第164話 綾香奪還

10月11日 午後5時

 イザベルには事件が有り日本に帰らなくてならないと言って、急いで自宅に戻らせた。飛行服に着替える間にイザベルが鳥の唐揚げとご飯を持って来てくれる。流石わが妻。

急いで食べて飛び立つ。12000メートルまで上がり、ひたすら飛ぶ。30分で高度を下げると伊豆半島が左下だ。すぐに東京に着く。飛行服を脱ぎながら庭に着地する。

パオは異変を察しているのか大人しい。リビングに飛び込むと、二階堂とJIAのスタッフが揃っている。管轄の警察を呼ぶような馬鹿な事はしていない。JIAは警察の最上部組織だ。二階堂に詳細を聞く。綾香とマキが英会話学校からの帰りに車に押し込まれそうになり、かろうじてマキだけが逃げて来たと言う。家に走り込んで来たマキに幸恵が驚き二階堂に連絡したのだった。マキの証言では『ヨンクみたいな黒い車』としか分からない。二階堂にG63を運転させ、綾香の帽子を持って、拉致された現場にマキと行く。帽子は拉致された時に暴れて落としていった物だ。

明治通りを原宿から渋谷に向かって神宮前6丁目の交差点を右に入ってすぐの場所だった。帽子を握りしめて集中する。赤い破線が見えて来る。破線はJRのガードを潜り、すぐにファイヤー通りを原宿方向に戻っている。消防署を過ぎて人目が無くなった瞬間に俺は飛び上がる。赤い破線は坂を上り切り、左の代々木競技場を通り過ぎて表参道へと向かっている。表参道を直進し、青山通りを通り過ぎ外苑西通りを右に西麻布に向かう。首都高速3号線をくぐり次の信号を左に入る。突き当りを右に曲がり麻布消防署の前を通り過ぎる。破線が中国大使館に伸びるのかと思ったが、前を通り過ぎて伸びている。愛育病院前の信号を左に曲がり道なりに伸びる。韓国大使館しかない。仙台坂上の信号を通り過ぎ破線は大韓民国大使館へと伸びていた。全身の血が頭に上るが冷静になれと自分に言い聞かせる。大使館を過ぎて路地に着地する。仙台坂と呼ばれている大使館前の通りに歩き出る。高さ4メートルも有ろうかと言う壁に囲まれて、正面のゲートには警察車両が止まっている。詰め所と外に4人の警官。向かい側にあるコインパーキングに立ち、大使館の建物を透視するが綾香の姿が見えない。人が多すぎる。

二階堂に韓国大使館に来ていると電話した。電話を切ると同時に着信が有る。見た事の無い番号だが電話に出る。

「中本さんですね。外で見ていないで中に入って来て下さい。今、案内の者が出て行きますから、付いて来て下さい」

 電話が切れた。すぐに門から30代後半のスーツを着た男が出て来る。

 ジーパンにジャンパー姿の俺に手招きする。黙って男について行く。門から駐車場の方に赤い破線は伸びていた。建物に入っているのは確実だろう。

 建物の入り口に金属探知機のゲートが有った。数メートル先に自動改札の様な物がありIDカードを当てるとバーが開くようになっていた。俺はビジターのIDを持たされて中に入る。

「ウチの娘は何処にいる」

「私は詳しい事は何も聞いておりません。待合室までお連れするように言われているだけなので」

 男には嘘が見えない。付いて行くしかない。エレバーターに乗り地下2階に降りる。

 1つのドアを開けられた。中の椅子で待つように言われる。力づくで綾香を奪い返すのではなく、相手の出方を見極めてやろうと思った。

 ドアが閉められて少しするとアクビが出て来る。こんな所でノンビリしては居られない。立ち上がるが足に力が入らない。どうした事だ・・・ガスだ。目の前が暗くなった。


 腹が減った。尻が痒いが手が届かない。眼を開けると全身を拘束されているのが分かる。全裸でだ。ベッドの様な寝台に固定されている。

 横を見ると鉄格子がある。鉄格子に入ったのはフィリピンの中国大使館以来だ。何時間寝ていたのだろう。嫌な予感・・・ヤッパリ力が出ない。空腹だ。バランバンで食べたフライドチキンが最後だった。大失敗だ。綾香に気を取られていた。


 鉄格子の外の部屋に男が3人入って来る。50代のスーツの男が言う。

「あんたがJIAのエージェントで、ウチの人間を何人も始末してくれたのは分かっている。真面目に商売している韓国人にまで手を出すのはどうかな」

「薬や売春が真面目な商売ね。まあ韓国ではそれもまともなのかね」

「必要とされている物を供給しているだけだよ」

「キムチだけにしておけよ」

 他の男がテレビモニターのスイッチを入れた。数秒後、拘束された綾香が映る。思わず全身でもがく。

「おたくの大事な娘なようだな。あんたを拘束しているのはジュラルミン製の特殊なベルトでね。ゴリラでも壊せないよ」

「何が欲しいんだ?その子に何かあったら、お前らの家族まで全部殺すぞ」

「やって貰いたい事が有る・・・」

 男が合図すると、もう一人の男が廊下からワゴンを押して来た。ワゴンの上には4個の小型のスーツケースのような箱が置かれている。

「これをJIAの本部と市ヶ谷、議員会館と皇居に置いて来てほしいんだ。たったの4個だ。あんたなら簡単だろう」

「何なんだ、それは」

「大き目の花火みたいな物だよ」

「嫌だと言ったら?」

「簡単には殺さない。特に娘は十分に可愛がってからだな。お前の目の前で可愛がってやるよ」

 と言う事は、綾香はこの建物内に居るって事だな・・・。

「分かった。何でもするから、あの子には手を出すな」

 男達が入って来て、俺の拘束を解く。はぎ取った服を持ってきたので急いで着る。2人が俺に銃を向けている。

「言われた事はすぐにやるが、腹が減って動けない。なにか力が出る物を食わせてくれ」

 15分程待たされた。その間に箱を置いてくる場所の説明を受ける。こっちからも質問をして、信用を得ようと努めた。

 カルビ丼が来た。別の皿にも焼いた肉が乗って来た・キムチも付いている。必死に食べる。男達の話をきいている内に力が沸き上がって来る。

「あの子はここに居るのか?」

 頷く男。嘘は無い。

「俺がその箱を置いてきたらあの子も俺も自由になるんだな」

 頷くが、男の頭の後ろには黒い影が覆っている・・・ウソ。

「いつまでに箱を置いて来ればいい?」

「明日の午前11時に、指定の場所に有ればいい。早すぎて撤去されるのも困る。花火はもう起動している」

「花火を指定の位置で上げたいと言う事だな。だけど、俺が花火を上げたい位置は、悪いけど、ちょっと違うんだな」

 念力で2人の動きを止めた。ボス格の男を俺が拘束されていた場所に同じように拘束する。俺と同じに全裸にした。他の2人は殴りつけた。拘束した男の念力を解いて聞く。

「娘はどこにいる?」

「4階の部屋だ」

嘘。右手中指を折る。絶叫を上げ男は失禁する。

「もう一度聞くぞ。どこにいる?」

「隣の部屋だ」

又、嘘だ。右手の指を更に折った。

「嘘をつくと分かるんだよ・・・どこにいる?」

「地下1階のBと書いてある部屋だ。警備が2人いる」

 左手の指を掴む。

「嘘じゃない! 警備は2人だったが5人になっているかもしれない」

 部屋を出た。閉めたドアにはAと書いてあった。透視してみると隣の部屋には武装した警備員がいた。

 階段室を見つけ地下1階へと階段を駆け上がる。地下1階のBのドアに耳を付けるが何も聞こえない。防音扉になっているのか。透視する。中には椅子に縛られている綾香。乱暴はされていないようだ。警備の人間は4人だった。銃を持っている。

 勢いよくドアを開ける。全員の銃が俺を向く。銃の引き金に指が掛かる前に光の玉で全員を倒す。 

 綾香が叫ぶ。

「オジサン、馬鹿!遅いよ。 変な男に胸触られたんだから」

「スーツ着てる奴か?」

 綾香が頷くので地下2階に降りてAの部屋に戻る。綾香が男の顔を指差す。

「こいつ。こいつが胸触ったんだよ。ブラの中に手入れたんだよ。許せない・・・なんでこいつ裸なの?」

「露出狂なんだな、多分。みんなに見せてやろう」

 男に箱の事を聞く。箱を開けるとその場で爆発すると言う。解除するには箱に付いている10のプッシュボタンで正確な番号を押さないとならない。遠隔操作の装置は一切無いらしい。

 1つの箱だけで、このビルが無くなる威力だと言った。

 拘束している台にはキャスターが付いていて移動が楽だった。エレベーターに押していく。男が喚くので自分のパンツを口に詰め込んでやった。

 綾香には爆弾のワゴンを押して付いて来させる。エレベーターに乗り1階のボタンを押す。1階に着きドアが開いたので裸の男が拘束された台を蹴とばしてロビーの中央に出した。

 ロビーに悲鳴と笑いがおこる。俺と綾香は何事も無いかの様にワゴンを押して出口に向かった。出口にいた警備員が銃を向けようとするが念力で銃を下げさせて敬礼させ俺達を見送らせた。

 門の外にはG63が止まっている。

 二階堂が警備の警官と立っていた。

 荷台に4つのケースを積んで大使館を離れる。警備の警官達は敬礼で車を見送った。


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