第157話 尖閣諸島

9月28日

朝8時にオバアの家を出て来る。途中、富士山の頂上に着陸して少し散歩した。

 9時に松濤の家の庭に着地する。パオのお出迎えが嬉しい。部屋に入って着替え、娘達の寝室を覗く。マキはベッドの上でスマホをいじっていた。俺に気が付いて手を伸ばすのでベッドに行くと抱き着いてキスしてくる。綾香も起きて抱き着いてくるのでキスをした。

 2人の寝ているダブルベッドに俺も横になって、しばらく2人に抱きつかれたままで過ごす。


 3人でダイニングテーブルに着き、朝食を食べる。話すことは英語の話題が中心だ。

『IN』と『AT』を、どう使い分けるのかで、パンを食べながら、娘達がそれぞれの考えを言っている。

『オジサン』と言って2人で俺を見るので、例えばマクドナルドで待ち合わせして、マクドナルドの敷地内、もし駐車場で待っている時は『AT』で店内で待っている時は『IN』を使えばいいと言った。2人は『フーン』と言うとすぐにアイドルの話に話題が移った。

 幸恵が俺達を見て笑っている。神原夫妻に今月分の給料を渡すのを忘れていた。幸恵に50万円を渡して詫びた。

 10時になり二階堂が来た。応接間で向かい合う。中国の空母『遼寧』の件だ。7月には沖縄本島と宮古島の間を抜けて太平洋に出て演習をしていたが、今回は尖閣諸島近海での移動を続けている。米軍の殆どが引き上げたのを機に近寄って来るのが不気味だ。

 中国側が戦闘行為を仕掛けてくれば、自衛隊側もすぐに応戦する準備は整っているが、開戦となれば、その場所が近いだけに相当の被害を免れない。

 宇宙人に何とかして欲しいと言うのが日本政府の考えだった。

 二階堂にも今月の給料の50万円を払い、総理官邸に移動する。執務室に案内される。ソファーに総理と向かい合って座った。二階堂は俺の隣りだ。安倍総理が俺に言う。

「NPOは順調ですか?」

「お蔭様で。有力な寄付希望者を紹介頂いたので口コミで広がっています」

「それは良かったです・・・今回は尖閣の件ですが。空母の遼寧の一団が尖閣諸島周辺で動き回っています。 石垣島側に廻って来る事も多いので石垣島の保安庁航空隊も気が抜けない状態です」

「何隻ですか?」

「今のところ6隻のようです」

「報酬は・・・」

「10億円でお願いします」

「1兆円の被害を与えられますね・・・NPO設立でもお世話になっているので引き受けます。いつやりますか?」

「すぐにでもお願いします」


 総理官邸を出て赤坂のJIAの事務所に行く。ジェーンが居た。

 二階堂が言う。

「明日にでもやりますか?事前に尖閣周辺の衛星写真を取り寄せますか?」

「いや、保安庁航空隊の報告が分かればいいよ。どの辺に何隻かっていう。明日の朝9時に出ると思うから、明日の朝の時点の状況を連絡くれよ」

「分かりました・・・昼飯、行きますか?」

 俺はジェーンをチラッと見る。二階堂は察してくれた。

「終わらさないとならない仕事があったんだ。ジェーンと行って貰っていいですか?」


 ジェーンの愛車、水色のルノー『トゥインゴ』で走る。俺が運転していた。溜池方向に出て新橋駅のガードを抜けて築地へ向かう。『すしざんまい』に向かっている。都内に支店が沢山有るが、築地の店が一番旨い。


 トゥインゴに乗ると窓を開けたくなる。G63の様な安楽さは少しも無いが、運転するのが楽しい。スタート時には大袈裟にノーズを持ち上げるし、カーブでアクセルを踏み込みと外へと出て行こうとし、アクセルを戻すとカーブの内側に巻き込むように曲がるが、限界を超えるとケツを振り出す。飛ばす時には、アクセルの微妙な操作で車の姿勢を操らなくてはならない。音も煩いが意外な事に乗り心地はいい。持ち主のジェーンの乗り心地もいい。最高の部類だ。


 すしざんまいに入るが満員だった。仕方ないので帝国ホテルの『なか田』で寿司を食べる。上品で旨いが、すしざんまいの様なデカネタの豪快さは無い。

 食後は部屋を取って愛し合った。久々のジェーンとの情事だ。彼女の脚が俺の胴に絡みつく。身体を密着させてキスすると青い目が俺を見上げる。


 1時間ほど、ベッドの上で話をする。金正恩の屋敷で暴れた事を話して笑う。妻のソルチュの頬をジェーンが殴った事を言って笑うと、それは忘れてくれと言って又笑った。


 ジェーンの運転で赤坂の事務所に戻ったのは午後3時になっていた。俺は事務所には入らずにタクシーで自宅に帰った。

 庭に出てパオとフリスビーを投げて遊ぶが、パオはすぐに疲れたように座り込む。幸恵が出て来て、パオの食欲が無く、ご飯を食べないと言う。

 仰向けになってお腹を見せているパオを念力で止めた。身体に手を当てて探っていくと、胃のあたりから冷気を感じる。手を当てて集中する。手の周りから細かな粒子が立ち上がって消えていく。念力を解くとパオは起き上がり3回程クルクルと回った。俺に飛びついてくる。パオの顔が笑って見える。

「幸恵さん、パオのご飯持ってきて」

 幸恵が部屋に入って行く。パオはフリスビーを俺に持って来る。軽くディスクを投げるとパオは元気よく走ってキャッチする。何回か繰り返していると幸恵がパオを呼ぶ。

 ステンレス製の深い皿に入っているドックフードを、尻尾を振りながらパオが食べる。幸恵がパオの前にしゃがんで言う。

『よかったねパオ。元気になった』


 リビングのテレビ前のソファーをリクライニングさせて映画を見る。1982年の古い邦画『鎌田行進曲』だ。風間杜夫が扮する主人公の役者『銀ちゃん』がステッカーだらけの派手なキャデラックに乗り、取り巻きの大部屋役者に

『銀ちゃん、免許持ってるんですか』と言われ

『キャデラックに免許がいるか!』

と叫ぶ。俺にとっては深作欣二監督の代表作で、ヒロインは松坂恵子だ。

 娘達が俺の横に座ってしばらく一緒に見ていたが『つまらない』と言って、自分の部屋に戻って行った。

 お前らには、この映画の良さは分からないだろう。映画が終わるまでにビールが3本空いてしまった。


 夕食が終わってテレビニュースを見ていると二階堂が患者の男性を連れて来る。着ているジャケットに馬主のバッジを付けている。競走馬の持ち主か。総理の奥さんの知り合いらしい。 心臓に問題があり、診て欲しいと言う。

 和室で畳の上に寝かせて手を当てる。胸からの冷気に集中する。沢山の粒子が湧き出て消える。 

「終わりました」

 男は置き上がり深呼吸をしてみて俺に言う。

「有難うございます。身体が軽くなったようです。実はもう一つ有って、大腸癌なんです。来週、人工肛門の手術を控えています」

「このまま、少し待って下さい」

 部屋を出てキッチンに行き、冷蔵庫の牛乳をグラスに1杯飲んだ。和室に戻ると二階堂が『大丈夫ですか』と聞くので、ただ頷いた。少しの休憩でも無いよりはマシだ。

 患者をうつ伏せに寝かせて、尻に手を置く。意識を集中すると大量の粒子が出ては消えていく。粒子の出現は5分程続いた。男に言う。

「起きていいですよ」

 男は立ち上がり肩幅に足を開いて軽く屈伸をしてみる。下腹に手を当てて言う。

「信じられない・・・奇跡だ」

 俺に抱き着いてくる。タバコ臭い。

 競馬場に招待すると言って1億円を置いて帰って行った。

 NPOの資金が7億3000万円になった。二階堂と乾杯する。

 

夜10時に寝てしまう。今日の治療は疲れた。


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