第173話 立ち退き
10月24日 昼前にフィリピンでは大手の宅配業者であるLBCが大きな段ボール箱を10個運んできた。
箱には「MORINAGA」のロゴ。スタッフが中を見ると一箱毎に違うお菓子が入っていた。中身をアレンジさせて孤児院に2箱を運ぶ事にする。2箱で1ヶ月は持つだろう。残りの分も同様にアレンジして6箱を3回分の孤児院用とした。
あとの2箱分は事務所でスタッフや来訪者が食べる分だ。
箱のお菓子を整理しながら美沙が聞いて来る。
「こんなに沢山のお菓子、誰からですか?」
「安倍さん」
「へえ、優しい人ですね安倍さん・・安倍さんって、もしかして総理大臣の?」
「そういう事もやってるな」
俺の顔を見た美沙が『キャー』と声を上げながらイチの方に走って行く。
事務所では増築の工事が始まっていて賑やかだが、騒音に負けない大きさの声だった。
午後になり財団スタッフの男性、フィリピン人のジュンから相談を受ける。彼はマクタン島の出身で両親がサリサリストアを経営しているが、中国人のビル建設の為に立ち退きを求められていると言う。
22歳の彼が生まれる前から両親が経営しており、ジュンはそこで育った。昔は村のコンビニとして毎日多くの客が来ていたが、今は近くにセブンイレブンも出来て客も減った。しかし野菜も扱っているので商売に陰りは見えない。
50歳を過ぎた彼らの両親には他に移り住むなど考えられないと言う。立ち退きを迫る連中は時には強引に、時には陰湿に攻めて来ると言う。両親と共に18歳の妹も店番として一緒に働いており、乱暴の手が妹に及ぶのが一番心配なのだと言った。
正月に撮ったと言う家族の写真を見せてくれた。人の好さそうな両親と可愛い妹が写っていた。
妹の顔を見てすぐに『何とかしてやる』と言ってしまった。
翌日、ジュンは休みを取って、俺とバイクに二人乗りでマクタン島の実家に帰った。
昼前に到着し、2人で通りの反対側に座り込んで店を眺めた。
ジーパンTシャツで帽子を被り日焼けしているので俺も周囲に溶け込んでいる。店には野菜や小さなビニール袋に小分けにされた醤油等を買いに来る客が途切れない。店の右端にはココナツを削る機械が有り、オヤジと思しき人がココナツを二つに割り、中の白い部分を削り取り、ビニール袋に入れて客に渡している。
母親らしき人は店頭の大きなカボチャを包丁で切って客に渡している。必要なだけの切り売りだ。妹は野良犬を追い払いながらオクラをいくつかのプラスチックの皿に載せている。一山いくらの皿を作っているのだ。
店の前にノーヘルの二人乗りのバイクが止まった。運転していたのはフィリピン人。後ろに乗っていたのは韓国人か中国人。
バイクを降りて2人が店の前に立つ。妹が並べていたオクラが飛び散った。バイクのフィリピン人が何かを叫んでいる。
ジュンの顔見ると『このオクラは腐っている』と言っているようだと通訳する。
立ち上がって通りを渡り店に向かう。バイクの後ろに乗って来たのは中国人のようだ。首に蛇の入れ墨が見える。
オクラを散乱させたフィリピン人に地面を指差して言った。
「拾え。腐ってるかどうか俺が見てやる」
一緒にいた中国人がもう一皿のオクラを手に取り俺の顔に投げつけた。
「何だお前は。日本人か?」
俺に近寄り顔を見下ろす。デカイ。180センチ以上でボウズ頭。首には蛇。
「ここは日本人が来るところじゃない。怪我したくなかったら帰れ」
帰りたくなるほど怖い顔を見せて来る。
「帰るけどな。お前らが投げたオクラ2山、あれ売り物だから金払えよ」
ジュンが妹の横に立って言う。
「この店に構うな・・・商売の邪魔するな」
ジュンの横で怯えている妹が可愛い。オヤジと母親もジュンと妹のそばに来た。
バイクのフィリピン人が言う。
「こんな汚い店やめて、綺麗な所に移ればいいだろ。金は払うって言ってるんだから」
中国人が『怪我しないうちに・・』と言いながら妹の腕を掴んだ。
ジュンが止めに入るが、簡単に投げ飛ばされてしまった。
仕方ない。再び妹を掴んでいる中国人の腕を取り捩じり上げた。バイクのフィリピン人が殴りかかって来るので腹を蹴とばすと、自分が乗って来たバイクと一緒に倒れた。
中国人の腕を捩じり上げたままで言う。
「ここで何十年も生きて来てる人達なんだよ。中国から来て勝手な事をやるなよ」
「日本人・・・お前、何してるか分かってるんだろうな」
「わかってるよ。首に蛇のマーク付けたボウズ頭の中国人に話をしてるんだ」
「スネークヘッド相手にケンカ売るんだな・・・」
「買い物は大人しくしろと言ってるんだ。オクラは一山いくらだ?」
妹に聞いた。母親が『30ペソ』と答える。ボウズに言う。
「一山30ペソだから60ペソだ」
腕を更に捩じり上げる。
「ヤメロ・・・折れる。ポケットに財布が有る」
尻ポケットから財布を抜き取った。ジュンに渡す。1000ペソ札しか無いと言う。
「940ペソお釣りだけど、要らないよな?」
ボウズは汗を流して、呻いている。
「勝手にしろ・・・腕を離せ」
ジュンに言う。
「1000ペソでお釣りは要らないって。騒いだお詫びだってさ」
ジュンが財布から1000ペソ札1枚を抜き取り、財布を俺に返した。
地面に落ちているオクラを拾い集めてビニール袋に入れて持ってきた。ボウズの腕を離し、財布とオクラのビニール袋を渡す。
「茹でて醤油付けるだけで旨いよ」
ボウズは俺を睨みながら後ろに下がってフィリピン人とバイクを起こす。
バイクで走り出す時にオクラのビニール袋を俺に投げつけて行った。
昼食をジュンの家族と一緒に食べた。俺の事を息子のジュンが働いている『ナカモト財団』の中本だと分かると、両親と妹は俺の手を取って自分の額に押し付けた。
財団で働いている息子が親戚中の自慢なのだと言う。妹の名前は『マリア』だった。
野菜中心のメニューで肉食の俺にはイマイチだったが味は悪くなかった。
今日の営業が終わったら近くのホテルに避難するように指示した。
ジュンと俺はバイクでホテルを探し、セブシティへと渡る橋の近くに手頃なホテルを見つけた。1泊1400ペソでセミダブルのベッドが2台置いてある部屋だった。
夜7時に、いつも通りに店を閉め、監視が無いのを確認し、両親とマリアはホテルへ移動した。
俺とジュンは店の奥の部屋でビールを飲みながらテレビを見ていた。
イザベルから電話が掛かってくる。
「何してるの?」
「ジュンの家でビールを飲んでる」
「中国人の立ち退き屋は来たの?」
「うん、来たよ。スネークヘッドだって言ってたな。首に蛇の入れ墨が有ったよ」
「怪我させたの?」
「いや、怪我はさせてない。オクラを1000ペソで買って行ってくれた」
「何だか分からないけど、スネークヘッドは面倒な相手よ。ジュンや家族に怪我させないようにね」
「俺は?」
「あなたは大丈夫でしょ・・・ご飯だけちゃんと食べてね」
店の前に数台の車が止まる音がした。
「分かってるよ。お客さんが来たみたいだから切るね・・・愛してるよ」
電話を切った。
店の入り口方向を透視する。車が3台。8人が立っている。それぞれが銃かナイフの武器を持っている。店の横を廻り込み、裏に向かっている2人もいる。
ジュンに言う。
「物置に隠れてろ。俺が呼ぶまで出て来るな」
ジュンがキッチン脇のくぐり戸から物置に入ったと同時に、大きな音がした。
店の戸が蹴り破られ、商品の野菜を蹴散らしながら8人の男が奥に向かって来た。
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