第138話 神の子
8月25日。朝8時に起きる。庭に出したままのプラスチックテーブルで朝食を食べる。魚のフライとご飯。遠くで鶏の鳴き声がする。
空を見上げて伸びをする。ユルい気分が最高だ。家族が古い家から出て来る。何となくマシな服を着ている。イザベルに服を着替えろと言われる。教会に行くのだ。今日は日曜日だった。
まともな服など無いが、他のTシャツに着替えスニーカーを履く。短パンのままだ。
ハイラックスの運転席にイザベル。助手席に俺。後ろの席に両親と姉妹の4人。荷台に兄弟2人と子供が4人。
日本だったらすぐに捕まるだろう。
教会の椅子に座っていると眠気に襲われる。ビサヤ語の説教は全く分からない。何度か起立する時にはイザベルに腕を引っ張られて立ちあがる。1時間のミサが終わって教会の外に出て伸びをする。長い屁が出てイザベルに尻を叩かれる。
木工製品を作っている家具屋に行く。ベッド、テーブル、キャビネット等が並んでいる。シンプルでしっかりしていそうな幅60インチのダブルベッドを選ぶ。両親にも同じものだ。兄弟と姉妹は54インチの物。子供達にはそれぞれ42インチの物を4台選んだ。
フィリピンではベッドの幅は6インチ刻みだ。60が約150センチ。日本のダブルベッドの140センチよりも幅が広い。48が約120センチで日本でのセミダブルだ。
6台のベッドは昼過ぎに配達してくれる。42インチの4台は3日後になると言う。これから作るのだ。ダイニングテーブルを見る。長辺が4人で使える10人用のテーブルを選んだ。椅子も10脚付いている。それが一番大きな物だった。木製の応接セットも買う。3人掛けと2人掛けが一つずつと1人用が2脚でテーブルも同様のデザインだ。何となく中国にありそうな感じだったが、イザベルの好みで決めた。ベッド10台とテーブルセットに応接セットで12万ペソだ。
次にガイサノに行き、ベッドの幅に合ったスプリングマットレスを買う。スプリングマットレスは高級品だ。スポンジのマットレスが一般的なのだ。
マットレスは全部のサイズが在庫で有った。シーツや枕も買う。マットレス10枚と寝具類で7万ペソだった。マットレスのみ配達にした。午後に届く。荷台には枕等の寝具類が満載だ。
買い物が終わり、家に帰る途中にあるピザ屋で昼食だ。直径12インチのピザ6枚を12人で食べるが、2枚近く余ってしまい持って帰る。今日も仕事している大工達へのお土産だと言う。持ってきていた1000ペソ札の2束が殆ど無くなった。
イザベルと自分たちの部屋に入って落ち着く。彼女はノートを俺に見せ、今までに家に掛かった金額や買い物の額を説明する。彼女の説明は聞いていなかった。顔を見ているだけで幸せだ。おもむろにキスすると『私の説明を聞いていないでしょ』と言って怒る。怒る顔が愛おしくて又、キスする。2人で笑った。約570万ペソが残っていると言う。
庭に置いた椅子でビールを飲んでいると、ベッドやマットレスの配達が来た。タイルを張り終わっていない部屋の分はガレージに置いた。女性陣は古い家からの引っ越し作業を始めている。みんな喜々としている。何でも運んで来ようとする母親に、イザベルは『それは捨てて』と言うが母親は聞き入れない。
『もったいない』
これもフィリピン人の口癖。
物質的に豊かになり、使える物でも捨ててしまい新しい物を買う日本。昔はみんな『もったいない』と言っていた。
新しい家に置かない物は全部ガレージだ。どうするのか聞くと、全部売れるのだと言う。ガラスが割れている古い食器用のキャビネットや、ガタがきているテーブル。潰れているスポンジマットレス。全部売るのだ。
午後4時になり母親と姉、俺とイザベルの4人で再び家具屋へ。ダイニングに置く新しいキャビネットを買いに来た。幅2メートルの立派なキャビネットが有るが38000ペソだ。3人の女性たちは一回り小さな簡素な12000ペソの物を見ていたが、立派な方が家に合うと俺が決めた。俺達の部屋に置くテーブルも買った。両方で4万ペソだ。
次にガイサノだ。リビングに置く50インチのテレビを買う。高かったがソニーを選んだ。85000ペソ。洗濯機を買おうとしたが母親が『手で洗わないと綺麗にならない』と言って反対した。歌を歌いながら洗濯している光景を思い出し、洗濯機はやめた。
食器類を選ぶ女性陣。俺は洋服売り場に行ってジーパンとアロハシャツを3枚選んだ。金を持って無かったのでイザベルを呼んで支払ってもらう。2000ペソ。
自分の服を持ち、テレビを車に運ばせて、エアコンを掛けた車の中で寝そべって女性陣を待つ。15分程して従業員にダンボール箱を持たせて3人が車に戻って来る。
市場に行き夕食の買い物だ。俺はそのまま車で待つ。少年がミネラルウォーターを売りに来た。ビールはないのかと聞くと、入れ替わりに女の子が来る。食べ頃の可愛い子だ。ビールを受け取る。あまり冷えていないが可愛いのでOKだ。50ペソだと言うので100ペソ渡すからちょっと待っていろと言い話しをする。英語を話せる18歳の大学生。名前はクリステル。ショートパンツから伸びる足がセクシーだ。学校の時間以外は母親の店を手伝っているらしい。電話番号を聞こうと思った時にイザベル達の姿が見える。
イザベルの姉が長さ60センチ、直径35センチはあるデカイ果物を抱えて来る。『ジャックフルーツ』だ。世界最大の果物。その他『マンゴスチン』や『ランソニス』も買って来る。イザベルがクリステルに何か言っている。その内に笑い出す。2人は親戚だった。イザベルはクリステルに100ペソ渡している。何だか恥ずかしいぞ。更に待つ事10分。野菜類と豚肉5キロを買って来た。助手席に乗ったイザベルの顔をまともに見れない。イザベルが言う。
「可愛いでしょ、クリステル。この街の人は殆ど知り合い。クリステルは私たちの結婚パーティーにも来てたのよ」
「だと思った。見た事あるような気がしたから」
誤魔化す。この街では大人しくしていないと。
家に帰ると、既にキャビネットが届いていた。テレビの設置や配線も終わっている。前から使っていた32インチのテレビは俺達の寝室用になった。
エアコンをつけ、新しいベッドに寝転がる・・・快適。階下に向かって叫ぶ。
「イザベル! ビール」
階段を上がってくる音。ドアが空き、見ると母親がビールを持って立っている。ビールを受け取ると母親が床に座る。正座だ。何か言いながら頭を下げている。『サンキュー』だけ聞き取れる。手を合わせ、その内に泣き出す。訳が分からないが俺も正面に座り肩を抱いた。イザベルが階段を駆け上がって来て母親に何か言う。2人で話している。母親は泣きながらイザベルに抱き着く。イザベルが俺に言う。
「トールに感謝してるって。あなたは神様が私達に送り出してくれた人だって」
神の子になってしまったか。母親はイザベルに促されて階段を下りて行った。 腹が減った。
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