第145話 さえ子

昼食が終わって寝室で休んでいる時に電話が鳴る。綾瀬にアパートを借りてやった、さえ子からだ。相談したい事が有るので、綾香やマキには内緒で会ってくれないかと言う。

 E63Sに乗り綾瀬に向かう。都内は軽い渋滞で綾瀬に着くまでに1時間近く掛かる。

 さえ子のアパート近くのコインパーキングに車を止めると午後3時になっていた。

 アパートに行くと、出て来たさえ子が俺を迎え、コーヒーを煎れる。キッチンに立つさえ子の後姿を見る。薄い生地のミニスカートに包まれる小ぶりの尻から形のいい足が伸びている。最近買ったであろう安物の二人掛けのソファーに座って眺める。コーヒーカップを2つ持って、さえ子が俺の左隣りに座る。手が自然に、さえ子の太ももに伸びる。

 コーヒーを一口飲み、さえ子の内腿の感触を楽しむ。彼女が俺の肩に頭を載せて来る。

 腿に置いていた左手で肩を抱く。さえ子が言う。

「熱海の温泉で、2人で露天風呂入ったよね」

「綾香が来て驚いたな」

「又、どこか行きたいな」

「そうだな・・・ところで、相談って何だ?」

「みんなで一緒に住んでた頃が懐かしくなっただけ」

 さえ子がいきなりキスしてくる。ソファーに座っている俺の上に跨る。俺の両手は自然とさえ子の尻を掴む。Tシャツの中に手を入れる。ノーブラだ。Tシャツをまくり上げてオッパイを見る。Bカップ程の形の良いオッパイ。もう我慢できない。さえ子を抱えて寝室に運ぶ。さえ子の服を全部剥ぎ取り、俺も裸になる。さえ子の身体から石鹸の香り。シャワーを浴びたばかりか・・・・。


 苦痛の声が、少しずつ変化してくる。喘ぎ声が大きくなり、さえ子の身体が弓なりになった時に俺も放った。しばらくそのままで余韻を楽しむ。

 とうとう綾香の友達と関係を持ってしまった。経験は少ないようだが、処女では無かったのが唯一の救い・・・

 ズルい考えに苦笑いが出る。

 シャワーを浴びてソファーに座る。冷めたコーヒーを飲んで時計を見る。午後4時過ぎだ。さえ子は、午後6時から中学時代の友人の誕生パーティーに行きたいと言う。俺と一緒に。殆ど全員が彼氏同伴らしい。19歳の誕生日だと言うと、一緒に来る男連中も20歳前後か。そこに還暦を迎えた俺が言ったら親同伴の様になってしまう。さえ子は俺を自分の彼氏だと紹介すると言う。まあ、いいか。


 環七沿いのファミリーレストラン、足立区大谷田の『ジョナサン』に、さえ子をE63Sに乗せて行く。ジョナサンの駐車場に入る。派手に改造された車が数台と、改造されたバイクが数台止まっている。

 空いているスペースにE63Sを入れる。隣には紫色に塗られた旧型のアルファードが止まっている。その前で立ち話をしているヤンキー風の若者達の視線を感じる。

 E63Sからさえ子が降りる。若者たちの視線がさえ子に集まる。若者達の中の1人の女の子が叫ぶように言う。

「さえ子!・・・来てくれたの。久しぶり」

 誕生パーティーの主役、トモミだ。俺も車から降りる。男達の視線が俺に集中。キートンの光沢の有るスーツにノーネクタイのシルクのシャツを着ている。男達が一歩下がる。さえ子が俺を紹介する。

「トモミ・・・私の彼氏でトオル。ちょっと年上だけど宜しくね」

 紫のアルファードの持ち主がトモミの彼氏だ。トモミが彼を『拓哉』だと紹介する。

 女の子は他に4人来ていた。男の数が多く拓哉以外に11人もいる。女の子4人の彼氏以外は、拓哉の後輩だと言う事だ。

 ジョナサンの店内では女の子6人とその相手の6人が、テーブルを3つ並べて座った。さえ子は俺の隣りにいる。後輩達7人は通路分のスペースを開けたテーブル2台に座る。

 ジョナサンに用意させたのか預けていたのか知らないが、バースデーケーキが運ばれ、誕生パーティーが始まった。彼女らの話を聞いていると、中学時代のさえ子は、トモミの子分の様に扱われていたようだが今日は偉そうにしている。さえ子は流行りのバッグをプレゼントで渡した。男達は俺に興味シンシンだ。拓哉が聞いてくる。

「トオルさん、仕事なんですか?」

「コンサルタント・・・って言えば恰好いいけど、相談役ってとこかな」

「ヤバイ方っすか?」

「ヤバイのもヤバク無いのもあるよ」

 ヤクザ関係かと思っているのか。

「すげえ車乗ってますよね。AMGっすよね」

「紫のアルファードもいいじゃないか。何の仕事をしてるんだ?」

「自分は職人っす。今20歳ですけど、16の時から左官屋です」

 男達は全員知り合いで、トラックの運転手、ガソリン・スタンド店員、配管工、自動車修理工・・・いろいろだ。後輩たちは15から19歳で学生もいれば無職もいた。みんなバイク好き、車好きだ。拓哉がリーダーだった。いわゆる地元の暴走族で『修羅』というチームだと言う。隣の金町の暴走族『キングス』と喧嘩が絶えないらしい。今の時代、車好きも珍しい。免許を持っていない若者が増えている時代だ。

 2時間でパーティーはお開きになり、駐車場へ出る。自慢のアルファードを見せてくれる。室内にはシャンデリアが飾られ、ムートンのシートカバーが全席に置かれている。後ろのガラスには『修羅』と描かれたステッカーが貼ってあり、メッキのホイールが磨かれて光っている。中古車を120万円で買い、改造に100万円掛けたと言う。他のメンバーの車も同様にドレスアップされた旧型のエルグランド、ステップワゴン、ボクシー等で、普通車は1台だけ車高が下げられたマークⅡが有った。今の時代、暴走族もワゴン車か。

 後輩たちのバイクも派手に改造された物で、走る為の改造ではなく、目立つ為だけの改造だ。拓哉がE63Sの中を見たいと言うので運転席に座らせた。

「ヤバイっすよコレ」

「どこがヤバイ?」

「まず、シートがヤバイっす。身体が包まれてるって感じで。姿勢が正しくなりますね。何キロでるんですか?」

「300キロ位って言ってるけど、俺は250までしか出したことないよ」

シャコタンマークⅡの拓哉の同級生の男が言う。

「612馬力で、ゼロから100キロが3,4秒ですよね。死ぬまでに一回でいいから持ってみたいですよ」

「よく知ってるな。自分のマークⅡも改造してるのか?」

「ターボのタービン交換とコンピューターチューンで、ダイナモで測ると400馬力出てます。足回りはビルシュタインですけど、セッティングが上手く出てないみたいで、アンダーが・・・」

 走り好きも一人はいるわけだ。拓哉に電話が掛かって来る。何かを敬語を使って断っている。最後に謝る。電話を切って俺に言う。

「ヤクサもんがシャブを売れって煩いんですよ。『キングス』の連中はヤクザもんの言う事聞いて、完全に売人です。それで金儲けて、いい車買って・・・金があるからメンバーも増えてます。ウチは全部でも40人位しかいないけど、向こうは100人を超えてます。下っ端のメンバーにまでシャブやらせて、売人にしてるんですよ」

「修羅のメンバーは薬に手を出してる奴はいないんだな?」

「ウチは薬に手をだしたら除名です。ましてそれを他人に売って金儲けするなんて。ヤクザの使い走りにはなりたくないんで。自分達は、ちゃんと仕事持って、プライド持ってますから」

 見た目と違って結構いい若者だ。ちょっと応援してやろう。

「その薬を売れって言ってくるヤクザはどこの奴なんだ?」

「亀有の『共友会』って組です。多分韓国人がボスだと思います。今日、ブツが入ったから取りに来いって」

「事務所の場所は分かってるのか?」

 拓哉が一人の後輩を呼ぶ。一度、事務所に連れて行かれたらしい。場所は亀有駅前のヨーカドーの向かいに建つマンションで7階の一室だと言う。さえ子の母親を思い出す。彼女の男が扱っていた薬も同じ出所かも知れない。

 拓哉に売人の電話番号を聞き、二階堂に伝えた。又、亀有ですかと言ったが、今回は偽厚生省ではなく直接警察に話を持って行くと言った。

 3分後、折り返しの電話が有り、警察はすぐに動くと言う事だ。共友会に手入れが有るから心配するなと拓哉に伝える。

「トオルさん、警察関係の人なんですか?」

「全然違うよ。仕事柄、知り合いが多いだけだ・・・ヤクザ連中は警察が片づけてくれるから、キングスの連中に、ちょっとお仕置きするか。連中のたまり場は分かるか?」

「知ってますけど、ヤバイっすよ。いつも20人以上が溜まってますから」

「いいから連れてけ」

 さえ子と女友達はジョナサンで待たせ、拓哉が俺を連れて行ったのは、隣りの金町駅北口から徒歩15分程にある1件のスナックだった。小さな一戸建てだ。店の前が5台分の駐車場になっている。

 俺を含めて13人がアルファードとエルグランドに分乗して行った。全員が不安げだ。

 店の駐車場には既に4台の車が止まっている。金色のセルシオ。旧型メルセデスSクラス、シボレー・アストロ、サイドに炎のペイントのアルファード、数台のバイク。総じて『修羅』のメンバーの車よりは高そうだ。金色のセルシオが『キングス』リーダーの『リュウ』と呼ばれる男の車だと言う。スナックの店主の女は、キングスから薬を買っている中毒者で自分でも客に薬を売っている。


 12人の『修羅』のメンバーを車に残して俺1人で店に入る。店内には20人近い男達と派手な格好の若い女が3人。全員の視線が俺に集まる。カウンターに進み、中の店主らしき女に言う。

「ここに来ると元気になるって聞いたんだけど」

「ここはメンバー制のスナックなの。ごめんなさいね」

 周りの男達が笑う。毒々しい化粧の10代と思われる女が言う。

「オッサン、ピンサロでも行けば?」

 全員が笑う。女の方に歩いて前に立つ。

「お前、ピンサロ壌か? ここで咥えるか?」

 男達が立ち上がる。

「ジジイ、もう1回言ってみろ」

 1人の男が俺の襟首を掴もうとする。手首を捩じり上げてカウンターへ投げ飛ばした。派手な音を立ててグラスが割れる。

 男達が俺に殺到する。3分後には奥のソファーに座っている1人を除いて床に倒れていた。1人は窓ガラスを破って外に投げ出していた。女達3人はソファーの男の後ろに逃げている。 ソファーに座っていた男が立ち上がって言う。

「お前、誰なんだ? 俺が誰だか分かってやってるのか?」

 笑いが込み上げる。手に銃を持っている。ここまで来ると只の不良とは言えない。念力で動きを止め、無言で男に近寄る。銃を取り上げた。38口径のリボルバー。回転弾倉を横に開くと5発の銃弾。念力を解放する。男は銃を持っていた筈の自分の手を見ながらソファーに座り込む。目はテーブル上のフルーツナイフを見ている。俺は男の向かいに座った。

『修羅』のメンバーが店になだれ込んで来て、床で呻いている男達を蹴る。

 修羅のメンバーには、手袋をして指紋を残すなと言っていた。

 ソファーに座っている男に言う。

「お前がキングスのリュウなのか?」

「だったらどうした!」

 頬を叩いた。避ける暇は与えない。鼻血が出て来る。

「年上の人間が聞いてるんだ。言葉遣いに気をつけろ」

 俺が『修羅』の連中を見た隙にリュウはナイフを掴み、体当たりしてくる。俺の左拳がリュウの顔に伸びた。カウンターパンチを鼻の下に受けたリュウは、ソファーの背もたれにのけ反る。上の前歯が全部折れて間抜けな顔になる。顔の下半分が血まみれだ。リュウの手をテーブルの上に押さえ付け、床に落ちたナイフを拾い、彼の手の甲に突き立てた・・・絶叫。

 修羅のメンバーに命じて、店内すべての場所と見に着けている服を探り、薬を見つけさせる。小さなパケと呼ばれる包みが40個見つかった。数個はカウンターの内側に隠してあった。男女問わず全員をガムテープで縛り上げる。

 店から110番に電話する。覚醒剤のパケをカウンターとテーブルに載せて店を出た。

修羅のメンバーは、キングスの連中が持っていた財布から現金を抜いてきたようだ。


 帰りの車では全員が明るい。俺は拓哉のアルファードの助手席に乗っていた。運転している拓哉が俺に言う。

「トオルさん、メチャクチャ強いですね。坊主頭の奴、アマボクシングでチャンピオンになったんですよ。喧嘩無敗のクソボウズ。あいつがダウンしてるの初めて見ましたよ」

「そうか・・・あの店にいた奴ら以外で力の有る奴はいるのか?」

「主力メンバーは、あれで全員です。あとはウチから流れて行った奴や、根性無しばっかりです。ホント助かりました」

 ジョナサンに戻って、今度は祝賀会だ。俺が主役になってしまう。さえ子は誇らしげに俺に抱き着いて、乾杯の音頭を取る。下らないが、若い連中と一緒は面白い。

 


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