第177話 偉大な妻
10月27日 午後7時。手伝いに来ていた叔母さんが食事を作ってくれた。
誰も手を付かなかったが俺は無理して食べた。空腹になると頭も回らない。
プチが寝台に寝かされた6人から離れずに、ずっと悲しげな声で吠えている。泣いているようだ。
午後8時を回った時に6人分の棺桶が届いた。兄弟を俺が手伝い棺桶に収めた。母親の遺体に手を掛けると、オヤジが『棺桶には入れない』と邪魔をするがイザベルが言い聞かせて6人全員の遺体が棺桶に収まった。
埃にまみれた6人の遺体の顔をイザベルが拭いていた。何かを話しかけながら丁寧に拭いている。
財団のスタッフが来た。彼の報告によると財団のスタッフも1人が命を落とし、家族を失ったスタッフが5人いると言う。
二階堂から何回も電話が掛かって来ていた。電話を車に置いたままで夜になってようやく気付いた。
俺から電話する。
「ボス・・・無事で良かった。みなさん大丈夫ですか?」
「母親、姉、子供4人全部やられたよ」
「亡くなったんですか?」
「ああ。さっき、やっと棺桶が届いたとこだよ」
「オヤジさん大丈夫ですか?」
「一番参ってるからな。妹が付きっきりで見てるよ」
「イザベルさんは・・・」
「大した女だよ。遺体と対面した時に一度泣いただけだよ。彼女がCIAに調査を頼んだから、明日には何か分かると思う」
「NPAから犯行声明が出てます」
「裏に誰かいるだろ。自爆テロにしては爆弾が強力過ぎる。しかもダブルトラップだ」
「IRAのやり方みたいですね」
「とにかく、何日かは帰れないから」
「分かりました。気を付けて下さい」
電話を切ると同時にイチと美沙が来た。遺体の顔を拭くイザベルに美沙が抱き着いた。
イチが俺に言う。
「俺に出来る事が有ったら何でも言って下さい」
「明日でもいいから、教会の司祭が無事か確かめてくれ。100人を超える犠牲者が出てるだろ。中には葬式を挙げる事も出来ない家もある。出来たら教会で合同葬儀をやった方がいいと思うんだ。その事を話してみて欲しいんだ。他のフィリピン人のスタッフと行ってみてくれ。教会の修復や葬儀に掛かる金は心配しないでいいと言ってくれ」
「分かりました」
美沙が俺の方に歩いて来る。
「私、ここで手伝いますから」
「助かるよ」
イチと美沙に言う。
「これから葬儀が終わるまでは事務所の本業は休むが、スタッフで身内に被害が出た人以外は被害者を調べてリストアップしてくれ。爆破事件によって金銭的に困っている人にはその場で援助してやって欲しい。死者は100人以上で怪我人もそれ以上いると思う」
妹が俺の後ろに立って聞いていた。
「私も一緒にやります。お父さんは大丈夫。兄が一緒に居ますから」
「分かった。銀行の方は頼むよ。援助金が必要だから」
「取りあえず、落ち着くまでの分で、葬儀等は別にして一家族2000ペソ有れば困らないと思います」
「金の方は任せる。葬儀はイチに話してたんだけど、出来れば教会で合同葬儀を出来ればと思ってる。明日、イチがスタッフと教会の司祭に話に行くよ。司祭が無事ならいいけど」
妹が言う。
「司祭様は無事でした。みんなを連れて帰ってくるときに教会の横でみんなの遺体に向かって祈ってました。頭に怪我してたみたいだけど」
この家族の女は強い。イザベルが俺を呼びに来た。棺桶が並ぶ方に歩く。
「みんなの顔を見て。綺麗になったでしょ。やっぱり6人の一番お気に入りの服に着替えさせなきゃ・・・明日から忙しいですよ」
イザベルはみんなに笑って見せた。
レストランの建物に置かれた棺桶の横には兄弟が夜通し交代で座った。
午後11時。イザベルがベッドに入って俺に抱き着く。胸に顔を埋めて泣いた。1時間泣き続けて顔を上げて言う。
「ごめんね。子供みたいに泣いて」
「泣けよ。俺の前では我慢するな」
イザベルは微笑んで、俺の胸に顔を載せる。子供の頃からの親や姉妹との思い出や笑い話をしながら泣いた。
外が明るくなり始める頃にイザベルは眠りについた。
10月28日 朝10時にイザベルに起こされた。イザベルは化粧をしていた。泣きはらした眼を隠す為だろう。
朝7時に葬儀屋が来て遺体の防腐処理をしていったと言う。
朝食を食べて事務所に行く。妹は事務所でスタッフに指示を出している所だった。被害に合った関係者以外は全員出社している。全員が俺達にお悔やみの言葉を掛けてくる。
イザベルが全員を集めた。ミーティングだ。大きな声で言う。
「街中が悲しみと恐怖に震えています。隣人を愛する事を忘れた人が起こした事件です。今、私達が出来るのは、憎む事では無く愛する事です。家族を亡くした人には、自分の家族が亡くなった事を思って接して下さい。怪我をした人には自分の弟や妹が怪我をしていたらと考えて接して下さい・・神は時として、とても厳しい方です。愛を忘れた人々には罰が下るでしょう」
スタッフは涙を流して拍手していた。
偉大な妻に俺も拍手を送る。
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