第174話 取引き

10月24日 午後9時

 店の奥へと向かってビサヤ語で喚きながら入ってくる男達。

 先頭の1人はフィリピン人で他は中国人だ。薄暗い中をフィリピン人は廻りに置いてある野菜をナイフで刺しながら、中国人達は青龍刀でなぎ倒すように商品を斬りつけている。

 俺は店と部屋の仕切の戸を開けて言った。

「もう閉店だよ」

 中国人の1人が言う。

「あいつだ。昼間の日本人」

 銃を持った中国人が前に出て言う。

「日本人。こっちへ来い」

 店のスペースへと降りて電気をつけた。店内には野菜が散乱している。7人の中国人は全員ボウズ頭、見るからに一般人ではない。チンピラ中国人だ。先頭の奴が言う。

「日本人がここで何してる。関係無い奴は出て行け」

「お前こそ関係ないだろ。店の中の物、全部買って行けよ」

「俺達は店ごと全部買ってやるって言ってるんだよ」

「売る売らないは持ち主の自由だろうが」

「それが困るんだよ」

 いきなり銃を撃って来た。俺の頭の上を弾が通り過ぎる。威嚇射撃。

「ちゃんと狙って撃てよ」

 銃を持っている4人を光の玉で気絶させ、3人が持っていた青龍刀を念力で曲げた。フィリピン人はナイフを構えるが腰が引けている。

 部屋の奥のガラスか破られる音がした。振り返って透視し、裏にいた2人の中国人を念力で持ち上げ移動させる。店の前に止まっている連中の車の屋根に落とした。派手な音がする。

 曲がった青龍刀を捨てた3人が殴りかかって来る。口を1発ずつ殴った。3人共髪の毛は無かったが前歯も無くなった。固まった様に立っているフィリピン人に言った。

「破壊した分の金を払って大人しく帰れ。死にたくないだろ」

「・・・分かった。俺は金持って無いんだ」

 銃を持っていた奴らの服を探って財布を見つけた。4人合計でも3万ペソしかない。2人の財布からはフィリピンの免許証も見つかった。銃と金と一緒に預かっておく。

 口から血を流している3人とフィリピン人に言った。

「次は全員殺すぞ・・・帰れ」

 倒れている4人を連れて車に乗り込む。車の屋根で気絶している2人も車内に乗せた。

 最後に車に乗り込んだ中国人が窓から何か叫んだ。捨てゼリフだ。


 物置に隠れたジュンを呼んだ。店の入り口の戸を元に戻させ、連中から取り上げた3万ペソを商品の代金だと言って渡した。家族がいるホテルに避難させる。

 奴らは又来るという確信が有った。


 奥の部屋でビールを我慢して待った。約1時間後、少し離れた場所に数台の車が止まった。

 20人以上の男達が車から降り、店に向かっていきなり撃ち始めた。数丁のマシンガンも有るようだ。店の中を突き抜けて数発の弾が俺の身体に当たる。俺はガラスの割れていた窓から飛び出した。

 連中の真ん中に瞬間移動して全員を殴り倒す。10秒後には全員が路上に倒れていた。20人以上のボウズ頭が倒れていると、何か違う生物が倒れているように見える。

 急いでいたので力加減が上手く出来なかった。半数は死んでいるだろう。


 周りを見渡すが通行人の一人もいない。近くの数軒の家も電気を消して息を潜めているようだ。

 1台の車の後部ドアが開いた。メルセデスだ。ワイシャツとスラックス姿の中国人が降りて来る。少しまともな奴のようだ。俺に向かって拍手を始める。まともじゃない。

「素晴らしい。サリサリストアのボディガードには勿体ないですね」

 俺に近づき左手で名刺を渡してくる。男の右手がナイフを握っているのは分かっていた。

 名刺を受け取りながら言う。

「あんたの右手のナイフが俺を刺す前に、あんたは死ぬよ」

「バレてましたか」

 男はナイフを捨てた。

「穏便に土地と家を買い取らして欲しかったんですけどね」

「幾らで買うと言ったんだ?」

「最終的には、50平米しかない土地に50万ペソの値段を付けたんですけどね。1平米1万ペソ・・・通常の倍以上ですよ」

「1次的に金が入っても商売が出来なくなったら生活していけないだろ」

「あなたみたいな人が知り合いに居るのが分かったので、更に倍出しましょう。伝えて貰えませんか?100万ペソ、1ミリオン出すと」

 金の問題では無いのかも知れないが、このままここに居座っても平和には暮らしていけないだろう。

「ちょっと待て」

 ジュンに電話した。

「相手の中国人が1ミリオン出すと言って来てるがどうする?」

 ジュンが両親と相談している声が聞こえる。ジュンが言う。

「分かりました。1ミリオン有れば、違う場所に家を買って商売が出来ます・・売ります」

 俺は男に言う。

「1ミリオンだと、他に家を買って商売が始められないって言ってる。最低2ミリオンは必要らしい」

 男は笑いながらメルセデスの前輪を蹴とばした。

「しょうがない・・・あんたは日本人だね。私の所で働かないか?」

「俺も一応仕事を持ってるんでね・・2ミリオン出すのか?」

「出そう。明日うちの事務所に来てくれ」

「お宅の事務所に行くと何されるか分からないんでね。ここに持って来てくれ」

「分かった。明日の朝10時に来よう。書類を用意しておくように伝えてくれ」

「10時だな。待ってるよ。現金を持って来てくれ」

 気絶から覚めた男達に命じて全員を車に運ばせ、中国人達は帰って行った。電話が繋がったままのジュンに言う。

「と、いう事だから。書類は有るのか?」

「隠してあります。今からそっちに戻ります」

 電話を切った。


 数台の警察の車が『形だけ』という雰囲気で来た。マクタンの警察も中国人に買収されているのか。


 ジュンの家族が戻って来た。銃弾で破壊されている店を見て母親が泣きだす。妹の眼にも涙が光っている。ジュンが言う。

「ここに残っても無理だよ。大きなビルが建つんだ。商売も上手く行かなくなるよ。近くに家を買って、そこで商売を始めよう。2ミリオン有れば何でも出来る」

 みんな頷きながら泣いている。ジュンが床下に埋めてある坪から土地建物の権利証を出して俺に見せる。

 俺が言う。

「必要な物だけ持ってホテルに帰ろう。明日の朝に戻ってくればいい」

 妹が言う。

「ウチの店をこのままにしては行けません。店が可哀そう。少しでも片づけたいの。この店のお蔭で、私たちは生きてこられたから・・・」

 何も言えない。片付けを手伝った。潰された野菜を隅の一か所にまとめる。毎朝、豚の餌用に引き取りに来る人がいるらしい。

 野菜の半分は無事で、明日、最後の商売をすると言う。壊された棚や戸を直す。銃弾の穴はガムテープを貼って隠した。


 片づけが終わったのは朝の5時になっていた。ビールを1本飲むと眠気が襲ってくる。奥の部屋で横になった。家族は俺に遠慮して店の野菜の棚で寝ている。棚の半数は空いているのだ。

 妹のマリアが俺の横に来て言う。

「本当に有難うございます。兄がお世話になっていて、私達家族まで・・」

 寝てしまった。夢の中では、マリアが裸で俺に抱き着いていた。


10月25日 目が覚めると賑やかだ。時計を見ると8時だった。

 店が開いていた。買い物客と話す声や前を通り過ぎるバイクやトライシクルの音が煩い。

 店に背中を向けて寝ようとするとジュンが声を掛けて来る。

「朝ゴハン食べませんか?」

 ゴハン・・・食べる。腹が減っている。すぐに目が覚めた。

 横のテーブルには炊き立てのご飯と山盛りの野菜炒めが用意されている。

 肉も入っていない野菜だけの野菜炒めだったが、腹が減っていたので旨い。

 朝飯が終わって店の方を見る。野菜や他の商品を売り切ろうと、家族が頑張っている。

 妹のハダカを透視してしまった。大きくは無いが綺麗なオッパイと形のいいお尻から伸びる長い脚。 

 掛かって来た電話に邪魔された。イザベルだった。

「そっちはどう?マクタンで銃撃戦が有ったってニュースで言ってたわ。トール、あなたでしょ?」

「銃撃戦って…向こうが勝手に撃って来ただけだよ」

「その言い方ならみんな無事なのね。良かった・・・いつ帰ってくるの?」

「昼くらいには帰れると思うけど、今日は面談は無しにしておいて」

「分かりました・・・何か有ったらすぐに電話してね」

 電話が切れた。寝転がって屁をしているとジュンのオヤジがパイナップルを持って来てくれた。切って串に刺してある。受け取ってかじりつく。旨い。もう一本くれと言い、結局3本食べた。

 このオヤジも前歯が1本無い。笑うと愛嬌がある。


 10時少し前にメルセデスが店の前に止まり昨日の中国人が降りて来た。

 秘書の様な男もカバンを持って降りて来る。2人が店に入って来たので、奥の部屋に招き入れる。


 ジュンの両親も部屋に入って書類を見せた。

 現金2ミリオンがテーブルの上に置かれる。高さ約10センチの1000ペソ札の束が2つだ。ジュンの両親は口を開けて札束を見た。店から部屋の中を見ているジュンとマリアの動きも止まっていた。

 息まで止まっているのでは無いかと心配になる。


 オヤジが書類にサインして取引は終わった。男と一緒に来ていたのは中国系フィリピン人の弁護士だった。今日中に店を明け渡す事になった。


 中国人達が帰って30分もしない内に1発の銃弾が店に打ち込まれた。

 弾はカボチャに当たった。昨日命を落とした連中の仲間だろう。殺されて当然の連中だったが恨む奴がいるのも仕方ない。

 ジュンに言った。

「マクタンから出た方がいいな・・・バランバンに一緒に行ったらどうだ?」


 午後3時。荷台に荷物を満載したハイラックスがバランバンに向けて走っていた。

 運転席にはイザベルで助手席にはビールを持った俺。後部座席にはジュンの両親とマリア。後ろからバイクでジュンが付いてくる。


 4時過ぎにバランバンの自宅に着いた。ジュンの家族は、荷物をうちの車庫に置いて、ジュンのアパートで寝る事になった。明日から家探しだ。


 ジュンの仕事場を見たいと言うので、イザベルとジュンの家族は財団の事務所に行った。俺は庭でプチを相手にビールを飲む。今晩はジュン家族の歓迎バーベキューパーティーだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る