第206話韓国人青年

12月9日月曜日AM9:00

 朝食を終えて財団の事務所に来たが、やる事も無いので市場の中を抜けて港の防波堤に向かって歩いていた。


 俺の行くてに東洋人と思える若い男がゴミを拾っている。左手にスーバーのビニール袋を持って、拾ったゴミを入れている。


 近づいて英語で声を掛ける。

「おはよう・・・日本人?」

 男は手を休めて俺の顔を見る。

「おはようございます。僕は韓国人です」

「ゴミを拾ってるのか」

「はい。毎日スナック菓子の袋が散乱してますから。あの・・・日本人ですか?」

「そうだよ、日本人だ。お前偉いな。何処でも構わずゴミを捨てる連中が多いからな」

「そうですね。大人が捨てるから子供も真似をしますよね」

「こういう事こそ教育が必要だよな」

「学校ではこんな事は教えないし、親には期待出来ないですから」

「ここには何で来てるんだ?」

「英語留学でセブシティに来てたんですが、金が続かなくなって」

「それで、何でバランバンに?」

「ガールフレンドがここの出身だったんで・・・シティのSMで出会ったんですけど。今は彼女の家に住み着いてます」

 男は自嘲気味の笑いを浮かべる。

「韓国は日本の百済県になった訳だけど、パスポートはどうなったんだ?」

「そのままです。次の更新で準日本人になります」

「ずっとフィリピンに住みたいか?」

「そうですね。自分の国が失くなってしまったし・・今帰っても混乱して大変な状況みたいで、親も帰って来るなって言うし。この国で何か出来るかと考えてます」

「日本の事が嫌いだろ?」

「日本政府は嫌いですけど、人はその人次第ですから。この街にも、凄い日本人が居るらしいですね。爆破テロの後で、街の人達を助けたり破壊された教会を直したりしたって聞いてます」

 知らん顔をした。

 男は続ける。

「その人は財団を作って、奨学金を出したり学校の建築まで始めてるそうです」

「そうか。君はフィリピンで何をしたいんだ?」

「彼らが貧困から抜け出す方法が無いかと考えてます」

「それには何が必要だ?」

「教育ですね」

「分かってるね。名前は?」

「ヨンジュンです」

「トールだ」

 俺達は握手した。

 ヨンジュンが俺に聞く。

「トールさんは、ここで何を?」

「女がいるんだ。マニラで知り合った」

「そうですか。日本にはたまに帰ってるんですか?」

「まあね。ヨンジュンは毎朝ここでゴミ拾ってるのか?」

「はい、今のところは。その内みんなが気付いてくれるかと思って」

「そうか。俺も午後には、よくここに来てるんだ。暇潰しに防波堤でビールを飲んでるよ」

「いいですね。この近くに住んでるんですか?」

「アブカヤンだけどね」

「少し南の方でしたね」

「そうだ。また、会おうな」


 彼と別れて事務所へと歩いた。

 俺は自分の国が失くなる事など考えた事も無い。有望な若い元韓国人を救済するのも自分達の責任かと考える。


 午後3時になりイザベルと妹は孤児院に行くと言う。

 俺は朝会ったヨンジュンの事が頭から離れずに、防波堤へ向かった。

 買ってきていた缶ビールの2本目を、リンと並んでピーナッツを食べながら飲んでいると俺を呼ぶ声がする。

 振り返るとヨンジュンが立っていた。

「おう、来たか」

「何となくトールさんに会いたくて」

「こんなジジイにか?」

「トールさんはバランバンで何してるんですか?」

 それには答えずに言う。

「時間有るか?」

「いくらでも」

「ちょっと行くところが有るんだけど一緒に来るか?」

「はい。何処でも」

 リンはバス乗り場へとピーナッツを売りに歩いて行った。

 俺はヨンジュンとトライシクルに乗って孤児院に向かった。


 孤児院に着くとウチのハイラックスは有るがイザベル達の姿が見えない。

 事務所で院長と話をしているのだろう。俺の姿を見つけた子供達が走ってくる。

「マノン! クヤ!」

 叫んで抱きついてくる。

 マノンもクヤも日本語では『オジサン』だ。ビサヤ語ではマノンだが、タガログ語ではクヤだ。子供達は両方を使う。

 隣に立っているヨンジュンを子供達に紹介する。

「友達のヨンジュンだ。宜しくな」

 女の子達がヨンジュンに近寄って行く。彼女らのヨンジュンを見る目が俺を見る目と違う。

 女の子の1人が聞く。

「ヨンジュンはいくつ?」

「僕は19歳だよ」

 彼女は俺にも聞く。

「クヤはいくつ?」

「60だ」

「マタンダ!」

 年寄りと言うことだ。

 ヨンジュンは大人気だ。男の子達はヨンジュンの背中によじ登る。

 しばらく放っておく。ヨンジュンは子供達と追い駆けっこを始めている。

 笑っている。楽しそうだ。


 イザベルと妹が事務所から出てきた。院長も一緒だ。

 イザベルが俺に聞く。

「あれ、誰なの?」

 ヨンジュンの事を説明した。

 最後に院長に向けて言う。

「あいつを、ここでヘルパーで働かせていいかな。給料はウチで出すから」

 院長が言う。

「ミスター中本の紹介なら大歓迎です」

 ヨンジュンを呼ぶ。

「お前、ここで働くか?」

 彼は口を開けたまま言葉が出ない。

 俺が続ける。

「毎日、1人でゴミ拾いしてるんだろ。ここの子供達を交代で港に連れてって一緒にゴミ拾いすればいい。子供達の教育にもなる。院長、いいでしょ?」

 院長が微笑んで言う。

「もちろんです」

 俺が続ける。

「朝のゴミ拾いの他は、ここの敷地内の保守点検も仕事だ。男手が無いからガードマン代わりにもなる。給料も安いけど出すよ。なぁイザベル」

 ヨンジュンはイザベルを見て言う。

「イザベルさんって、財団の・・ナカモト財団のイザベルさんですか?」

 イザベルが言う。

「そうです。ウチの財団の事を知ってますか?」

「僕の彼女がいつも話しています。街を救ってくれた人達だって」

 イザベルが俺に言う。

「トール。あなた財団の事を話してないの?」

「あー、そうだな」

 イザベルがヨンジュンに言う。

「あなたの隣に立ってるのが、ナカモト財団のナカモトトールですよ」

 ヨンジュンが大きく口を開けたまま数歩後ろに下がって言う。

「知りませんでした。トールさん、俺、失礼な事を言いませんでしたか?」

「いいや、何も。子供達には学校では教えてくれない一般常識やマナーなんかの勉強が必要だろ。ゴミ拾いしてるヨンジュンなら出来ると思って連れて来たんだよ。貧困から抜け出すには、何処に出ても物怖じしないで済むマナーと常識を身に付ける事が必要だろ。特別な事を教えろって言ってる訳じゃない。ゴミ拾いに子供達を連れてけって言ってるだけだ」

 ヨンジュンは俺の手を取って言った。

「ありがとうございます。韓国人の俺に、こんなに良くしてくれる日本人がいたなんて、感激です。」

「国籍は関係無いよ。人間を見ただけだ」

 ヨンジュンは院長とイザベルにも礼を言った。


 子供達は大喜びだ。


 

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