第140話 平和

8月28日

家の工事が終了した。ガレージもレストランも綺麗に出来上がっている。

 朝食が終わって、イザベル達女性陣は買い物だ。レストランで使う物を買い出しに行っている。兄弟は電気工事の学校の入学手続きに行った。オヤジは木の間に吊ったハンモックで揺られながら寝ている。俺はビール片手に浜に行く。流木に座って海を眺めながらビールを飲んでいると、いつの間にか子供達が7人、周りに座っている。

 英語を話せる『チビまるこ』が俺に言う

『昼間からビールはダメだよ。お父さんとお母さんも喧嘩して、お父さんは居なくなった』

 酔っ払いオヤジは家を出てしまったのか。

 子供達に、朝ご飯を食べたかと聞くと空腹だと言う。近くの何でも屋に連れて行く。パンを売っていたので2個ずつ選ばせる。俺はビールを買った。

 全部で90ペソだ。金を持っていないので後で払いに来ると言った。近所では俺は有名人になってしまっている。酔っ払いの金持ち日本人だ。家へと歩く。

 近所のオバサンが俺を呼ぶ。グラスを俺に差し出す。白濁した液体。グラスを受け取り一口飲む。ココナツの酒だ。自家製のようで、大きなカメに入っているのを見せてくれる。椅子を勧めるので座ってもう一杯。

 いい気分だ。何を言っているのか分からないが、可笑しくて笑う。オバサンも笑う。声を聞きつけた隣のオバサン達も加わって5人でココナツ酒を飲む。隣のオバサンが持ってきた、茹でたオクラが旨い。『マサラップ』(旨い)、と言うと家に戻ってオクラを20本ほど持ってきてくれた。

 ココナツ酒を5杯程で完全に酔っぱらった・・・巨大ロブスターと戦っている夢を見る。

イザベルが俺を応援している・・・・

 応援しているのではなかった。俺を起こしている。

 近所の家で寝てしまったらしい。彼女に手を引かれて家に戻り、庭の椅子に座った。

 女性陣が俺を見ている。イザベルが言う。

「みんなでトールを探してたんだから・・・水飲む?」

「ビールがいいな」

「ダメ!」

全員で声を揃えて言う事はないのに。


昼寝から覚めると夕方だった。庭に出る。オヤジは網を仕掛けに行っているらしい。兄弟は建築資材の残りや、庭に散らかったゴミを片づけている。母親と姉は車庫でガレージセールの商売中だ。潰れたスポンジマットレスは既に全部売れたと言う。ガラスが割れて無くなった食器用のキャビネットの値段交渉中だった。ガタの来たテーブルを巡って2人の客が言い争っている。イザベルが、それを見て笑いながら車を洗っている。妹は乾いた洗濯物を子供達と取り込んでいる。洗濯物に向かって背伸びする妹の後ろ姿がとても良い。セクシーだ。確か20歳。何回聞いても名前と歳を覚えられないが、男が上から30歳、25歳。姉が27歳でイザベルが23歳で妹が20歳だ。

 イザベルが俺の前に来て言う。

「サリサリ(何でも屋)でビール買ったでしょ。さっき集金に来たよ。100ペソ払っておいた。近所で昼間からビール買わないでね」

 忘れていた。失敗。

 明日はここを出て日本に向かう。沖縄の美香とオバア。オヤジは元気だろうか。

  

8月29日。朝食後、イザベルに見送られて裏庭から飛び立つ。

 30分後、沖縄上空で高度3000メートルから下を見る。雲が厚く暗い。那覇漁港の売店の裏に降り立つ。暴風雨だ。ツナギの飛行服の上を脱いで売店に入る。完全休業状態だ。美香を見つける。

「台風が来るから大変なの。みんな船を上げるので大忙し」

 疲れているが元気そうな顔だ。

 漁協の事務所が慌ただしい。船台に載せた船を引き上げる電動ウィンチが壊れたようだ。四駆の車でもスリップしてしまい、大きな船は引き上げられないと言う。美香と港のスロープに向かう。雨で濡れるのは無視する。

 5トンクラスの船台に載った船をパジェロで引いているが、4輪がスリップしている。スロープには雨水が大量に流れているので無理だ。俺はパジェロを後ろから押した。船台が上がり始める。動き始めれば大丈夫だ。順番待ちをしている4隻の漁船を同様に陸に上げる。最後から2番目が美香のオヤジの船だった。

 台風への備えが終わり、漁師たちは漁協の事務所で濡れた頭と顔を拭く。美香の身体は雨合羽を着ていたので何とも無いが、俺はずぶ濡れだ。漁協長が泡盛のお湯割りを俺に持ってきて何か言うが、よく分からない。


 美香の車で家へと向かう。電話をしてあったのだろう。オバアが風呂を沸かしておいてくれた。シワだらけの顔で、濡れるのも構わずに俺に抱き着いてくる。美香が慣れた手つきで雨戸を閉めて板を打ち付ける。俺の出番は無いと見定めて風呂に入る。

 裸電球で黄色く照らされて風呂に入る。美香が缶ビールを持ってきてくれた。オリオンビールだ。風呂場の小さな窓にも外から板が打ち付けられる。外の風の音は大きいが、ビールが旨い。

 風呂から出て、オヤジの短パンとシャツを着て居間に出る。オヤジか帰って来た所だった。俺に向かって歩いて来て両肩を掴む。知らない人だったら悲鳴を上げる人相だ。

「トールさん・・・ありがとう。あんたには何回助けられるか。私らの恩人だ」

 腹が減っていたので掴まれた肩が痛い。

 昼食は豚の角煮とアバサー汁(魚のハリセンボンのみそ汁)だ。

 もちろんオバアのモズクも出て来る。強風で雨戸がガタガタいう中での暖かい食事。オバアが言う事を美香が通訳する。

「切ったハリセンボンがそのまま入ってるから、トゲに気を付けてって言ってる」

 出て来た物が全部旨い。それを言うとオバアがニッコリと笑う。

 腹が膨れると眠気が襲ってくる。座布団を枕にして眠る俺の足に猫が擦り寄って寝る。

 一緒に昼寝だ。美香とオヤジは何か用事があるようで再び出て行った。


 昼寝から起きる。見るとオバアがうちわで俺を扇いでいる。扇風機でいいのに。起き上がり、オバアの肩を揉んでやった。何かブツブツ言っているが理解不能。多分気持ちいいと言っているのだと解釈する。

 美香が帰って来る。俺達を見て一言。

「いいなぁオバア。肩揉んでもらって」

俺の方を向いて手を合わせるオバアは泣いていた。オバアの肩を抱いた。

 オバアが何か言う。美香が通訳。

「こんな平和な時代まで生きて居られて幸せだって。トールは自分の息子みたいだってさ」


隣で猫が『ニャー』と鳴いた。

 


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