第156話 ピーナツ売りの少女

9月27日

朝7時にイザベルに起こされて朝食を食べる。昨日はアラブ女と2回戦もやってしまったが、夜になってベッドに入ると、イザベルは別格で、ジュニアは元気よく立ち上がった。


 朝8時半にプチと浜に出て、オヤジとイザベルが魚を売るのを眺める。俺にとっての、ここの原風景だ。

 いつも通り、約半分の魚をレストラン用に持って帰る。


 イザベルは9時に事務所に出て行く。俺は家に残って、庭でビールを飲みたかったが一緒に連れて行かれた。


 妹が助手席に座り俺は荷台に乗った。座席に座れと言われたが荷台の方が気持ちいい。事務所に着くと、既に全員が出社しているようで、すぐにミーティングが始まる。イザベルがホワイトボードの前に立ち、学校建設の話をしている。ホワイトボードにいろいろと書き込んでいる。中本という言葉が聞こえイザベルを見ると俺を見ている。スタッフを見てもみんなが俺を見ている。

 「フォー・チルドレン」という言葉も出て来るので日本からの寄付の話をしているのだろう。いきなりみんなが立ち上がり、俺を見て拍手をしている。俺もつられて拍手をすると、みんなに笑われた。

 妹が俺にコーヒーを持ってきてくれる。睡魔に襲われていたから丁度いい。コーヒーを一口・・・熱くて噴き出してしまう。さらにみんなに笑われた。イザベルを見ると腕組みして俺を見ている。笑うしかない。白いTシャツがコーヒーのシミで汚れていた。

 財団の女性スタッフが黄色のスタッフ用のTシャツを持ってきてくれた。

 妹に汚れたTシャツを脱がされ、黄色のTシャツを着た。


 みんなが忙しそうだったので港へ歩いた。もちろんビールを2本買って、ビニール袋に隠して持っていた。港の人気の無い堤防に座ってビールを飲む・・・旨い。

 俺を見つけたピーナツ売りの少女が付いて来ていたのでピーナツを買う。小さな紙袋に入れた塩ピーナツが10ペソだ。5個くれと言って50ペソを払う。少女は俺の隣りに座った。良く日焼けして健康的だ。綺麗な顔をしている。少女に英語で聞く。

「いくつ?」

「11歳」

「グレード5か?」

「まだ4なの。1年学校に行けなかったから」

「今日は午後からか?」

「そう、午後から・・・マノン(オジサン)は日本人なの?」

「そうだよ。日本から来た。ビサヤ語だとクヤがマノンになるのか?」

「うん。オジサンはタガログ出来るの?」

「出来ない。アタマ悪いから」

「ははは・・・ピーナツ美味しい?」

「美味しいよ。1つ食べるか?」

「いらない・・・もう飽きてる」

「毎日ピーナツ売ってるのか?」

「雨の日は売れないから市場でお母さんを手伝ってる」

「お母さんは市場で働いてるのか。お父さんは?」

「お父さんはもう死んじゃっていない。3年前にテンゲで死んじゃった・・・市場の仕事、嫌いなんだ。野菜から虫を取るのが私の仕事だから・・・だから雨は嫌い」

 デンゲ・・・デング熱の事か。お母さんは野菜を売っていると。

「兄弟はいるの?」

「二人。弟と妹。双子なの。今年から学校なのに、まだ運動靴が買えないから行くの止めちゃったの。虐められるんだって」

「運動靴が有れば、すぐに学校に行くのか?」

「だから私がピーナツ売ってるの」

 言葉が出なくなる。

 飲み終わったビールの缶を持って立ち上がった。

「運動靴を買いに行こう。オジサンがプレゼントするから」


 市場内の雑貨を売っている所に、目指す運動靴があった。女の子が6歳の靴を2足と言ったようで、店員が靴を渡す。サイズは大丈夫かと聞くと、大き目だから大丈夫だと言う。2足で180ペソだった。400円の靴を兄弟に買う為に、女の子は朝からピーナツを売っているのだ。

 金を払って女の子にバイバイと言うと、手を取られて市場の野菜売り場に連れて行かれた。両脇に野菜が山積みになっている中を、女の子は俺の手を引いてズンズンと歩いて行く。

 突然立ち止まって『ママ』と呼ぶ。白菜と玉ねぎの山の向こうから女が顔を出す。痩せた女だった。若い頃は美人だったのかも知れないが、今は痩せこけて頬骨が出たために魔法使いを連想させる顔立ちだった。

 女の子が何かを言うと、魔法使いが出て来て俺の前で礼を言う。魔法の杖は持っていなかった。


 事務所に戻る。ゴミ箱に空き缶を捨てようとすると、そばにいた子供が持って行った。缶は売れるのだ。

 事務所に入ると、昨日のゼネコンの社長と人質に取られていた息子がソファーに座っていた。アラブ女を犯した時は、人質は袋で頭を覆われていたので見られてはいないのだが気になる。

 適当なデスクに腰を下ろして誤魔化すがイザベルに見つかり、ソファーに連れて行かれる。  息子が俺の顔を見て立ち上がり俺の手を握る。

「昨日は有難うございました。あなたに命を救われました・・・社長、この人が私達を救出してくれたんです」

 オヤジである社長が俺を見る。

「中本さんが助けに行ってくれたんですか? どうやって・・・あなたもCIAなんですか?」

 最後の部分は声を潜めて言った。何と言ったらいいのか分からない。イザベルを見る。

「彼はCIAではありません。日本からの正義の味方です・・ですよね?」

 俺の顔を見る。イザベルが続ける。

「昨日の件は深く追求しないで下さい。無事に帰って来られたのですから」

 2人はソファーに座り直し、首回りの汗をタオルで拭いている。大型のエアコンを付けないと暑くて仕事にならない。今のエアコンは古いので寿命だろう。

 二階堂から電話が掛かってくる。いいタイミングだ、席を立って外に出た。

「ボス、いつ帰って来ますか?」

「何で」

「大事な仕事です。中国絡みで」

「明日帰るよ」

「それでは明日の午前中に行きますから。お願いしますよ」

 電話を切った。最後の『お願いしますよ』ってのが気に食わないが、まあ、いいか。


 ソファーに戻り、工事の進行の話をする。明日から工事開始だ。来年の新学期前の5月中旬までに完成させると言う。救出のお礼で学校の周囲を囲う塀を無料で作ると言ったが、金は払うので、あれは『貸し』と言う事にした。いつか返して貰う時の為だ。


 イザベルと孤児院の様子を見に行った。叔父さん親子にオヤジが加わって頑張っていた。

 孤児院の子供達の昼食は用意されていたので、3人を連れ出して一緒に昼食を食べる。オヤジは外に出ても魚を注文する。兄弟は学校の後で午後から現場に合流する。

 食事が終わって事務所に戻るが、俺はやる事が無いのでトライシクルに乗って家に帰る。

 庭の椅子に座ってビールだ。プチが嬉しそうに俺の周りをグルグル回る。


イザベルが午後4時前に帰って来た。俺が今日日本に戻ると言っていたからだ。シャワーを浴びて、お腹の子供を気遣って優しく抱き合う。お腹が少し膨らんできたように感じる。ゆっくりと愛し合う。

 魚のフライとご飯を食べて、午後5時に裏庭から飛び立ち沖縄に向かう。30分後に沖縄のオバアの家に着く。美香が帰っているようだ。飛行服を脱いで玄関を開ける。

 美香が『ワァ』といい土間を駆け抜けて抱き着いてくる。オバアとも抱き合う。元気そうだ。

 美香がオヤジに電話して俺が来たことを告げている。


 マグロの刺身と豚角煮のラフテー、魚のあら汁、もずく。そして泡盛。隣に美香で言う事無し。


 沖縄の夜はオバアの歌声と共に更けていく。

 


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