第159話 魔法使いとスーパーマン

9月30日

 奨学金の面談は全て俺がいる時にやる事になった。今までは午後3時からとなっていたが、午後3時と4時の2度の面談時間が設けられた。


 午前中に学校建築の現場を見に行く。重機が何台か運び込まれ、ユンボが基礎の穴を掘っている。

 10数人の人が働いている。現場監督になった社長の息子が走って来て挨拶する。これからここで働く人も増やすと言うので、助手でいいので何人か地元の人を雇ってくれと言うと大歓迎だと言ってくれた。但し日当は200ペソだと言われたので十分だと答える。 

 建築現場の入り口には小屋が建てられている。昼食を食べたり休憩にも使うが、夜は最低2人が泊まり込み、建築資材の盗難を防ぐのだと言う。セブシティから来ている大工達の宿舎は、町役場の会議室を使わせてもらっている。簡易ベッドを運び込み快適に眠れるようになった。

 イザベルと町役場にも顔を出し、工事の大工達が世話になっているお礼を言うと逆に市長から学校建設が実現したことのお礼を言われる。

 ゆくゆくはバランバンが学園都市として名前が売れ、都市部からも生徒が来るような街にしたいと言う事だ。

 俺としては静かな漁村のままがいいのだが、どこでも住んでいる人の思いは違うのだろうか。


 午後になり、事務所を出て防波堤でビールを1本だけ飲んでいるとピーナツ売りのリンに見つかってしまった。

「トール、ピーナツ買って・・・奥さんにビール飲んでたの黙っててあげるから」

 11歳の少女に脅迫されている俺。

「しょうがねえな。2つくれ」

「ダメ。5つ買って」

 50ペソを渡すとリンは俺の横に座ってピーナツの小さな紙袋を5つくれた。

「トールの奥さん、凄い美人だね。どこで知り合ったの?」

「マニラだよ」

「奥さんいくつ?」

「23」

「トールは?」

「60・・・悪いか?」

「まあ、私には関係ないけどね。ペンギンのシャツ似合うじゃん」

「モデルがいいからな」

 遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる

『トール!』

 見ると妹が走って来る。オッパイが上下に揺れている。触りたい・・・・

「どうした?」

「工事現場で事故・・・早く来て」

 リンを残して事務所に走った。イザベルは先に現場に行っていると言う。

 スタッフのバイクに乗って現場に行った。大工の1人が足を滑らせて基礎の穴に落ち、運悪く突き出ていた鉄筋に大腿部が突き刺さってしまったという。見ると、1メートル近い深さの穴に仰向けに落ちている大工の太ももから鉄筋が30センチ程突き出している。 現場入口の小屋に運ぶと言い、小屋の中を片づけさせた。穴の中へと数段の梯子を掛けさせて降りる。イザベルに木の切れ端を貰い、大工の口に入れ噛ませた。大工を抱えて一気に持ち上げた。うめき声が口から洩れる。そのまま数段の梯子を上り、小屋に走る。脚からは血が噴き出している。小屋に寝かせてイザベルに人払いさせ、小屋のドアを閉める。怪我をした大工が暴れるので念力で動きを止める。鉄筋が刺さっていた方の作業ズボンを破き傷口を露にした。水を掛け汚れを取る。血が噴き出しているが手を当てる。脈打つのと同時に血が噴き出し、掌に当たる。動脈が切れているのだろう。意識を集中する。手が光っているように明るく見えて来る。同時に細かい粒子が立ち上げって消えていく。5分かそれ以上・・・粒子の出現が終わった。

 イザベルに大き目の絆創膏を持って来るように言う。小屋に有った救急箱に四角の絆創膏を見つける。男の脚からは傷が消えていた。傷の有った場所に四角の絆創膏を張って隠した。男への念力を解く。食いしばっていた口を開けると木片が床に落ちる。男は自分の脚を見下ろしている。俺が言った。

「傷は大丈夫だ。もう痛くないと思うけど明日までは絆創膏を取らない事」

イザベルがビサヤ語で繰り返す。男は信じれないと言った表情で足を動かしてみている。

「仕事に戻って大丈夫だよ」

 男は立ち上がってドアを開け小屋から出て行く。シーンとなり周りの全員が男に注目する。片足が破れたままの作業パンツの男が足を踏み鳴らして見せる。他の作業員たちに小屋から出たイザベルが言う。

「彼は大丈夫よ!」

 血だらけになった手を洗って小屋の外に出た。みんなが拍手してくれる。

「さあ仕事だ! 子供達が学校を待ってるぞ!」

 全員が歓声を上げて仕事に戻った。


 事務所に戻ると奨学金申請者の面談だ。3時からは2人だ。男女1人ずつで女の方に嘘が見える。学業に対する意欲は無いが、タダで貰えるなら貰っておこうという感じだ。質問の答えに嘘が多い。男の方は真剣だった。下の兄弟や両親を支えるために勉強をする意気込みを感じる。 4時の面談は1人。綺麗な女の子だった。奨学金が出たら学費ではなく生活に使う事が分かってしまった。母子家庭なので奨学金ではなく、生活保護の係りに廻した。

 イザベルが俺に言う。

「本当に助かる。みんな真剣な顔をして来るから嘘を見抜くのが難しい。生活が大変なのはみんな同じだからね」


 ピーナツ売りのリンが事務所に入って来て俺を見つけて歩いて来る。

 イザベルが言う。

「可愛いガールフレンドが来たわよ」

「トール。ピーナツ3個忘れて行ったよ」

 事故騒ぎの前に堤防で5個買って2つしか食べないで現場に走って行ってしまったのを思い出した。

「届けてくれたのか・・・サンキュー。コーラ飲むか?」

 頷くリンにイザベルがコーラのグラスを持ってきてくれた。

 リンは目を見開き、少しずつだが一気に飲み干した。

「コーラ好きなのか?」

「この前来た時に初めて飲んだ。弟たちにも飲ませてやりたい・・・」

 冷蔵庫から1.5Lのコーラのペットボトルを取って来てリンに渡した。

「冷えてるから、持って帰ってみんなで飲めばいいよ。ピーナツ持ってきてくれたお礼だ」

 リンは両手でペットボトルを受け取った。ピーナツのバケツの取手を腕に通し、ペットボトルを抱えて一言いう。

「ありがとうトール。市場にいるからすぐに飲ませてあげられる」

 リンは小走りに出て行った。


 5時近くなって帰り支度を始めると来客だ。リンと6歳の弟と妹。魔法使いのお母さんも一緒だ。

 リンがお母さんの手を引いてソファーまで来る。4人が俺の前に立つ。白菜と紫色の小さな玉ねぎを沢山持ってきている。魔法使いが言う。

「いつもお世話になって有難うございます。コレ、私が売っている野菜ですけど。こんな物しかお礼が出来ません。良かったら食べてください」

 半分が英語で半分はビサヤ語だ。イザベルが通訳する。

 リンが母親に、イザベルは俺の妻だと言っている。イザベルは母親から野菜を受け取り何か俺の事を言っているようだ。

「この人が、暇で港の近くをブラブラしている時に、リンちゃんと遊んでもらっているみたいなんです」

 と、言ったと後で聞いた。


 ハイラックスの荷台に俺とリンが乗っている。後部座席には魔法使いと6歳の2人が乗っている。運転はイザベルで助手席は妹だ。家に向かっている。今日は魔法使い一家を夕食に招待した。庭にテーブルを出して全員で囲む。オヤジが朝獲って来た魚はバーベキューとシニガンになる。ポークバーベキューも次々に焼ける。みんな気持ちいい程よく食べる。

 ビールを飲んでみんなを眺めている俺の横にイザベルが来て言う。

「わざわざお礼に来てくれるなんて、育ちのいいお母さんだと思う。旦那さん亡くしちゃって大変だわね。後で生活保護の話をしてみようかしら」

「うん。してみればいいよ」

 リンの6歳の弟が俺の前に立って何か言っている。自分のシャツを引っ張っている。

 イザベルが俺に聞く。

「あなたがシャツを買ってあげたの?この子、そう言ってる」

「そう言えばリンに買ってあげた時に兄弟の分も買えって言ったな」

 スーパーマンのTシャツを着ている。指差して『スーパーマン』と言うと俺のお腹のペンギンにパンチをくれた。なかなかやるな。流石に魔法使いの息子だ。


イザベルが魔法使い一家を送って行った。車の中で援助の申請の話をしたが、市場の仕事で生活していけるので、援助は仕事の無い他の人に廻して下さいと言われたそうだ。さすがに魔法使いだ。困ったときは俺が魔法の杖になってやろう。


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