第139話 日本からの客
8月26日
朝9時にイザベルと海岸に行く。網を上げて来るオヤジを待つのだ。浜に2人で座っていると近所の子供達が俺達を取り囲むように座る。『チビまるこ』のような顔の女の子が一生懸命俺に話しかけてくる。
日本の食べ物の事を聞いてくる。日本人は魚を生で食べると言うと、薪が無くて焼けないのかと言われた。おかしくて答えに詰まる。
オヤジのボートが帰って来る。浜に乗り上げたオヤジの顔が冴えない。今日は掛かった魚が少なかったのだ。5分で売り切れてしまう。オヤジに言った。
「もう一回ボートを出してくれ。俺が潜って魚を獲りたい」
オヤジは無理だと言うが、ボートが好きだから海に出たいとイザベルに通訳させる。
オヤジの漁場は浅い。5メートル前後の水深だ。岸から離れて深場に行ってもらう。Tシャツと短パンを脱ぐ。イザベルが『無理しないで』と一言。ボートに有った袋状の網を持って海に飛び込む。
水深10メートルの岩の陰に50センチ程のブダイを見つける。俺が近寄ると完全に岩の陰に隠れる。念力で岩影から引き出して捕まえ網に入れる。同じ水深の5メートル程先の岩陰から、白いヒモ状の物が何本も出て動いている。ロブスターだ。静かに近づく。白いロブスターのヒゲは約10本。5匹はいると言う事だ。
念力・・・ゾロゾロとロブスターが岩陰から出て来る。1匹ずつ捕まえて網に入れる。全部で6匹だった。全部1キロ前後の大きさだ。更に泳いでいる50センチから70センチ程の魚を10匹捕まえた。潜水開始から10分が過ぎていたので浮上した。
30メートル程離れていたボートのオヤジが俺を見つける。エンジンを掛けて近づいてくる。網にイッパイになった獲物をオヤジに渡した。網を開けて2人が驚く。大きな魚が11匹にロブスターが6匹。
浜に向かってボートを進めながらオヤジとイザベルが話をしている。獲物をどうするかと言う話だ。結局、魚9匹は売って、ロブスターは自分たちで食べる事になった。1匹は俺が刺身で食べるから取っておけと言う。
浜に戻ると、9匹の魚はすぐに売れてしまった。2200ペソになった。ロブスターは隠さなかったが、誰も値段を聞いて来なかった。高いのが分かっているのだ。オヤジは辞退したが、無理やり売り上げの2200ペソをオヤジのポケットに入れた。
オヤジが俺に言う。
『トールはいい漁師だ。ここで漁師になればいい』
イザベルと笑った。
豪華な昼飯だった。俺はロブスターの刺身で、みんなはロブスターのガーリック焼きと魚のバーベキューだ。ロブスターの頭はスープに入れられて、いいダシが出ていた。ロブスターは五色海老という種類だったが伊勢海老と遜色ない位に甘くて旨かったが、ワサビが無いのが残念だった。
ビールを片手に部屋に戻ると携帯が鳴っている。二階堂からだ。彼と海上自衛隊幕僚長の河野がセブに来ると言う。2人はスービックに護衛艦「かが」が入港したのに同乗しており、去年と同様にドゥテルテ大統領を迎えた後だと言う。午後4時にセブのマクタン空港に到着すると言う。バランバンまでの交通手段を聞くので空港まで迎えに行くと言った。
イザベルの運転でセブシティに向かう。空港に行く前に、日本から持ってきた1000万円を両替する。何ヶ所かの両替商を廻り470万ペソになった。イザベルは、俺達の所持金が10ミリオン(1000万ペソ)を越えたと言い、信じられないと俺に抱き着く。日本の貨幣価値にすれば1億円だ。
空港ターミナルの出口付近に車を停める。セキュリティーが来て車を動かせと言われるが、500ペソを渡すと、停める場所を指示してくれる。俺は車を降りてターミナルの出口で2人を待つ。出て来た2人は笑顔だ。河野は海自の制服のままだ。
ハイラックスの後席に2人が乗る。2人にイザベルを紹介する。
『俺の妻』
二階堂はイザベルがCIA出身なのを知っている。
俺の短パンTシャツ姿を見た2人は、自分達も同じような服を買いたいと言うので、バランバンの街に入ってガイサノで服を買った。ペソを持っていなかったのでイザベルに払わせる。
自宅に連れて行く。広い敷地と大きな家に驚く2人。両親に2人を紹介した。政府職員とジャパン・ネイビーのジェネラル。兄弟達も出て来て挨拶をする。庭では再びのバーベキューの準備が整っていた。イザベルが、お客さんが来るので、『おもてなし』を、と言っていたようだ。
前回と同じに豚肉10キロと鶏肉5キロが用意されていた。彼らが、ガイサノで買った短パンTシャツに着替えて出て来るとパーティーの始まりだ。
身内が食べ終わると門が開けられ、近所の子供達が入って来る。彼らの番だ。庭には30人を超える人達で賑やかになる。1つのプラスチックテーブルを俺とイザベル、河野と二階堂の4人で囲む。俺達の普段の生活を聞きたがるのでイザベルが説明した。
まだ、工事が終わったばかりなので通常の生活では無いし、俺は日本とバランバンを行き来する生活だ。イザベルは、俺にここにずっといて欲しいと言った。
河野と二階堂に家の中を案内し、庭の内側を一周した。途中で子供がまとわりついてくる。
門から出て3人で浜に歩いた。僅か50メートルで海だ。夕日は殆ど沈み、水平線が赤くなっている。
河野がしみじみと言う。
「憧れます・・・こういう環境に。自分は退官したら沖縄に隠居しようと思ってますが、ここもいいですね」
二階堂が言う。
「あの家を買うのにいくら掛かったんですか?」
「土地と家で1000万円位じゃないかな」
驚く2人。河野が言う。
「10倍出さないと沖縄では無理ですね」
「金だけじゃなくて、生活感が、俺達が子供の頃の日本みたいなんだよ。それでも、ここ10年でフィリピンでもスマホが完全に普及して、人の繋がりが密だったのが薄くなってきてるな。若い人たちは指で会話するようになってしまったから」
家に戻りイザベルを入れた4人でビールを飲む。俺達が散歩に行っている間にイザベルがいつものホテル『セイラーズキャビン』に2ベッドルームの部屋を取っていた。代金も支払ってきていた。客が泊まれる準備までは整っていないのだ。
夜11時まで語り合った。北朝鮮や韓国、中国の事。スービックで会ったドゥテルテ大統領の事。それぞれの生活の事。イザベルの妊娠の事。俺の力の事。
2人をホテルに送って行った帰りにイザベルが言う。
「トールはみんなに頼りにされてるね。私だけの物にしたいけど、無理は言わない。でもね、どんなに忙しくても私と赤ちゃんの事は忘れないでね」
運転するイザベルの肩を黙って抱きしめた。イザベルの目から涙が溢れている。
「ドン ウォーリー・・・ユーアー マイ エヴリシング」(心配するな。お前たちが俺の全てだから)片手をイザベルのお腹に置く。元気に育てと念じる。
8月27日。朝8時にホテルに行く。2人は朝食を終えてコーヒーを飲んでいる所だった。ハイラックスに2人を乗せて家の近くの浜に行く。オヤジが網を上げて帰って来た所だった。
イザベルの兄弟が釣竿を2本持って来る。魚を売っているイザベルから小さめの1匹を貰って釣り餌を作る。
2人をボートに乗せてオヤジに海に戻ってもらう。河野が釣り好きなのを聞いていた。沖に出て釣りだ。15センチ程の魚が2匹釣れたが大きなアタリは無い。俺は網袋を持って海に飛び込んだ。50センチ程の魚を捕まえて、河野の釣り針に掛ける。ボートでは大騒ぎだろう。更に同じ様な大きさの魚を11匹とロブスターを7匹獲ってボートに上がる。驚く2人。
小さめのロブスターを捌いてエサにすると、面白いように魚が釣れる。20センチ程の小型だが、アジに似た魚が16匹。笑顔で浜に戻る。
大きな魚10匹と彼らが釣った魚の半分をイザベルが浜で売る。昼食は又、ロブスターだ。
二階堂が午後1時にはセブ・マクタン空港に戻らなくてはならないと言うが、心配するなと言い、ロブスターの昼食を楽しむ。俺はビールを1本だけに抑えておいた。
ロブスターの刺身を楽しみ、イザベルの運転でホテルに戻る。2人の帰りの準備が整いイザベルに別れを告げる。
12時半。ホテルの裏庭から2人を抱えて飛び上がった。高度1000メートルで飛行する。ヘリに慣れている二人でも身体だけで飛ぶのは初めてだ。ゆっくりと景色を楽しみながら飛び、飛行場には1時前に着いた。
着陸後、初めての体験をして、2人は座り込んで笑った。
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