第163話 新人スタッフ
10月10日 昼食が終わっていつもの様に港でビールを1本だけ飲んでいると『マノン!』と叫び声が聞こえてピーナツのつまみが手に入る。横に座ったリンが俺の顔を斜め上に見上げて言う。
「おとといゲリラがバランバンに来たんだよ。大変だったんだから。酔っぱらってると連れて行かれちゃうよ」
真剣な顔をしている。ピーナツを口に放り込みながら答える。
「それは危ないな。気を付けるよ。だから今日は1本しか飲んでないだろ」
「酔っ払いは嫌いなんだよな・・・」
「おまえこそ気を付けろよ。あと1年もするとオッパイも膨らんで来るからな。今はまだペチャンコだから誰も見ないけど」
「もう、ちょっとだけ膨らんでるよ!・・・すけべジジイ」
「そろそろ帰らないと。すけべジジイも仕事しないとな」
立ち上がって伸びをする。リンが手を出している。
「ピーナツ代。2個で20ペソ」
「そうだ。忘れてた」
20ペソを渡した。事務所に歩いて行く俺の横をリンが歩く。
「あのさ・・・この前のコーラ有難う。弟も妹も美味しいって言ってた」
「そうか。良かったな。今度オレンジ飲みに来い」
元気よく『うん』と返事をしてバン乗り場に走っていく。バンの乗客にピーナツを売るのだ。頑張れリン。
事務所に入ると奥のソファーに日本人が2人座っていた。今日からウチに来る19歳と23歳の2人だ。19歳の太田美沙と23歳の馬場誠一だ。簡単な履歴書の様な物をイザベルが書かせ、パスポートのコピーを事務員が取っていた。俺が入って来たのを見て2人が立ち上がる。彼らと向かい合ってイザベルの隣りに座る。
「今日からお世話になります」
2人で頭を下げる。彼らに英語で言った。
「ここではスタッフとの会話は全部英語になるからね。日本人同士で話す時でも仕事の事はなるべく英語で話す事。まわりからアドバイスが来るかも知れないから」
「分かりました」
「それから、ここのボスはイザベルだから。俺は名前だけだからね。呼び名は『ミサ』と『イチ』でいいかな」
2人が頷き呼び名も決まった。2人は妹の助手で経理担当になった。数字に弱いフィリピン人に困っていたのだ。2人のデスクを買いに行く。中古のスチールデスクと椅子が有り、1セット3000ペソで4セット有ったので全部買った。事務所には10台の机が並び、混乱を来さずに仕事が出来そうだ。今日は2人には仕事の進行を見てもらう。妹が奨学金給付の全体の流れを説明した。午後3時と4時からは奨学金申請者の面談が有り、2人は近くのデスクで真剣に見ていた。4人の申請者で奨学金が出せるのは1人だけだった。
5時になり片付けが始まり、実家にアパートを持っているスタッフがミサとイチを案内する。イザベルの運転するハイラックスの荷台に俺とイチは乗った。助手席には妹で後部座席にミサとスタッフだ。事務所から俺達の家とは反対方向に1キロ程の所にアパートが有った。建物の2階でワンルームの部屋が5つ並ぶ内の2室だ。トイレとシャワーは専用で部屋にあり、ベッドと小さいテレビと冷蔵庫も付いている。1階は古着屋だった。家賃は5000ペソだったが、ナカモト財団のスタッフと言う事で4000ペソにしてくれた。デポジットと家賃で8000ペソを払い2人とも入室を決めた。今日から入室になるので家賃は毎月10日払いになった。貴重品は絶対に部屋に置いたままで出掛けない事と注意した。
2人が部屋にスーツケースを運び込み、貴重品を持って部屋を出て来た。今日は俺の家で歓迎会だ。2人を連れて家に帰る。午後7時になっていた。ベーベキューの用意が出来ており庭にテーブルが並べられている。イザベルの姉妹、兄弟、4人の子供、両親、それにプチ。賑やかな家に2人は驚いていた。10時過ぎまで話をした。背が大きく180センチもあるイチは犬が苦手で、プチが尻尾を振って近寄って行っても逃げ回る。逃げるとプチは喜んで追いかける。笑わせてくれた。ミサは可愛い顔をしていて明るく性格が良さそうだ。ちょっと足が短いのが残念だが、俺の女では無いので気にしない。俺は酔っぱらってしまい、イザベルが2人を送って行った。
10月11日 事務所に9時に行くと昨日の2人も出社していた。米を配給に行ったりノートを配ったり孤児院に行ったりと、2人のイメージはそのような物だったらしいが事務方がしっかりしていないと活動が出来ないのだと説明して納得させる。
昼食は殆どのスタッフが近くの市場の中にあるカレンデリアで食べる。おかず一品とご飯とスープが付いて40ペソから80ペソだ。おかずによって値段が違う。エアコン付きのレストランに行くと100ペソから140ペソになってしまう。新人2人もスタッフと一緒にカレンデリアに行って食べたようだ。早く他のスタッフに溶け込んで欲しい。
俺はイザベルと妹と弁当を事務所で食べた。魚のフライと野菜炒めとご飯だ。食べ終わって、いつもと同じようにビールを1本買って港に歩く。防波堤に座っているとリンが来てピーナツを2つ渡して言う。
「又、酔っ払いがいた」
「ペチャパイが来たか」
「トールはセクシャルハラスメントって言葉を知らないの?」
「オッパイが膨らんでない子供には、そんな言葉は当てはまらないんだよ」
「膨らんで大きくなってもトールには絶対に触らせないから」
「大人になってもそのままだったりして・・・」
ミサとイチが俺の方に歩いて来た。イチが言う。
「中本さん、ここで休憩ですか?良い所ですね・・・この子は?」
リンが自分の事だと分かり答えた。
「私はトールのガールフレンドで、いつもピーナツをあげてる」
「バカ。金払ってるだろ」
2人もピーナツを1袋ずつ買い10ペソを払った。食べながら事務所に戻る。
ビールを飲み終わっていて良かった。
今日も面談に3人が来て1人に援助が決まりそうだ。
5時になり帰り支度をしている時に二楷堂から電話だ。嫌な予感がする。
「ボス。綾香ちゃんが誘拐されました」
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