第205話フィリピン教育省

12月8日日曜日

 午前中に4人の治療を終わらせた。

 全員が癌だった。


 幸恵に買ってきて貰った米沢牛のステーキを500グラム食べてセブに向かって飛ぶ。


 高度を上げ下げしながら血中酸素濃度に気を使って、紺色の空の中をノンストップでバランバンの事務所に到着した。

 約1時間の飛行だった。


 事務所の中に入ると、みんな相変わらず忙しく働いている。

 奥のソファーにイザベルが2人の男達と向かい会って座っている。

 歩いていく俺に気付いたイザベルが立ち上がり俺に抱きつく。

 座っている2人を俺に紹介する。

 フィリピン教育省(Department of education )の職員でマニラから来た2人だった。1人は教育省の中でも長官の次席の副長官らしい。

 教育省長官には大統領の秘書官がなっている。もちろん秘書官の仕事も忙しいので実質的には副長官が教育省を仕切っていると、前にイザベルに聞いていた。


 イザベルが2人に断って俺をソファーから離れた場所に連れて行く。

 俺はイザベルに言う。

「教育省の副長官が来るなんて、ウチも話題になってるって言う事か?」

「そんな呑気な事じゃないの。あの人達の狙いは、校長や教師をウチに送り込む事なの。そして、教育省の教育方針でカリキュラムを組ませるのが目的」

「・・・俺が話すよ」


 2人の前にイザベルと座った。

 俺が言う。

「先生を送り込んでくれるんですか?」

「教師の募集は何処の学校でも苦労していますので、教育省で厳選した数人の経験豊富な教師や校長候補を送ることが出来ます」

「例えばどんな人がいますか?」

「マニラの公立高校で10年に渡って勤務していた人や、ケソンシティの小学校で校長まで勤めた人もいます。教師を送る条件は、こちらで送る人を校長にして、教育省のカリキュラムに従うと言うだけです」

 教育省の副長官は自慢げに話す。

 俺が言う。

「問題は、そのカリキュラムなんですよ。特に数学と英語教育をウチは変えて行こうと思っています」

「数学にはフィリピン中で力を入れているのですが」

「力の入れ方がまずい。小学校の3年生までで足し算、引き算をマスターするのはいいのだが、翌年は足し算の桁数が増えて15桁の引き算をやらせて、ゼロの数が1つ少ないからバツだなんて全くのナンセンスですよ」

「ミリオン、ビリオンを分からせる為のいい方法だと思うんですがね」

「生徒達は肝心の計算よりも桁数を数えるのに必死な筈ですよ。それよりも分数と小数を理解させる事。0.5が2分の1で50%だと分かって貰う事の方がよっぽど大切です。15兆ウン千億ウン千万引く8兆ウン千億ウン千万・・。これを正解させる事で子供達が数学に興味を持つと思いますか?」

 副長官は汗をかきはじめた。

「まあ、確かにフィリピン人は数学には弱いですが、英語は殆どの国民が話せますし・・」

「本当にそう思ってるとしたらおめでたい話ですよ。あなたは一般のフィリピン人と英語で会話した事がどれだけありますか? 無いでしょう、多分。昔、マカティのシネマスクエアでタガログ語の字幕入りのアメリカ映画をやった時に、連日満員だったのを知ってますか? 映画の宣伝文句にも『タガログ字幕』と出していたからです。英語で映画を見ても理解出来ない人が押し寄せたんですよ。それが自分で話す情況になったら逃げ出しますよ」

「義務教育を受けていない人達はそうでしょうけど・・」

「試しに一緒に外に出てみますか?すぐそこにマーケットがありますよ。私が英語でインタビューをしてみましょうか。学校にどこまで通ったか。高校を卒業している子達が沢山いますから」

「いや、結構・・・そこまで言うのならご自由に。教師集めに苦労すればいいですよ」

 教育省からの2人が立ち上がった。

 イザベルが言う。

「教師の応募は予定の3倍以上来ていますからご心配無く」

 2人は挨拶もせずに出ていった。

 俺がイザベルに言う。

「あんな連中にウチの学校を乗っ取られてたまるか」

「あのオファーを受け入れると、教師だけじゃなくて教科書まで、全部指定の物を押し付けられたわ」

「この先、邪魔が入るかも知れないが、その時はその時だ。数学は最低でも日本レベル。英語は単語や文法のインプットばかりで無く、とにかく喋らせるアウトプット重視だ」

 イザベルが言う。

「あなたみたいに英語が下手でも、どんどん喋れればいいんだけど、シャイな子が多いからね。まずは授業で話す機会を増やす事ね」

「ははは、それとね、海外の事にも目を向けさせたいね。地球儀を見せても、南アメリカ大陸とアフリカ大陸の区別がつかない子が多いし、南アメリカまで全部アメリカだと思ってる」

「それを言ったら、フィリピンの地図を描ける子が少い事の方が問題かも」

「歴史の事も全く知らないだろ。ウチは卒業証明を出すだけの学校には絶対にしないぞ」

「完全に私立学校ね。調べれば調べるだけ公立の場合の不具合が出てくるし」

「いいじゃないか。無料の私立学校で成績優秀者には奨学金も出す」

「教師の給料は一般的な給料の倍の5万ペソを予定してるけど、大丈夫?」

「問題無いよ。教師の住まいまで考えてあげよう」

「最高ね」


 美人の教師を沢山採用したい・・・


 

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