第175話 疲れ
10月26日 午後2時。ジュンの両親と妹と俺で、朝から売り家を探していた。朝、イザベルを事務所に送り届けた後、ハイラックスを俺が運転して回った。
どうしても野菜も扱うサリサリストアをやりたいと言う。
市場の近くでは競争相手が多すぎ、商売にならない。結局、街から俺の自宅を少し過ぎた表通り沿いに一軒の売りたいと言う家が見つかった。
自宅のお隣さんでココナツ酒を造るオバサンの親戚の家だった。
土地が約120平米で建物は60平米。前に小さなサリサリをやっていたようで金網を張った店舗スペース10平米弱が道路に面しており今は物置になっている。金網を外して表に棚を並べれば、マクタンでやっていたような商売が出来る。
両隣にも向かいにも民家が有る。
売主は12人でその家に住んでいた。建物自体はお世辞にも綺麗とは言えないが、外壁はブロックで出来ているので、モルタルで仕上げをして色を塗れば綺麗になるだろう。屋根材はトタンの波板で小さな穴やサビが出ているので交換だ。天井板も付けないと雨の日には話も出来ない程に煩いだろう。トイレと一緒のシャワー室やキッチンも改装が必要だ。
イザベルの兄に電話すると10分で来てくれた。希望を伝え、簡単な見積もりを出させると、店舗部分まで入れると約30万ペソで室内のタイルまで貼れるだろうと言った。
家の値段が売主の言い値では1ミリオンだったが、現金で今すぐ払うと言うと90万ペソになった。もっと値切れると思ったが、2ミリオンも持っているジュンのオヤジはすぐに90万ペソでの売買を承諾した。
名義も持ち主の物になっており問題なく取引が出来る。
午後3時。ジュンの家族を財団の事務所に連れて行き、俺は奨学金の面談に立ち会った。面談は20分で終わり1人が合格と言う感じだ。
4時に家の売主が事務所に来る事になっているので、同じ時間に財団の顧問弁護士も呼んでおく。
俺が面談している間、ジュンの家族は市場を見て回っていた。事務所に帰って来た妹のマリアが、マクタンよりも大きな市場だったと言う。
オヤジは、よそ者の自分達が卸元を見つけられるかが心配だと言った。
4時に売主が来て、90万ペソを払い取引は簡単に終わった。取引に掛かる税金と弁護士の報酬の2万ペソも渡していた。
弁護士には営業許可の申請も込みでやらせる。
売り主が帰って、ジュンの家族をピーナツ売りのリンの母親の所に連れて行った。財団スタッフの両親だと紹介し事情を話すと、リンの母親が商品を卸してくれることになった。
リンの母親が卸値の手数料は5%と言うとジュンのオヤジは喜んでいた。10%の手数料が普通らしい。
妹のマリアが山積みになっている野菜を手に取って言う。
「みんな新鮮・・・」
リンの母親が答える。
「全部、ここの近くの畑から来てるからね」
ピーナツ売りから帰って来たリンが俺を見つけて言う。
「トールは野菜も売るのか?」
「いや、俺もピーナツ売ろうかと思ってるんだ」
「昼間からビール飲んでる奴には無理だよ・・・大変なんだよ」
リンの母親が『コラッ』と叱るが周りのみんなは笑っていた。
財団スタッフの紹介で新品同様に見えるバイクに荷物用のサイドカーが付いた物も買った。
バイクはタイ製ホンダの125ccで、まだ5000キロしか走っていない。サイドカー込みで5万ペソだった。新品のバイクだけの値段だ。
これで毎日仕入れに行ける。
マリアは財団の仕事に興味を示したが、学校を10年までしか終えてないので、あと2年、店を手伝いながら学校を卒業したら面接に来いと言った。
本当は今すぐ俺の秘書にしたかったが。
店の改装は近所の大工に頼んだ。改装の間はジュンのオヤジも助手として大工を手伝う。人件費の節約だ。
サイドカーが資材の買い出しにも大活躍するだろう。
中国人のスネークヘッドとは縁が切れたようだ。しかし、ここの街にも中国人はいるので油断は禁物だ。連中の横の繋がりは日本人には想像できない程に強い。
マニラ北側のキアポにはフィリピン最大のチャイナタウンが有り、スネークヘッドのフィリピン本部もそこに有るのだとイザベルは言っていた。
ジュンの家族に言っておいた。周囲の人には『マクタン』からではなく『セブシティ』から来たのだと言えと。
午後5時を過ぎ、イザベルと妹と一緒に孤児院に行った。お菓子をまだ届けてなかったのだ。
子供達は大騒ぎで箱に殺到する。院長がお菓子を管理し、毎日公平に少しづつ渡す事を子供達に説明して騒ぎは収まった。
孤児院の建築作業は殆ど終わっていた。今は庭の照明や防犯カメラの取り付け作業をしている。
親戚のオジサンと息子はドア周りと窓枠に貼っていた塗装の為のマスキングテープを剥がしていた。兄弟を含めて4人は明後日の月曜日から、自宅の庭に建てる兄の家の建築作業に入る。
弟の将来の事も考えて、1フロア30平米の2階建ての家を作るそうだ。弟が結婚した時にも、隣に同じような家を建てる計画だ
夕食を終えて寝室でイザベルと抱き合う。イザベルの身体は確実に母になって来た。力を入れると腹筋が浮き上がって見えたお腹は優しいカーブを描いて膨らんでいる。オッパイも大きくなっている。イザベルに聞く。
「子供に日本国籍取らせるか」
「そうね。フィリピンと日本の2重国籍にするのがいいと思う」
「そうだな。先々、自分で選ばせればいい。日本で産むか?」
「どうしよう。ここで産みたいけど、日本の方が安全なのは分かるし・・・」
「近くなったら決めよう。ビザはどうにでもなるから」
イザベル、家族、孤児院、働いてくれているスタッフ達、日本の娘達、パオとプチ・・・幸せになったが、守るべきものが増えている。
金は無いが気楽に生きていた俺が、今は責任でイッパイだ。敵は作らない方がいいに決まっているが、何かを守ろうとすると敵が出来てしまう。
何で人は争うのか・・・・欲なんだな。
花の臭いを嗅いでいるパオや、海を見ているプチは幸せそうだ。彼らのようにシンプルに生きたいのだが、周りはそうはさせてくれない。
疲れているのかと自問自答する・・・疲れている場合じゃない。
必要とされている。必要とされなくなった自分を想像すると寒気がする。
明日は学校の建築現場を見に行こう。子供達の未来を変えられるかもしれない学校だ。
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