第186話バランバン

11月11日月曜日AM9:00

 セブ・バランバンに来ていた。

 

 学校の建築現場にイザベルと立っている。

 現場監督が歩いてきて言う。

「順調です。教会の修繕が早く済んだので遅れを取り戻しています。もう、雨季も終わりなんで休日返上でやってますから」

「地元の人達はどう?」

「頑張ってくれてます。教会のテロで親族を失くした人も沢山居るのに、俺達の子供の為だって言って、遅刻もせずに来てます」

「そうか。良かった」


 イザベルと財団の事務所に移動した。

 相変わらずみんな忙しく動いている。新しいスタッフも居るようだ。


 やる事が無いので、缶ビールを2本買って、日陰に止めてあるハイラックスの荷台に足を投げ出して座る。


 突然、荷台にプラスチックのケースが置かれ、リンが荷台によじ登って来た。

「ピーナッツ食べたいでしょ」

 返事をしないで見ていると、リンはケースから小さな紙袋に入ったピーナッツを3袋取り出して俺に渡した。

「バナナチップも食べる?」

「おう」

 小さなビニール袋に入ったバナナチップを2個渡してくる。

「全部で50ペソね」

 リンに50ペソを渡す。

「学校は午後からか?」

「そうだよ。トールは朝からビール飲んでるの?」

「これはな、水みたいなモンなんだ」

 リンが事務所を指差して言う。

「中に入って働かないと奥さん悲しむよ。ここで働きたいって言う人が沢山居るんだから、クビになるよ」

「もう1本有るから、これ飲んだら中に入るよ」


 ハイラックスの隣にバイクが止まった。運転していたのは財団のTシャツを着た若いフィリピン人の男だ。

 俺とリンを見て言う。

「どなたですか?」

 新しいスタッフなのだろう。

「これ飲んだら降りるから」

 リンが言う。

「ほら、怒られた・・・あのね、この人はトール。ナカモト・トール」

「えっ!ミスター・ナカモト?イザベルさんの?」

 男は慌てたが俺も慌てる。

「イザベルにはビールの事は内緒だよ」

 そこに買い物に出掛けていた美沙が帰って来た。

「あ!中本さん。来てたんですね・・・手に持ってるのは何ですか?」

「これはね、今説明してたんだけど『水』。水の缶詰め」


 事務所に入り、奥のソファーに座ると眠気が襲ってくる。


 1人の男性スタッフが声を掛けてくる。顔を見ると、マクタン島から家族をバランバンに連れて来たジュンだった。

「ジュン。家族は元気でやってるか?」

「はい。もう商売を始めてます。仕入れ先まで紹介してもらって感謝してます」

「家は快適か?」

「マクタンの家と比べたら天国です。私もアパートから出たんで節約になってます」

「妹も元気か?」

「元気ですが、家の手伝いではなくて仕事をしたいと言って困ってます」

「学校に行きながらは難しいよな」

「今は焦らずに勉強しろと言ってるんですが」

「近い内にイザベルに何かないか聞いてみるよ」

「本当ですか?有り難うございます!」


 外から帰って来たイチが俺を見つけて走ってきた。

「中本さん!」

「おう、イチ。汗を拭け、汗を」

「あの、後でちょっと時間貰えますか?」

「いいよ。もし、先に帰ってたら家の方に来ればいいよ。晩めしでも一緒に食うか」


 イザベルの妹が帰って来た。銀行に行っていたようで、通帳をイザベルに見せに行く。


 イザベルが通帳を持って来て俺の隣に座って言う。

「トール。お金送ってくれたの?約22ミリオンも入ってる」

 少し考えて思い出した。

「それは、アメリカのロシア系の団体からの寄付なんだ」

 イザベルが腰に手を当てて俺を見る。

「・・・そういう事にしておきましょう」

「それから、東京の『半グレ』って団体からは日本円で3000万円貰ったから後で渡すよ。フィリピンペソだと13ミリオン位かな」

「ハンギョレ? 韓国人の団体?」

「違うよ『ハングレ』日本人の団体だよ」

「そう。有難いわね」 

「ハングレの方のは、イザベルの個人口座に入れておいて。何か有った時の為に。経理を通すのも面倒だから。欲しい物が有ったら買ってもいいし」

「分かりました、有り難う」


 午後になってイザベルとセブシティに向かった。事務所で使うパソコン5台と大きめの冷蔵庫を買うのだ。冷蔵庫はバランバンでも買えるが、パソコンは種類が限られてしまうようだ。


 話が有ると言っていたイチも連れてきた。

 ハイラックスの運転はイザベルに任せる。

 後ろに座ったイチに日本語で聞く。

「話が有るって言ってたけど、なんだ?」

「実は、彼女が出来まして」

「子供が出来たのか?」

「そうじゃないんです・・・彼女の父親が薬をやってる様なんです」

「彼女はそれに悩んでると」

「はい」

「後で会いに行こう」


 パソコンと冷蔵庫を買って、持ってきていた3000万円をペソに両替した。

 ピザを食べてバランバンに向かう。



 バランバンに着き、イチの彼女が働いているパン屋に行く。

 パン屋は財団事務所のすぐ近くで店の主人とも面識が有った。


 イザベルが主人に挨拶すると、主人はイザベルの手を握ってお礼を言っていた。爆弾テロの後始末のお礼だろう。

 イチの彼女に用が有ると言うと、今日は特別に早上がりしていいと言う事になった。


 4人で彼女の家に向かう。アイリンという名前の彼女は、まだ19歳。美人では無いが、笑顔の可愛い明るい子だ。


 父親は漁師だと言うが、アイリンが財団で働き出してから、漁に出ることが少なくなったと言う。アイリンの給料で暮らしていけるのだ。

 時間と多少の金が有ると悪い方に進むのは簡単だ。

 

 アイリンの家に着き全員で中に入る。父親以外は出掛けていた。

 イザベルが父親に話を聞く。

 イザベルはバランバンの有名人になっているので、彼は素直に話をした。


 何度も薬を止めようとしたらしいが、タイミングを測ったように売人が来るらしい。


 彼を床に寝かせた。家の中には俺と彼しかいない。他の3人は外で待たせる。

 寝かせた彼の身体に手を当てる。

 直ぐに大量の粒子が出てくる。

 治療が終わって彼に聞くと、軽い糖尿病も有ったようだ。


 外で待っていた彼女達を呼び入れる。

 彼が娘に言う。

「身体が軽くなったよ。もう薬は買わない」

 俺が娘に言う。

「糖尿病の薬も買わなくて大丈夫だよ。もう、健康体だから」


 俺が彼に聞くと、今日あたりに売人が来ると言う。前回の分の集金も兼ねているらしい。


 俺と一緒に来た3人には家から出て財団事務所に行かせる。

 父親と2人で売人を待つ。


 ビニールの敷物が敷かれた床に横になってリラックスする。

 彼は、俺が『ナカモト財団』のナカモトだと知ると、俺の手を額に押し付けて礼を言った。


 1時間程が過ぎ、外に車が止まる音がして、短く3回クラクションが鳴らされた。

 彼が言う。

「来ました」

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る