第142話 日米安保条約

8月30日。

午後6時。二階堂と吉原のソープから出て来る。浅草のキラク苑で焼肉を食べる。俺は運転しないのでビールを飲む。この為にソープの室内で勧められた飲み物には手を出していない。

 焼肉の支払いをする時に二楷堂に給料を払っていないのを思い出し、50万円を財布から抜き出して渡す。二階堂も、今月だけで1億を超える臨時収入が有ったので要らないと言うが、これはこれだ。ソープと焼肉で23万円を遣っていたが、財布にはまだ17万円入っている。

 腹が膨れたので松濤の家に帰ると言ったが、総理官邸に8時に行く事になっているらしい。時間が早いので、二階堂は赤坂の事務所に行こうと言ったが、総理官邸に行く事にした。官邸のコーヒーが旨いのだ。JIAのコーヒーは一度飲んだが不味かった。


 午後7時半に総理官邸に着く。応接室に通され、コーヒーを頼む。焼肉屋で、ビールをジョッキ1杯だけにしておいて良かった。二階堂はどこかに消えた。

 8時10分。安倍総理が応接室に入って来る。相変わらずデカイSP2人が一緒だ。

 挨拶が終わり、安倍総理が本題を切り出す。

「二階堂さんから安保終結のアイデアは聞いていますね?」

「いいと思います。1945年に敗戦してから、やっと本当の独立国になれますね」

「ここに来る前に二楷堂さんと中本さんの会話の録音を聞かせて貰いました・・・消費税20%に所得税無しとは驚きのアイデアですね。北欧の国の様な福祉国家にするには、今の日本の政治体制を根本から変えないと無理ですが」

「あれは前から思っていた事なんですよ。税金を払いたくない奴らは沢山います。でも、金を幾ら隠しても遣う時に税金を払う訳だから関係ないですよね。脱税を取り締まるための人件費やマンパワーを他に廻せば人手不足も多少は解消するし悪い事は無いですよ」

 二階堂が戻ってきて俺の隣に座った。総理が続ける。

「中本さんの言う通りで・・・公共工事に関しては贈収賄の温床となっていたのは事実なので、厳しく取り締まっていきます。 安保の件ですが、今年中を目安に骨組みを決めて、来年3月には条約解消に持っていければと思っています」

「ずいぶん、のんびりしてますね」

 二階堂が口を挟む。

「これには、いろいろな根回しも必要ですから」

「根回しなんて政治家みたいな口を利くな! 総理。米軍が出て行くのは徐々にでもすぐにでも良しとして、条約は直ぐにでも解消して、米軍が引き続き基地を使いたい場合は正当な額の使用量を払わせればいいでしょう」

「それは理想ですが・・・」

 ポケットから電話を出した。『ドナルド』に電話する。ワシントンは朝だ。スピーカーで会話を聞こえる様にしている。

「おはようドナルド。日本のトールだ。元気かい?」

「おはよう。ひさしぶりだなトール。こっちは元気だ」

「急な話だけど、日米安保条約を解消したいんだ。ここに安倍総理もいるよ」

「トール。ちょっと待て。1960年からの新安保を、又新しいのに変えるのか?」

「そうじゃなくて、完全に条約を無くして、日米はただの同盟国になるって事だよ」

「米軍が居なくなったら日本の防衛はどうするんだ?中国と何か有ったら自衛隊だけで日本を守りきれるのか?」

「問題ないよ。今でも日本は十分な装備を持っている。おたくらアメリカから大量に買わされたからな。不足している部分は徐々に補っていくよ」

「トール。在日米軍と同等の軍事力を整えるのに3兆円以上が必要だって分かってるか?」

「ドナルド。それはアメリカが、あっちこっちに口出しするのと同等にしたらって事だろ。そんな必要は日本には無いよ。隣国に対しての戦闘準備だけなら、その半分以下で済む筈だ」

「日本の議会ではいつ決まるんだ?安保解消は」

「日本では何も決めない。アメリカ側が条約解消を決めるんだ。調印式は9月2日、3日後に日本の総理官邸だ。調印式の後にも基地を使いたい場合は、地権者から承認が得られれば、正当な家賃を払って使える。地権者の同意が無ければ基地から出ていく。取りあえず9月10日までは引き上げの期間として家賃は免除する・・・いいだろ?」

「調印式が日本で3日後で引き上げが9月10日だと?それは脅しか?気は確かか?・・」

「脅しじゃない、要請だよ」

「断ったら?」

「出て行って貰う。同盟国なんだから話し合いで決めたい所なんだけどな・・・北朝鮮の核も無くなったし、アメリカはフィリピンのスービック海軍基地やクラーク空軍基地だって使えるんだから。もちろん基地移転の費用はそっち持ちだよ」

「何かアメリカ側にも利益になる事が・・・ペルシャ湾のイランを痛めつけてくれないか?」

「いいけど、それは別の仕事としてなら引き受けるよ。報酬は?」

安倍総理が横で小声で言う。『それは日本の為にもなります』

「トール・・・これは日米双方の為だから10ミリオンだな」

「撃墜された、おたくの偵察機1機分にもならないけど、まあ、いいか。税金が掛からない金でね。じゃあ、9月2日には東京の総理官邸で調印式を忘れずにね」

「分かった。安倍総理に宜しく」

 電話を切った。2人は言葉が出ないようだ。二階堂に言う。

「根回しなんて要らないんだよ。 総理、細かい事は事前に話し合っておいて下さい」

「そうだな。早速、調印内容の草案を作らせる。中本さんには大きな借りが出来ましたね」

「前に貰ったお菓子類を、又、送って貰えますか?」


 安倍総理と二階堂は官邸に残って作業開始だ。官房長官の菅と自衛隊3幕僚長が前後して駆けつける。俺はタクシーで銀座に向かう。

 アンの店『夢路』に着いたのは午後10時近かった。店内をグルリと囲むようなU字型のソファーには客がイッパイだ。繁盛している。カウンターに座ると、店長兼バーテンが俺のキープボトルを目の前に置く。

「繁盛してるな」

「お蔭様で。女の子達が前の店の客を引っ張ってくれるんで助かってます」

アンが横に来て、俺の水割りを作る。

「ごめんね、混みあってて」

「結構な話じゃないか。俺は一杯飲んだら先に行って待ってるよ」

「分かった。部屋番号送るの忘れないでね」

 店を出て帝国ホテルに向かう。夢路の代金は要らないとアンが言った。


 ホテルの部屋に落ち着き、アンに部屋番号をラインで送る。グーグルマップでイランの位置を調べる。ペルシャ湾の向かい側にアラブ首長国連邦のドバイが有る。ここまで飛行機で行けば後は簡単だ。東洋旅行社に電話する。24時間営業の不思議な旅行社だ。


 8月31日、明日の22時成田発のエミレーツ航空でドバイ着が9月1日の3時40分。帰りが9月2日2時40分ドバイ発で同日の17時35分成田着だ。ファーストクラスが取れた。往復で151万円。カードで決済して貰う。ホテルもついでに探してもらう。映画によく出る、ヨットのセールの形をしている高層ホテルと言うと、すぐに『ブルジュ・アル・アラブ・ジュメイラ』だと言われた。

 高層階のパノラミックスイートを予約する。2泊で36万円だ。思ったよりも安かった。これもカードで決済。早朝の到着だが、空港までの送迎もしてくれる。

 地図でホテルとイランとの距離を確認する。イランの近い場所で約200キロ。5分も掛からない。移動式のミサイルが主だと言うので、沿岸部を流しながら破壊していくのがいいだろう。運よくミサイル基地を見つければ破壊する。

 ドアをノックする音。着物姿のアンが来た。IHI(石川島播磨)の役員が飲みに来ていたと言う。IHIはロケットに関わっているが、もちろん兵器の開発と供給にも大きく関わっている。自衛隊の富士総合火力演習には役員が揃って出席している。部門の売り上げが思わしくないと言って、グチを言いながら飲んでいたらしい。

 アンに言う。

「三菱重工やIHIの株を買っておきな。これから驚くほど上がるよ。他には絶対に秘密だけどね。金を売って、有り金全部株にしておけばいいよ」

 アンは理由を聞かない。こう言う話は、銀座でたまに出るのだ。

「来週一番で買っておく。絶対に確かなのね?」

「損したら俺が補填してやるよ」


 一緒に風呂に入り、ベッドで愛し合う。


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