第167話 再び神様に

 10月15日 午後6時。バランバンの家に帰り、夕食を食べている所に兄弟が帰って来た。

 イザベルの30歳の兄は妻となった彼女と一緒だ。2人は兄の部屋で一緒に住んでいるらしい。2人に言う。

「日曜日は悪かった。日本で忙しくて来られなかったんだ」

「多分忙しいんだろうって妹から聞きました。でも立派な式とパーティーをさせて貰って有難う。あんな立派には、とても俺達の金じゃ出来ないんで」

「本当に出席したかったんだけど・・・お詫びに家を建ててあげよう。ここの敷地に2人の家を建てればいいよ。金は俺が全部出すから。孤児院の建築も終わるだろ。その後、建て始めればいい。日当も孤児院と同じように払うよ」

 2人は口を開けて唖然としている。

「嫌なのか? 他の場所がいいなら土地を買えばいい」

「トール・・・有難う。ここに建てたい。みんなと一緒の場所がいい」

 2人とも泣いている。こっちも嬉しい。広い土地を買って良かった。


 オヤジが後ろで何か叫んでいる。振り返ると、ビールを持って笑っている。どうやら『良かった』と言って笑っているようだ。歯を入れてやりたい。

 イザベルと妹と俺でリビングに入りクリニックの話をする。財団の事務所も手狭になっているので、事務所とクリニックを同じ場所で出来る様な所に移ろうかと考える。

 事務所の建物に2階を増築するのはどうかと言うと、借家だと言われた。ならば買い取ればいい。

 イザベルが大家に電話して買取の件を聞く。財団とクリニックの計画を話すと売却に応じてくれた。土地が100平米で50万ペソ、建物を入れて70万ペソで決まった。あとは増築すればいい。1階部分の補強も必要かも知れない。


 10月16日。学校建設を任せているエンジニアに事務所に来てもらう。30平米の建物を総2階にする計画を話す。2階の10平米は財団の応接間兼面談室。20平米はクリニックにするが狭いと考えていると、エンジニアが総3階にすればいいと言う。建物の基礎と1階部分がしっかりと出来ているので安全の為の少しの補強で3階が可能だと言う。

 1階をクリニックにし、2階3階を財団の事務所にする事で話がまとまる。まずは増築が済んで財団の引っ越しが済んでから1階を改装してクリニックをオープンする事になった。

 学校と同時進行で増築も請け負って貰う事にした。60平米の増築と補強の費用は120万ペソだ。土地建物の買取と合わせて190万ペソになる。


 弁護士に土地建物取引の作業をさせると共にクリニックの開業許可申請を頼む。

エンジニアは図面を書き、役所に許可申請を出す。


 前に送金した1億円、47ミリオンペソから学校と事務所で32ミリオンが出て行っても15ミリオン残る。奨学金支給が今現在約25人で月に約35万ペソが出て行く。スタッフの給料を入れても全く問題ないのだがイザベルが心配してくる。今でもスタッフの給料や経費を入れると月に50万ペソが出て行く。2ヶ月で1ミリオンだ。あと何人に奨学金を出せるのかと言う。何人でもいい。金が必要な学生は助けてやれと言った。100人に奨学金を出したとしても今の計算だと月に1.4ミリオン。300万円だ。


 妊娠中のイザベルに金の心配をさせるのも可愛そうなので、日本のNPOから財団に1億円を送らせる。昼食後に妹に銀行で記帳して来いと言った。

 俺はいつもの様に港でビールを1本飲んで、ピーナツを食べながら事務所に帰るとイザベルが抱き着いて来た。又、大金が入金されたと言う。46.5ミリオンだ。これで建築関係の金を引いても60ミリオン以上が残る。イザベルには、安心して仕事と『俺』に集中して欲しい。


 日本人スタッフのイチとミサも頑張っている。彼らは片言のビサヤ語を早くも覚えていた。流石に若い頭だ。時間が有ると『これは何て言うの』と妹や他のスタッフに聞いている。

 時間が有ればビールを飲んでいる俺とは違う。


 午後3時から4人の面談をした。3人が合格だ。嘘を言っても見破られると噂が広まって来たのか・・・いい事だ。

 イチとミサがオヤジの漁を見たいと言うので面談が終わってすぐに一緒に事務所を出てトライシクルに乗った。4時半に家に着いたがオヤジは網を仕掛けに出た後だった。仕方ないので、近所の家でココナツ酒をご馳走になる。ミサは口を付けただけだったが俺とイチは3杯ずつ飲んで気分よく酔った。イチがダウンしてしまい、180センチのデカイ身体を俺が背負って帰る。母屋入口のベンチに寝かせるとプチがイチの顔を舐めている。そのまま舐めさせておく。

 ミサがスマホでビデオを撮って笑っている。プチは、いつも逃げ回ってくれるイチを好きなようだ。


 6時になって家族が全員揃う。夕食の時間だ。2人の来客も有るので今日は庭でバーベキューだ。肉が焼ける頃になってイチが起きて来て言う。

「なんか顔を洗いたい気分です・・・あの酒のせいかな、顔がカピカピです」

 俺が言う。

「プチに舐めて貰えばいいよ」

 全員が笑った。隣に座ったイザベルも大笑いした。西の空が今日も綺麗に赤くなっている。夕食が終わり、イチとミサとリビングで話す。

 二人共、英語を話せるようになることが目的でセブに来ていた。英語を使って何をするかは考えていなかったと言う。言葉は道具であり、目的ではない。目的を達成させるためのツールであると言う事が実感として分かって来たと言う。

 イザベルが家の中に入って来て何を話しているのかを聞いて来た。

「言葉は道具であって目的では無いって話だよ。2人は英語留学だっただろ」

「そうねえ。道具だけでもなくて、時には凄く神聖な物なの。これを聞いてどう思うかしら・・・『初めに言葉が有った。言葉は神と共に有った。言葉は神であった。この言葉は初めに神と共に有った・・・』何か感じるかしら」

 ミサが聞く。

「聖書ですか?」

「そう、ヨハネの福音書から」

 イチが言う。

「伝道する人達に取っては言葉が全てでしたでしょうね・・・たしかに神ですね」

 イザベルが言う。

「この国にもいろいろなキリスト教の宗派があるの。神から言葉を預かって人々に伝えたって事なの。だから預言者。言葉を預かる人。」

 イチが俺に聞く。

「中本さんは宗教は何なんですか?」

 俺が答えに詰まっているとイザベルが言う。

「この人は変なの・・・一応結婚式を教会であげるので洗礼を受けたんだけど、特に敬虔なクリスチャンではないのに神様がついてるの」

 ミサが興味を持って聞く。

「どんなふうに神様がついてるんですか?」

 イザベルが俺に聞く。

「クリニックも開く事だし、少しずつ知ってもらった方がいいわね?」

 俺が頷くとイザベルが続ける。2人に言う。

「身体で調子が悪い所は有る?」

 イチは頭を振る。ミサが言う。

「調子悪いって訳じゃないけど、目が悪いんです。今はコンタクトレンズ入れてるけど」

 イベザルが俺を見る。俺がミサに言う。

「コンタクト、今外して」

「えっ、保存液が無いと・・・」

「保存しないでいいから、外してみて」

 ミサがレンズを外し、テーブルに置いた。目を閉じさせて俺の手を当てた。細かな粒子が出て来る。3分程で冷気が無くなった。ミサに言う。

「目を開けて」

 ミサがゆっくりと目を開ける。辺りを見回す。

「えっ・・・なにこれ。見える。良く見える」

 立ち上がり、ドアを開け外を見ている。

「なに・・・どうなってるの・・・凄い」

 イチが言う。

「実は僕もコンタクトなんです」

 同じようにした。 眼を開けてイチが叫ぶ。

「中学の時からずっと目が悪かったんです・・・レーシックの手術をするかと悩んでた時も有るんです」

 イザベルが静かに言う。

「これは旧約聖書に出て来る話だけど、街から逃げ出してくる女性が、神に告げられていた、振り返ってはいけなというのを守らずに振り返ってしまい塩の柱にされてしまったという話があるの。2人の眼が良くなったけど、これを人には言ってはいけません。もし言うと元の眼に戻ってしまいます」

 2人は椅子に座り直し、顎を引いて俺とイザベルを見た。ミサがイチに言う。

「私達、神様の所で働いてるの?」

「俺・・・一生辞めない」

「私も・・・」


 又、神様になってしまった。イザベルは話が上手い。

 

 

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