第169話 ロシア軍戦闘機

10月18日 午後1時。昼食が終わり港でリンのピーナツを食べながらビールを飲んでいるとミサが俺を呼びに来た。日本語で言う。

「中本さん。孤児院の院長がお見えになってます」

 リンが俺の顔を見る。何を言っているのか聞きたいのだ。説明してやる。

「俺に会いたいって女が来てるんだ」

「トールには美人の奥さんがいるんだから悲しませちゃダメだよ。私がいれば十分でしょ」

 ミサが笑っている。

 

 事務所に戻るとソファーに座っていた院長が立ち上がり、俺の手の甲を自分の額に押し当てる。目上の人や尊敬する人に行う仕草だ。院長が言う。

「新しい建物も、もうすぐ完成で引っ越しできます。本当に有難うございます。それと、この前のゲリラの件でウチの孤児院が有名になったようで、寄付の申し出が沢山来るようになりました」

「それでわざわざ来て頂いたんですか?」

「本当はもっと早くお礼に伺わないとならなかったのですが、遅くなってしまいました」


 子供達と作ったと言う『マンゴーキャンディ』を置いていった。孤児院の庭にマンゴーの大きな木が有り、そのマンゴーの果汁を使ったキャンディだと言う。驚くほどに美味しかった。市場に数回卸したが好評で、今までは全部売り切れていると言っていた。

 イチとミサを呼んでキャンディを食べさせた。どういうキャンディなのかを説明するとミサはこれを日本で売れば、人気が出ること間違いなしで孤児院の収益になると言った。イチがネット上で販売すればいいのだと言う。バランバンの市場ではキャンディ1個が1ペソだが、孤児院の子供達が作っていると言う触れ込みで日本で売れば20個入りで300円でも売れると言う。ここで売るのと比べると約7倍の価格だ。しかし、流通経路が問題だった。

 空港売店で観光客相手に売ればいいとイザベルが言う。学校の建築を頼んでいるゼネコンの社長の奥さんが空港売店の一つを経営していたのでそこで売れると言う。願っても無い事だった。20個入り80ペソで売っても4倍になる。

 イザベルが院長に計画を話す事になる。


 午後2時になりバランバンの警察署長が来る。覚醒剤販売の韓国人を検挙した件で昇進が確実だと言う。日本で言う警部から警視になれる。セブシティに転属希望を出せるが、バランバンの将来に賭けて、この街に留まる決意をしたと言う。街が発展していくのが分かっているからというのも有るだろう。このままいけば街の人口も増え警察署も大規模になる。署長は挨拶が済むと急いで出て行った。


 一息ついていると二階堂から電話だ。ロシアがどうのこうのと言っている。午後6時までには戻ると言って電話を切る。

 午後3時と4時からの面談が終わって、市場でリエンポ(豚バラ肉のバーベキュー)を買って先に家に帰る。姉にご飯を貰い、リエンポをプチと一緒に食べた。

 5時半に裏庭から飛び立った。高度を13000メートルまで上げて全力で飛んでみる。25分程で高度を下げる。眼下に三浦半島が見えてくる。高度を上昇と下降中の飛行距離を考えても、時速で7000キロ以上。マッハ6は出せる計算だ。

 庭に着地するとパオの激しいお出迎えだ。プチの臭いが身体に付いているからだろう。必死に臭いを嗅ぐ。

 

 応接間で二階堂と向かい合う。ロシア戦闘機の防空識別圏への侵入だけでなく、領空侵犯も数回起こっているらしい。自衛隊機のスクランブル発進の回数が日を追って増えていると言う。国際法的には領空侵犯の場合は警告に従わなければ撃墜しても構わないのだ。しかし、自衛隊法第84条には、領空侵犯の相手に対しての行動は『着陸させる』か『領空外へ退去させる』の2つだけだ。それが軍用機によっての侵犯行為であっても、攻撃に関する明確な記述が無い。相手は何といっても大国ロシアだ。在日米軍が引き上げたのをいい機会に、韓国や中国と対等に渡り合っている日本に揺さぶりを掛けて来ているのだ。日本政府にしてみれば守護神の宇宙人にお出ましを願いたいと言う事だ。

 領空侵犯のロシア機を日本の領空内で撃墜すれば1機1億円というオファーだったが、戦艦と違って相手の動きが速い。こっちも迅速な移動をするために待機しなくてはならないので、領空内での撃墜で1機2億円で引き受けた。領空に一度入った機を防空識別圏内で撃墜の場合は1億円だ。松濤の自宅で待機する事にした。市ヶ谷からの指示で飛び立つ事になるが、テレビを見てくつろいでいられる。

 夕食は幸恵の作ったビーフシチューだった。腹いっぱいに食べ、寝室でベッドに横になる。午後8時半に治療希望者が1人来た。10分で治療を済ませる。癌だった。NPOに1億円が入る。今の時点で46億8000万円がNPOにあると二階堂が言う。

 朝まで何もない事を願って寝てしまった。

 

10月19日 朝7時に起きて庭でパオと遊ぶ。幸恵が俺に朝食だと声を掛ける。娘達も起きてきて一緒に朝食を食べる。実に平和だ。朝食後はソファーに座りテレビを眺める。

9時になり久々に1階の車庫の奥のNPO事務所に顔をだすと、初めて見る男に『何か御用でしょうか』と言われる。奥から責任者の一人の女性が『中本さんよ』と声を掛ける。

男は『シマッタ』という顔をしているが、肩を組んで『別に用は無いんだ』と笑いながら言った。一昨日から入った新人だった。

俺がスクランブル発進しなくて良ければ午後から奨学金申請者の面談が有る。事務所を一回りして2階のリビングに戻った。

11時になろうかと言う時に応接間で待機していた二楷堂が飛び出て来る。

「来ました。今、礼文島北側から防空識別圏に入りました。ここから直線で約1300キロです」

 急いでステルスツナギを着て衛星電話を持ち、計算する。

「10分後に連絡するよ。その時点で位置を教えてくれ」

 庭から飛び立ち北に向け急上昇しながらスピードを上げる。13000メートルで飛ぶ。約10分後、速度を落として二階堂に電話する。2機の戦闘機が礼文島上空を通り過ぎて旋回し北に向かっているらしい。警告は何度もしていると言う。撃墜対象だ。 

下に意識を集中して降下する。右前方に2機の戦闘機が見えて来る。Su-57、ロシアのスホーイ社が開発した最新の戦闘機だ。近寄る。高度3000メートルを飛行している。脱出のチャンスを与えてやろう。

 尾翼を光の玉で破壊した・・・一瞬バランスを崩すが普通に飛んでいる。三角形の大きな翼の一部を破壊する・・・流石に飛んでいられないようで落下していく。 

 上空に静止して二階堂に電話する。奥尻島西側にも2機現れていると言う。南に向かう。2分後、積丹半島沖合の上空で2機のSu-57とすれ違う。完全に日本の空域だ。Uターンして高度を下げて2機を追いかける。すぐに前方上空に2機を捉える。真下から機体後部に光の玉を撃ちこむ。尾翼と垂直尾翼が回転しながら機体に置き去りにされる。2つの機体は失速し、木の葉の様に滅茶苦茶に回転しながら墜落していった。

 今回、自衛隊機はスクランブルをかけていない。無線での警告だけだ。ロシアの誇る最新型戦闘機は4機とも、1発のミサイルも発射せずに墜落した。1機の値段が5000万ドル、約50億円とも言われている機体だ。

 再度、上空で静止して二階堂に電話する。野寒布岬の稚内分屯地に行ってくれと言われた。分屯地に着くと基地の施設内に案内される。そこは日本の北側を見守るレーダー施設で、中では航空自衛隊幕僚長の丸茂が俺を迎えた。

「中本さん、お久しぶりです」

「ほんとに、お久しぶりです。空幕長がなんでここに?」

「三沢に行ってたんですが、ここのレーダーの一部を新しくすると言う計画が有って、一度自分の眼で見ようと思いましてね。そこでいきなりロシア機が4機も消えると言う事件ですよ」

 丸茂は俺の顔を見てニヤリと笑う。

「ここに、こんなデカイ施設が有るとは知りませんでした」

「一般に公開できる物でも無いですからね・・・そうそう、二階堂さんから言われてたんだ。中本さんに食事をさせて欲しいと伝言がありました。食堂に行きましょう」

 丸茂と食堂に入ると、テーブルに座っていた隊員が全員立ち上がって敬礼する。それを制して丸茂は俺とテーブルに着いた。

「中本さんは『かつ丼』がお好きでしたね?」

「何でそんな事を?」

「海自では有名だそうですよ。かつ丼早食い競争を護衛艦の中でやった初めての人だって」

 かつ丼を半分ほど食べ終わった時に壁のスピーカーが叫ぶ。

「防空識別圏侵入機あり・・・警告開始」

 かつ丼を急いでかき込む。最後はみそ汁で流し込む。

 丸本と2人でレーダーのモニター室に戻る。礼文島北側から4機だ。

「領空侵入。警告を継続」

 丸茂に一礼して施設から飛びだした。一気に高度を上げて西へ飛ぶ。高度2000メートルでSu27が4機、編隊を組んで飛行している。明らかに意図的だ。順番に1機ずつ片側の翼に穴を開けてやった。4機とも撃墜だ。稚内の基地に戻る。

 ロシア側はこれ以上の被害を出す事はしないだろうという丸茂の考えで俺は解放された。

 東京に向かって飛びながら計算する。8機を領空内で撃墜したので16億円だ。

 ロシア側も、日本は神か宇宙人に守られていると思ってくれれば良いが。


 午後2時。松濤の自宅のリビングで休む。綾香が作ったパンケーキを食べる。オッパイを触りたいが我慢する。二階堂は甘いものを苦手なようでコーヒーを飲んでいる。

NPOの責任者が俺を呼びに来たので、面談の為に1階に降りる。3人の内2人が申請を受けられそうだ。年間250万円と180万円だ。

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