第141話 トヨタの米、日産の大根
8月29日
朝9時。オバアがご飯をよそってくれる。焼き魚とみそ汁。外は日差しが強い。
ゆうべの夜半過ぎに台風は過ぎた。暴風の屋根の下で美香と抱き合った。起きると美香もオヤジも出掛けた後でいなかった。
朝食の後で、俺が寝ていた部屋の窓に打ち付けて有った板を外して、オバアの指示に従って整理する。
オバアと庭を掃除する。折れた木の枝や飛んできたゴミを集める。オバアは鼻歌を歌っている。昨日の猫が縁側で俺を見ている。
片付けが終わると昼前になっていた。美香に電話する。家族全員でステーキを食べに行く事にした。
12時過ぎに美香の軽自動車をオヤジが運転して帰って来た。俺が助手席に座り、美香とオバアが後ろに座った。88ステーキ。石垣牛のステーキを4人で食べる。俺はビールをジョッキで1杯だけ飲んだ。
オヤジは午後から漁に出ると言う。一昨日から海が荒れ始めたので2日間収入が無い。俺も連れて行ってもらう。
台風が過ぎたばかりなので波が高い。西に進み前島に向かう。小さな船は波に翻弄されてなかなか前に進まない。
海面を見つめる。大型の魚が見えて来る。オヤジに声を掛けて飛び込んだ。船から飛び込むときにオヤジの叫び声が聞こえる『やめろ!』
水深10メートル。小魚を追いかけるマグロが見える。念力で捕まえて眼の後ろ側に光の玉。50キロ以上の大物だ。一度浮上してオヤジの船に向かう。波が高いので水面を泳ぐのは大変だ。3メートル程潜って泳ぎ着く。船にマグロを投げ込むとオヤジが目を丸くする。短いロープを貰い、もう一度潜る。水深10メートルに50センチ程のカツオの群れ。念力で数匹の動きを止める。カツオのエラから口にロープを通す。5匹が鯉のぼり状態だ。何度か繰り返し、18匹のカツオをロープに付ける。浮上しようとした時に大きなマグロが向かってくる。念力と光の玉で仕留める。100キロの大物だ。浮上して水面でオヤジに手を振る。オヤジの船が近寄り獲物を上げる。俺も船に上がる。オヤジは俺の肩を抱いて口を大きく開けて笑う。俺も笑った。
サンシンとオバアの歌。今日は、ちょっとだけ高級な泡盛だ。オヤジには50万円を超える収入が有ったのだ。
獲ったカツオが刺身になっている。オヤジも一緒になって歌う。美香も俺の隣りでほろ酔いだ。
二階堂から電話が掛かって来る。
「沖縄で何してるんですか?」
「カツオを食べてる」
「明日、昼には帰って来て下さい。今度は・・・」
「分かった分かった。明日帰ればいいんだな」
電話を切った。美香が俺の膝に手を置く。オバアの歌が優しく、悲しく響く。
8月30日 朝7時。朝食を美香と一緒に食べる。美香の出勤に合わせて俺も東京へと飛び立ち、松濤の自宅に9時前に着く。
庭に出ていたパオが飛び掛かって来て俺の顔を舐める。又、大きくなった。身体の茶色の部分が多くなっている。パオの声を聞きつけ幸恵が庭に出て来る。庭に転がる俺を見て笑って言う。
『お帰りなさいませ』
シャワーを浴びて2度目の朝食だ。パンとソーセージと目玉焼き。コーヒーは要らないと言い、ビールを片手に寝室へ行く。金庫の中身を確かめる。6億6000万円。口座には総額196億4800万円。財布には90万円。ベッドの横に置いてあるマッサージチェアーに座る。背もたれを少し倒して、一番ソフトに設定してスイッチを入れて眠る。
綾香とマキに起こされた。マッサージチェアーからベッドに倒れ込み、じゃれ合う。
昼食は幸恵の手作りの餃子とチャーハンだった。娘達も餃子作りを手伝った。彼女達が包んだ餃子は形が不揃いなのですぐに分かる。
午後1時。二階堂が来て応接間で話を始める。総理とJIAの話で、日米安保条約を終結させる話が出ていると言う。
二階堂の話では、現在の日本の防衛費が約5兆円。米軍が完全撤退して、日本が同様の軍備をすると約3兆円が必要だ。今現在、米軍の駐留経費の8割以上を日本が負担している。計算方法にもよるが、その額は3000億円に上る。軍備の為に消費税を1%上げれば、その殆どを賄えると言う。俺は言った。
「簡単に消費税を上げるんじゃなくて、無駄を省く事を考えればいいじゃないか。1時間に数台しか車が通らないような高速道路を日本中に作るのを止めればどうだ?それに、山に穴を空けて新しいリニアだか新幹線だかを通して、関西までの時間短縮がそんなに重要か?夏場に電力が足りないからって、使用済みの放射性廃棄物の捨て場もないのに、何で原発を作るんだ?たまに停電したっていいじゃないか」
「理想はそうなんですが・・・」
「理想を実現させるのが政治家だろう?次の選挙の事ばっかり考えてるから日本はいつまで経っても良くならない。どうせ消費税を上げるなら、いっそのこと20%にして、所得税を無くしたらどうだ?いくら金を稼いでも、隠しても、遣う時に税金を取られる。所得の少ない人は遣う金も少ないから税金の支払いも安いだろ。税務署員も90%は要らなくなる。税務署員で希望する人は軍隊に入れる。軍備も年金も何も問題が無くなるよ。余った金は医療や教育費に廻せる。先進国って言われてる中には医療費や教育費が無料って国が沢山あるよ。ダメな部分をアメリカの真似をすることは無い」
「今の会話を録音させて貰ってます。済みません、黙っていて。これを総理に聞かせてもいいですか?」
「構わないよ。俺の本音だから。日米安保の話だったな。それが無くなって初めて本当の独立国になるような気がするよ」
二階堂がポケットからレコーダーを取り出してテーブルに置いた。
「ボス・・・俺もそう思います。セブの田舎の暮らしを見せて貰ってから考えが変わりました。日本と比べると不便な事だらけでしたが、あそこでは、みんな笑っていましたね。何でもかんでも便利にする、その影響で何かが犠牲になっているのが現代人には分かっていないんですね」
「そうなんだ。自然に寄り添った暮らしを捨ててしまったからな。24時間営業なんて要らないんだよ。朝、明るくなったら起きて、暗くなったら電球を一つ点けて食事して、ちょいとテレビでも見て寝ればいいんだ。出生率も上がるだろ。電力が足りないって言うなら電気代を3倍位にすればみんな節約するだろ。オイルの輸送ルートがどうのこうのと、生命線だって騒ぐけど、発電量が下がれば石油の需要も減る。ガソリンの値段も3倍にすれば自家用車も減る。車が売れなくなって、メーカーが要らなくなった従業員は農業に従事すればいいんだ。自動車会社が農場をやる。食料自給率も上がって言う事無しだ。白米はトヨタだけど、ヤッパリ大根とニンジンは日産だな、芋はマツダで、小麦はホンダに限る・・・なんて面白いじゃないか」
二階堂が汗を拭く。
「ボス・・・突っ走り過ぎです」
「そうか・・・頭を冷やしに行くぞ」
「どこに行くんですか?」
「吉原に決まってるだろ」
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