第202話親と子供

12月7日土曜日

 肩を揺すられて起こされる。

 目を開けると綺麗な顔が、間近で俺を見ている。

 身体を引き寄せて抱き締めた。

「いけません!・・・中本さん、ダメです」

 もう一度顔を見ると神原の妻、幸恵だった。身体を離す。

「ごめん。無意識に手が動いちゃったよ」

「誰だと思ったんですか?」

「分からない。ただ綺麗な人だなって」

「昼ご飯が出来てます。二階堂さんも待ってますよ」


 青椒肉絲(チンジャオロース)の昼食を二階堂と食べる。娘達は英会話学校の帰りに友達と食べてくるらしい。

 二階堂が言う。

「今日の午後は4人の治療希望者が来ます。その内1人は国境無き医師団の医者です」

「そうか。大変な仕事だからな」


 4人の内、日本人は国境無き医師団の医者だけだった。

 アメリカの石油会社の副社長。ドイツの製薬会社の社長。南アフリカ政府の議員の妻。全員が白人だった。

 3人合わせて5億5千万円を置いていった。

 癌だった国境無き医師団の医者は無料だ。日本の理事長が連れて来たので2億円を寄付する。


 NPOの資金が72億円になっていた。

 自分の個人口座の残高も404億円に膨れ上がっていた。金庫にも未だに2億円近く有る。


 午後5時。奨学金希望者の面接も終わってリビングのソファーで寛いでいると二階堂が呼びに来た。

「応接間で面会客が待っています」

「誰?」

「関電の専務です」


 二階堂と応接間に行くと、座っていた2人が立ち上がる。

「突然、お邪魔してしまい申し訳ありません。実は昨日の高浜の謝礼をお持ちしました」

 横に置いた4個のジュラルミンケースを示す。

 俺が言う。

「要らないって言っただろ。帰ってくれ」

「申し訳御座いません。初めのお約束通り10億円お持ちしましたので、お納め下さい」

「理屈を並べて値切ろうとする根性が気に入らないんだよ。お宅とは今後何が有っても関わらないから、その積もりで」

「そうおっしゃらずにお願いします。総理からもお叱りを受けました」

 二階堂に総理へ電話を掛けさせる。

 秘書から総理本人に代わったようだ。

 俺が話す。

「安倍総理? 今ね、関電の専務ってのが来てるんですよ。こいつら、金払いたく無いんでしょ? 無理に払わせる事は無いですからね」

「中本さん、彼らも馬鹿な事を言ったと反省していますから、受け取ってあげて下さい」

「反省してるならアタマである社長が謝りに来るべきでしょ。下のモンを遣いにやらして事を済まそうって腹が見え見えなんでね」

「関電の人に代わって貰えますか?」

 専務と言う男に電話を渡した。

 電話を受け取った男は何度も頭を下げながら話す。汗をかいている。

 安倍総理と直に話すのは初めてのようだ。

 電話を俺に返して2人共床に正座した。

 総理が言う。

「中本さん。直ぐに社長に電話をさせますので話を聞いてやって下さい」

「聞くだけは聞きましょう」

 電話を二階堂に返した。


 幸恵がコーヒーを持って応接間のドアを開けた。正座している2人を、見て見ぬ振りをしてコーヒーを置いていく。

 俺はビールを取りに応接間から出た。リビングで立ったままでビールを飲んでいると二階堂が応接間から俺を呼ぶ。

「関電の社長から電話です」

 応接間にビールを持ったままで戻り電話に出る。

「関電の社長さん?」

「ウチの者が失礼しました」

「ウチの者じゃなくて、失礼なのはアンタだろ。社員と言えば社長に取っては子供同然。親の失敗に子供を謝りに出す親が何処にいる?」

「言うべき言葉も御座いません。本当に申し訳御座いません。どうすればお腹立ちをお納め頂けますでしょうか?」

「俺はね、こうやって稼いだ金を、将来有る学生や、恵まれない子供達の為にも遣ってるんだよ。お宅の専務が持ってきた10億円は安倍総理の顔を立てて受け取るよ。受け取る条件は、ウチのNPOに10億円の寄付をする事。その金は医療関係の研究室に行くことになる。嬉しいだろ、社会の為に役立つ事が出来て」

「さらに10億ですか・・・分かりました。直ぐに送金しますので口座を教えて下さい」

 二階堂に電話を渡して言う。

「NPOの口座番号を教えてやってくれ。直ぐに振り込むそうだから確認して」

 正座している2人に言う。

「子供は親を選べないからな。でも親の目を覚ます事は出来るんだよ。子供が居なくなったら、親は親でなくなるからな」

 2人は床に頭を着けている。

「頭を上げろよ。俺の言ってる事が分かるか?社員が居なくなったら、社長は社長で無くなるって言ってるんだ」

 専務が震える声で返事する。

「はい・・・分かります。有り難う御座います」

「まあ、腰掛けてコーヒーを飲めよ。冷めたら不味いから」

 ソファーに座った専務が言う。

「あの、どうやってテロリスト達を?」

「金正恩を脅かしたんだよ」

 専務は言葉が出なかった。

 二階堂が言う。

「入金が確認出来ました」

 専務達に俺が言う。

「アンタらの社長がウチのNPOに10億円の寄付をしてくれたよ。この金がどう遣われるかは聞いてただろ? 自分の会社が社会に貢献してると思うと誇らしくないか?」

 2人共、深く頷き、何度もお辞儀をして帰って行った。

 

 二階堂に4個のジュラルミンケースを寝室に運ぶのを手伝わせる。

 

 二階堂に言う。

「お祝いに行くか?」

「吉原ですか? 銀座ですか?」

「両方だ」

 


 

 

 

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る