第144話 ドナルド
総理官邸に午後6時半に着く。自衛隊3幕僚長はにこやかに話しているが、つい今まで激論が続いていたと二階堂が言う。ドバイに行く前に、松濤の俺の家で話していた内容で軍備の増強が決まっていた。幕僚長達は総理と、既に出来上がっていた話をしていた訳だ。
飛行機の中で食べ過ぎて眠気が襲う。コーヒーを飲みながら話を聞く。自衛隊の装備増強の話から節税に話が向かっている。うまいぞ総理。新規高速道路は全面中止。工事中の道路も全体の90%が完成しているもの以外は、国の予算は今後出さない。公職からの天下りの禁止。防災に関する工事を含めて、税金を投入する全ての工事案件の再調査。自衛隊員の給料の見直しと新規募集案。出生率増加の為の、第2子からの公的補助。まるで国会の様相になってきた。天下りの禁止案には田村がしきりに汗を拭く。
午後8時10分。トランプ大統領が首相官邸に到着する。会議室に入って来たトランプ氏は安倍総理と握手し、次に他の政府関係者を無視して俺の方に歩いて来て手を出す。握手して言う。
「提案ではなく要請だったからな・・トールには逆らえないよ。今後も協力関係を持って行きたい。イランの件は助かったよ」
最後の部分は耳打ちだった。会議室に集まっている全員が俺を見ている。
全員が席につき、マスコミを会議室に入れる。人数制限を掛けたそうだが、それでも100人を超える取材陣だ。俺は部屋を出た。トランプ大統領の補佐官が俺に近づく。
「調印式の後、大統領が中本さんと個人的に話をしたいそうなので、待っているように」
大統領の側近まで偉そうな口を利く。
「嫌だよ。これから飲みに行くんだから。話があるんなら、そっちが来ればいいだろ。二階堂に聞けば場所は知ってるよ」
呆気に取られる大統領補佐官を後にして銀座に向かった。
アンが水割りを作る。着物が板に付いている。うなじを大きく開けたりはしない。夜鷹では無いのだ。
午後9時。客は他に2組の5人がいる。繁盛していると言っていいだろう。
「トオル。例の株はいつ頃上がりそうなの?」
「明日か明後日には上がるよ。楽しみに見てな」
3杯目の水割りに口をつけた時に2人のSPを連れたトランプ大統領と二階堂が入って来た。真っすぐに大統領が俺の方に歩いてくる。店内がザワつく。
「トール・・・大事な話がある」
俺の横、アンの反対側を手で示して座らせた。二階堂が俺の正面に座る。SP2人は近くに立っている。
「まず一杯飲んだらどうだドナルド。スコッチか?」
「ストレートで、氷は後から」
バーテンがロックグラスを持って来る。俺がグラスに響をそそいでやった。 一口飲む。
「旨い・・・サントリーか」
グラスの氷を入れて、響を注ぎ足してやる。俺が言う。
「日本はウィスキーもメシも旨いんだ」
トランプ氏が笑うが、表情を変え俺に向いて座り直す。
「トール・・・日米安保条約は無くなり、対等の同盟国になった。しかし、日本の軍は『自衛隊』セルフディフェンス・アーミーという形を変えていない。憲法をすぐには変えられないんだ。俺が期待しているのはトールの協力だ」
「前に言った通りだよ。内容と報酬で俺は動く」
「分かった・・・今度、アメリカに招待するから、是非来てくれ」
「あんたも忙しいだろ、ドナルド。無理するなよ」
俺がホワイトハウスに押し入った話になり盛り上がった。アンはトランプ氏と俺の写真を撮り、自分も加わって3人で写真を撮る。彼はシャンパンで乾杯したいと言うので、ドンペリ・ピンクを2本抜き、その場の全員で乾杯した。トランプ一行は30分で店を出て行く。アメックスのブラックカードで50万円を支払って行った。
トランプ一行を下まで送って行ったアンが帰って来る。店の前の並木通りは警察の警備車両で通行止めになっていたと言う。人騒がせな大統領だ。
アンが俺に聞く。
「何でアメリカ大統領がウチの店に来るの?何でトオルが知り合いなの?」
「俺はコンサルタントだから、アメリカの相談にも乗ってやってるんだよ」
アンが首を振りながら言う。
「どこまで本当なのか全然分からない・・・あなた凄い人なのね」
「ベッドではもっと凄いよ」
アンが俺の膝を叩く。他の席の客が名刺を持って俺に挨拶に来る。大商社の部長と建材会社の社長だ。俺はコンサルタントの名刺を渡した。
商社の男が言う。
「これをご縁にお付き合いを」
俺は、ビジネスの相談と問題解決に力を貸していると言った。最低請負額は1億円と言うと、商社の男は食い付いてきた。最低1億円の仕事しかしないと言う事は、それなりの大きな仕事をしているからだ。
9月3日。午前9時。帝国ホテルのベッドで起きる。ソファーではアンがスマホを操作している。証券会社のトレードページを見ていた。俺が起きたのに気づき言う。
「三菱重工もIHIも凄い上がり方・・・ニュースで在日米軍撤退って出てるけど、これが原因?いつまで上がるの?」
「あと2・3日は上げると思うよ。その後でドーンと下がって、今度は長期でジワジワと上がる。欲をかかないで明後日位に売って、下がったら又、買えばいいよ」
アンは頷いてスマホをテーブルに置き、裸になりベッドに戻って来て抱き着く。下から見上げるアンもいい。程よい大きさの形の良いオッパイが揺れる。アンは好きなように腰を動かし、自分で頂点に達する。俺も合わせて放つ。
午前11時。松濤の自宅に帰る。玄関への階段を登る足音をパオが聞きつけて吠える。玄関ドアを開けると飛びついてくる。幸恵が出て来る。
「おかえりなさいませ。綾香ちゃんとマキちゃんはベルリッツに行っています」
「そうか。何時に帰って来る?」
「昼ご飯はウチで食べるって言ってたんで12時には戻って来ると思います。お昼は何か御希望は有りますか?」
一番いいステーキ肉を買って来てくれと言い、5万円を幸恵に渡した。娘達と俺は500グラム食べると言う。神原の分も含めて5人前を頼む。娘達が戻ったら一緒に食べると言って寝室に向かう。
金庫にUSドルを戻し、財布に日本円を100万円入れる。金庫には65900万円と35000ドル。口座には207億700万円が確認できる。
普段着に着替えてリビングに戻る。パオが遊んでくれとクルクル回る。庭に出てボールを投げて遊ぶ。投げたボールを取って来て俺に渡す。又、投げる。20回も繰り返すと疲れて俺の横で寝そべる。幸恵が、暇が有ると躾をしているので賢くなった。座れ、マテは完璧に出来る。外を歩く時も左側について歩くが、興味の有る物を見つけると、ついつい引っ張ってしまうと言っていた。無駄吠えもしなくなってきた。家族の誰かが帰って来た時は別だが。
冷蔵庫からビールを持ってきて庭の椅子に座る。テーブルのパラソルを開いて日陰を作る。パオはテーブルの下に座って俺を見ている。パオに話す。
「いつまで俺の能力が続くんだろうな・・・お前、どう思う?」
一生懸命に俺の言葉を聞いているが理解できないようで、首を傾げる。俺の膝に前足を掛けて来る。水をやるのを忘れていた。
「ごめんな。水を忘れてた。今、持って来てやる」
ステンレスのボールに水を入れてテーブルの下に置く。一心不乱に水を飲んでいる。
「お前は警察犬になれなくて良かったな。ここで、ゆっくり暮らせるからな」
神原が1階から外階段で庭に上がって来る。笑顔だ。パオが尻尾を振っている。
「お帰りなさいませ。パオとお話し中でしたか?」
「人生を語ってた」
「パオはなんと?」
「なるようにしか、ならないってさ・・・」
2人で笑った。
娘達と幸恵が、ほぼ同時に帰って来た。一気に賑やかになる。幸恵は500グラムの肉を3枚と300グラムを2枚買って来たと言う。100グラム1800円もしたと言い、自分達も食べるので恐縮して、俺に釣りを渡した。
旨い肉だった。神戸牛のサーロインだと言う。綾香とマキは100グラムずつを残してパオに与えていた。英語の勉強は楽しいと言う。
幸恵はパオに友達が出来たと言う。近所にいるハスキー犬で名前が『ドナルド』だという。
ゆうべ、シャンパンで乾杯したドナルドを思い出した。
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