第201話関電との約束

12月6日午前2時

 箱を背負って日本の海岸線に点る明かりを左下に見ながら高度1000メートルで飛んでいる。

 香港からの飛行で疲れてきたのだ。

 灯台が見える。地形からして南紀串本町だ。

 灯台の近くに着地する。

『潮岬灯台』とプレートに書いてある。

 ジェーンに凍らないように持っていて貰ったシュウマイを食べる。

 ジェーンが俺の顔を見て言う。

「中本さんの奥さんって元CIAでしょ?」

「そうだよ」

「会ってみたいな」

 思いがけない言葉にシュウマイが喉に詰まる。立ち上がった俺の背中をジェーンが思い切り叩いた。

 シュウマイは喉を通りすぎた。

「何を言い出すんだよ」

「冗談・・・強い人なんだろうな、奥さん」

「並みの男が3人がかりでも勝てないな」

「そうじゃなくて、精神的に」

「なんで?」

「分からないんですか?」

 ジェーンの青い目が俺をみる。

「・・・」

「やっぱり強い人なんだなぁ」


 その時、誰かがふいにライトで俺達を照らして言う。

「そこで何してる!」

 シュウマイの包みを持った俺に、ライトが近づいてくる。

 俺が言う。

「誰だ?」

「お巡りさんですよ」

 50代後半に見える制服警察官。

「ああ、ご苦労です」

 念力で警察官を止めた。

 ジェーンに言う。

「面倒だから、そろそろ行くか」


 ジェーンが乗った箱を担いで飛び上がった。上空100メートルから念力を解く。懐中電灯の灯りがあちこちを照らすのが見える。

 ごめんね、お巡りさん。


 高度を上げ、JIA戸田に向かって飛ぶ。


 東京上空を通過する時にジェーンに伝える。ファクトリーの屋根を開けておいて貰うのだ。


 ファクトリー内に着地すると、待っていたスタッフがジェーンの為に箱の扉を開けた。

 周囲にいた5人のスタッフが俺達に拍手してくれる。


 ジェーンのルノー・トゥインゴに乗って赤坂のJIAオフィスに向かう。

 腕のオメガを見ると午前3時になっていた。

 助手席の俺は二階堂に電話する。

「今、そっちに向かってるよ。叙々苑の焼き肉弁当を用意しておいて。腹ペコだ。ジェーンの分もな」

「分かりました。ちょっと問題が有りますので、それはこっちに来てからで」

「何にせよ喰ってからだ」

「了解」


 戸田南から首都高速に乗ったトゥインゴは快調に走った。

 ジェーンは車の姿勢をアクセルでコントロールしながら飛ばす。

 絶対的なスピードは速くないが楽しそうだ。

 霞ヶ関の出口で降りると赤坂はすぐだ。六本木通りを下って外堀通りへの交差点では後輪がスライドするが、それすら楽しんでいた。


 オフィスに入ると焼き肉弁当が届いた所だった。

 焼き肉を一口食べてビールを飲む。

 仕事後のこれが堪らない。

 

 弁当を食べ終わり、缶ビールが空になった時に二階堂が話し始める。 

「テロリストに占拠されてた高浜の関電なんですが、約束の10億円の支払いを渋っています。テロリストが自分達で投降を決めたと言い張っているんです。一応、こっちに依頼をしてはいたので手付金の様な物として1億円は払うと言ってます」

「お前が聞いたのか?」

「官房長官経由です。官房長官も困ってましたが」

「って事は総理も知ってるのか?」

「それは分かりませんが・・・」

「官房長官にこう言っておいてくれ。『約束を反故(ほご)にする奴の金は1円たりとも要らない』ってな」

「・・・分かりました」

 ジェーンが瞬きもせずに俺を見ていた。


 二階堂にE250で送ってもらう。松濤の家に着くと午前5時半になっていた。まだ暗い。

 庭に上がるとパオが伸びをして、尻尾を振って寄って来た。頭を、しゃがんだ俺の腹に押し付けてくる。

 暫く抱き寄せて甘えさせる。

 

 キッチンに入り冷蔵庫からビールを取って寝室に入る。

 ビールを一口飲んでベッドに寝転ぶ。


 面白く無い。ただ金が欲しいだけなら1億円でも貰っていた。1億円がどれだけ大きな金額なのかは、まだ忘れていない。

 関電との約束は契約書が有るわけでも無い。口約束だからこそ大事なのだ。

 値切れる物だったら値切ろうと言う、関西商人的な考えなのか。


 面倒くさい。2度と関り合いを持たなければいいのだ。

 ジェーンの裸でも思い出して寝てしまおう。

 

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