第151話 財団と漁船

9月13日午後4時。財布に10万円と5000ドルを入れて庭から飛び立つ。30分後に那覇市の88ステーキで1ポンドステーキを注文する。

 店員に顔を覚えられてしまった。ステーキを食べ終わってすぐに離陸。10分程は高度を5000メートルに抑えてマッハ1程で飛ぶ。腹が落ち着いたら高度12000メートルで全開だ。1キロ先の斜め下を飛んでいる民間機を1秒で抜き去る。マッハ4前後出ているのかも知れない。

 20分で高度を落とす。セブが見える。迷うことなく一直線にバランバンの自宅の裏庭に着地する。

 午後5時半だ。飛行服を脱いで玄関に廻る。母親と2人の姉妹はレストランを手伝っているようだ。イザベルと子供達が俺を迎える。寝室で短パンTシャツに着替える。腹が減っている。イザベルと庭先のレストランに行く。

 繁盛しているようでみんな笑顔だ。ポークアドボと魚のフライを食べる。フィリピン料理にも完全に慣れた。慣れれば旨い。他の国と比べてしまうと、フィリピン料理はアジアでは一番不味いかもしれないが・・・。

 イギリスの食べ物がヨーロッパでは一番不味いと言うが、イギリス人はそんな事は無いと言うだろう。それと同じだ。

 足元に子犬の『プチ』が纏わりついて何かくれといってくる。魚のフライを分けてやる。

 兄弟とオヤジが帰って来た。手と顔を洗って俺と同じテーブルに座る。孤児院の工事も学校も頑張っているようだ。俺は食べ終わってレストランから出る。これから客が来る時間だ。庭の椅子に座る。イザベルがビールを持って来て俺の横に座る。俺の肩に頭を載せて鼻歌を歌う。ビールを一口飲んで肩を抱く。西の空は真っ赤だ。


 9月14日。朝から孤児院の工事に参加する。兄弟も今日は土曜日で学校が休みなので一日大工仕事だ。前と同じで力仕事を俺が片づける。コンクリートを作って運び、鉄筋を曲げる。やる事は沢山有る。

 午後4時になり、俺とイザベルは先に家に戻って来た。日本から持ってきた5000ドルを持ってセブシティへ飛ぶ。両替をして約25万ペソを手に入れる。アヤラモールでイザベルの服を買う。お腹が大きくなっても着られるデザインの物を数着選ぶ。約1万ペソだ。バランバンのマーケットなら1着100ペソ以内で何でも買えるが、デザインも品質も全く違う。

 夕食はイザベルの希望で、モール内の日本料理屋で食べる。天婦羅が好きだと言う。

 午後7時にバランバンに帰る。兄弟の使っている古いバイクの調子が悪いと言っている。

 ヤマハの125ccのスクーターのカタログを2人で眺めている。月々3000ペソの支払いで買えると言っているが、よく聞くと36回も払わなくてはならない。総支払額が108000ペソだ。現金なら77000ペソで買える。イザベルは少し反対したが、2人にバイク代を出してやった。2台で154000ペソ。弟は飛び上がって喜び、俺にビールを持ってくる。両替してきた金が、約8万ペソになった。イザベルに渡す。

 深夜0時。イザベルの妹に起こされる。母親の具合が悪いと言う。母親の寝室に行くと、ベッドで丸くなり呻いている。時々腹に痛みが有ったと言うが、今は特別に痛いと言う。イザベルに聞くと胆石のようだ。横になって丸まった母親のお腹に手を当てる。一箇所から冷気を感じる。神経を集中する。3分。痛みが少し引いたようで身体を伸ばして寝られるようになった。更に手を当てて冷気を感じ取る。身体に当てた手の指の間から細かい粒子が立ち上るのが見える。しばらくすると、掌に感じていた冷気が無くなる。

 母親は信じられないと言うように自分の手をお腹に当てる。起き上がって歩き回る。俺の顔を見て抱き着いてくる。心配顔で見ていたオヤジが泣いている。良かった。治ったようだ。

身体の芯に疲れを感じる。この能力を使い慣れていないからだろう。


 9月15日 イザベルに起こされると既に9時になっていた。朝食を済ませて家族全員で教会へ行く。今日の説教は教育と家族愛についてだ。子供を愛しているのならオヤジ共は働けと言う事だ。子供達に教育を受けさせないと、未来が開けないと言う。公立の学校の授業料は無料になっているが学用品は自分たちで買わなくてはならない。酒を買う金を自分の未来に対しての投資だと思って子供の学用品に廻せと言っていた。

 イザベルに提案する。子供達にノートや鉛筆等の学用品を与えてはどうだろうかと。金は日本で集めるので心配ないと言うと賛成してくれた。又、大学に進学したいが金銭的な事情で進学できない子供達の為に奨学金のシステムも作りたいと言うと、ここで財団を作って運営していけばいいと言う。50万ペソで財団の立ち上げは可能だと言う。イザベルが代表になって財団設立に動く事にした。

 日本の状況を考える。日本でも奨学金を受けている学生は多いが、その返済の為に四苦八苦している人達も多い。優秀な学生には返済不要の奨学金を出す財団を作ればいい。金の遣い道が見つかった。将来の日本の為になる。

 イザベルの所持金になっている約1000万ペソから、財団設立の為の50万ペソを出させる。弁護士を雇い、手続き開始だ。

 9月16日 財団設立に動き出す。財団の口座を作り、200万ペソを預金する。財団のスタッフの募集を始める。妹もスタッフとして働く事が決まっている。財団の事は全てイザベルに任せるが、教会が全面的に支援してくれるので、障害は何もない。俺は日本での財団作りを考えていた。スタッフの名前を連ねなくてはならないが、それは全く問題無い。

 イザベルが張り切っている。元々美人の顔が更に輝いている。お腹に赤ちゃんがいるので、無理はするなと言った。

 9月17日 昼食が済むまでイザベルの財団作りの行動に付き合った。バランバン在住の弁護士も張り切っている。働きが良ければ、財団設立後は顧問弁護士になれると匂わせたので、金に拘らずに動いてくれる。街の中心である市場の近くに事務所を借りた。30平米の平屋建ての事務所で車は2台停められる。家賃は月に2万ペソだ。弁護士の知り合いなので安くして貰った。言い値は25000ペソだった。前はウェディングドレス等のオーダーを受けて製作・販売していた所らしく、内装は綺麗だった。休学している子供達への援助の準備も開始する。


 午後2時。那覇に向かって飛び立つ。30分後には漁協売店の美香の顔を見る。笑顔が最高だ。美香の笑顔を見ると、いつもハイビスカスの花を思い出す。4時に美香の仕事が終わるまで時間が有るので、飛行服の下に着ていた短パンTシャツで港を歩く。

 漁協長が俺を見つけて声を掛けて来る。手招きに誘われて漁協の建物に入る。獲れたてのカツオの刺身を出してくれた。一旦建物を出て缶ビールを2本買って来る。漁協長に1本渡して乾杯だ。丸々と太った無精ひげのオヤジだ。ぶっきらぼうだが、人が良いのが笑顔に出ている。年齢は不詳。多分50代後半か。美香の話題になり冷やかされる。

 4時になり美香の仕事が終わる。2人で公設市場に行き肉を買う。ステーキ用のいい肉を見つけ4人分買った。

 家に帰る。オバアが俺の姿を見つけて何か言いながら近寄り抱き着く。相変わらず言葉が分からない。美香が肉を見せるとオバアは何か言いながら、ちょっと怒っている。美香に聞くと、オバアが幾らだったかと聞くので値段を言うと、勿体ないと言って怒っているのだと言う。4人分で約2万円だった。

 夕食は4人でステーキだ。俺がレアに焼き上げる。柔らかい肉だったのでオバアも300グラムを完食だ。俺とオヤジは500グラムを平らげる。

 食後はオバアの歌を聞きながら酒盛りだ。今日の泡盛は宮古島の『菊の露』だ。オヤジは、明日到着する船の事をいろいろ聞くが、良く覚えていない。まあ、いいかとオヤジも酔っぱらう。オヤジが今日獲って来た、小型のイソマグロの刺身がつまみだ。


 9月18日。 朝7時。廻船業者から美香の携帯に電話が入る。那覇に11時前後に到着すると言う。オヤジは朝から漁協に行った。新しい船の置き場の相談だ。美香も仕事に出て行く。

 縁側に座って庭を見る。ゴーヤ(ニガウリ)が生っている。猫が俺の横で寝そべる。オバアの近所の友達が来る。何か差し入れを持ってきたようで皿に載せて俺に持って来る。ミミガー(豚の耳の料理)だ。コリコリしていて旨い。冷蔵庫からビールを取って来る。オバアと友達が居間で話しているが内容は全く分からない。しばらくしてオバアが俺を呼ぶ。どうやら友達は肩が痛くて右腕が上手く動かせないらしい。肩に手を当てて診るが冷気を感じない。右腕をなぞって行くと肘の辺りから冷気を感じる。袖をめくり肘の辺りに手を当てて意識を集中する・・・3分後、冷気が消えた。念の為、肩までゆっくりと手を当てて行った。オバアの友達が腕を動かしてみる。全く痛みが無いようで腕をグルグル廻して笑っている。肘から肩に来る痛みの様だった。

 俺に向かって何か言いながら手を合わせている。オバアも何か言っている。理解不能。

 午前10時。二階堂から電話だ。那覇空港に着いたと言う。レンタカーを借りたと言うので住所を教えた。ビールをもう1本飲んで待つ。半分眠っていると、オバアに起こされる。二階堂と河野が立っていた。二階堂が言う。

「縁側で猫と昼寝なんていいですね」

「ははは。取りあえず上がれ」

 居間に二楷堂と河野が座って冷たい麦茶を飲む。オバアを2人に紹介する。

「この人が那覇一番の歌手のオバアです」

 オバアには、今回の船の手配をしてくれた人だと紹介した。オバアは正座して畳に頭を着けて、お礼を言っているようだ。オバアには港に行くと言って3人で車に乗った。トヨタ・カムリ。なかなか良く出来た車だ。道を聞かれたが分からないのでナビを合わせろと二階堂に言う。

 港に着いたのは11時半になっていた。船は既に到着していて、廻船業者の書類にオヤジがサインしているところだった。オヤジが俺を見つけて歩いてくる。

「トオルさん。凄い船だ・・・エンジンも調子いい。最高だ!」

 笑顔で俺に抱きつき背中を叩く・・痛い。 河野を紹介する。

「オヤジさん。この人が河野さん。この船を手配してくれた人なんだ。礼を言うなら河野さんにだよ」

 オヤジが河野の手を取って握りしめる。早口で何かを言うと分からない。河野が言う。

「あの船を沖縄に持って行くと決めたのは中本さんで修理代金も全部中本さんが出してますから。私はただ船を自由にしていいと言っただけで・・・」

 オヤジは訳が分からないという顔で俺達を見るが、とにかく嬉しいようだ。船籍港は那覇で、オヤジの名前で登録できる。オヤジが聞く。

「河野さんは、どこかの漁業長なんですか?」

 俺と二階堂は噴き出して笑ってしまった。オヤジに言う。

「内緒だけどね、この人は自衛隊のお偉いさんなの。テッペンにいる人」


俺達はオヤジの新しい船に乗ってみた。船内も綺麗にされている。河野が言う。

「これで釣りに行けたら最高だな」

 オヤジが言う。

「釣りが好きですか・・・午後から行きましょう。道具は大したの無いけど」


 オヤジと3人で漁協の売店に歩く。美香に声を掛けて食堂で昼飯を食べる。美香を2人に紹介する。食事が終わって漁協の事務所に行くと釣竿が3本用意されていた。魚を獲り込むタモ(柄のついた網)や氷の入ったクーラーボックスも用意されている。オヤジが頼んでくれたのだ。

 新しい船の試運転と釣りだ。港から出て少し西に走る。魚探で水底が落ち込んでいる駆け上がりを見つけ、釣竿の糸を垂らす。すぐにアタリがくる。さまざまな魚が釣れる。大きくても30センチ位だったが大いに楽しんだ。幅50センチのクーラーボックスの半分まで魚が釣れた。

 

 オバアの家に帰る。俺は美香の軽自動車の助手席だ。2人はカムリで付いてくる。

 美香とオバアで魚を仕分ける。今日食べる魚と干物にする魚。刺身で食べられる魚を捌いて美香が持って来る。

 居間のテーブルを囲んで4人で座る。改めて美香を紹介する。『俺の恋人』。美香が照れて抱き着く。二階堂が美香に聞く。

「いくつなんですか?」

「はたちです」

 河野と二階堂がのけぞる

『犯罪だぁ!』


 夕食はオヤジも加わって6人でテーブルを囲んだ。テーブルには沖縄料理が並んでいる。いつものゴーヤチャンプル(ニガウリと卵、トマトの炒め物)、ラフテー(豚の泡盛での角煮)、ジーマミ豆腐(ピーナッツ豆腐)。モズクと刺身だ。

 河野は沖縄での生活のことを美香に聞く。退官後の事を考えているのだ。

 食事が終わって交代で風呂に入る。風呂から全員が上がると酒盛りだ。オヤジの言葉は酔うと分からなくなるが楽しそうに喋る。時たま河野や二階堂の手を取って笑っている。美香は俺の隣りで楽しそうだ。 

 河野と二階堂は居間に布団を敷いて寝た。俺と美香は深夜になって静かに愛し合う。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


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頑張って書いていきます。今後も宜しくお願いします。


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