、あなたの犬も、ここにいる家族も全員の命は無いものと思って下さい』と言う事です」

 俺は二階堂から小切手を受け取ってテーブルに置いて言う。

「治療に自信が無い訳じゃ無い。そういう人を脅すような人間に関わりたくないんだ。お引き取り下さい」

 老人は俺の顔を見つめている。

 俺も老人の目を見つめた。

 出て行かないので、俺が応接間を出た。キッチンの冷蔵庫からビールを取り出して飲む。

 帰ってきて早々に気分が悪い。

 ビールの缶が空になった時に二階堂が応接間から出てくる。

「中本さん。老人が謝っています。治療をお願いしたいと」

「俺がヘソを曲げたらどうなるか分かってるだろ?」

「何て言いますか?」

「小切手は手付けで貰っておく。治療後に同額だ」

「合計2ビリオンって事ですね?」

「嫌なら帰ってくれって言ってくれ」


 応接間に戻った二階堂は5分程で再び出てくる。

「払うそうです。治療後に体調の変化が分かったら直ぐにこの場で小切手を書くと言ってます」


 和室に移動して、老人と俺の2人切りになる。

 仰向けに寝かせた老人の頭から手を当てていく。全身から出てくる黒い粒子が、開け放った窓から出ていく。

 15分で治療は終わった。

 老人に言う。

「あなたが大金持なのは分かった。その金を恵まれない人達にも遣って下さい。彼らの笑顔があなたの体調を維持しますよ」

 起き上がった老人は部屋の中を見渡す。視力も落ちていたようだが、良く見えるのに驚いている。

 更に立ち上がって自分の胸や腹に触り、屈伸運動をしてみる。

 俺を見た老人の目から涙が流れていた。俺に抱きついてくる。

 止めて欲しい。強烈な加齢臭までは治っていない。


 秘書は老人の名刺を置いていった。

 ワシントン、オンタリオ湖、ビバリーヒルズに家が有るようだ。


 いつでも遊びに来てくれと言って帰って行った。


 リビングのソファーに座った俺に、二階堂が2枚の小切手を持って来る。

「2000億円ですよ・・信じられない」

「インサイダー取引で稼いだ金だろ。日本の若者と将来の為に遣おう」

「各研修室への寄付も劇的に増やせますね」

「国境無き医師団や、フィリピンにもな」


 

 


 

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