第135話 還暦パーティー

8月22日。朝9時に起きる。今日で還暦を迎える。2階の風呂場が賑やかなので覗いてみると、神原夫妻がパオにシャンプーをしている。

 パオが情けない顔で俺を見る。身体をブルブルと揺するので神原は顔まで濡れている。幸恵が俺に言う。

「すぐ終わりますから、ちょっと待って下さい」

 リビングのテレビを点けてソファーに座る。ニュースでは韓国車のアメリカでの売れ行きが激減し、ヨーロッパで評判が良いマツダの、アメリカへの本格的な進出が報じられている。安くて人気のあった韓国製小型車の価格が日本車と同等かそれ以上になってしまうと、韓国車を選ぶ人はいない。

 テレビに集中していると、庭からパオの吠える声が聞こえて来る。シャンプーが終わり、神原と遊んでいるようだ。娘達も起きてきて朝食を食べる。 

 幸恵が娘達に『パオを寝室には入れないでね』と言う。家の中でパオを入れていいのはリビングだけという約束だ。娘達は素直に『ごめんなさい』と言う。目に見えて大きくなってくるジャーマンシェパードのパオを娘達は大好きだ。毎日、庭で転げまわって遊んでいる。この家を買って、本当に良かったと感じる。

 1階の神原夫妻の部屋の工事も順調に進んでいる。あと3日で終わるそうだ。

 昼食は久々に築地のすしざんまいに行く。神原夫婦も一緒だ。神原にG63を運転させ、俺は助手席に乗った。後ろに座る幸恵と娘達を見ていると親子の様だ。

 すしざんまいではテーブル席に座り、娘達が注文用紙に書き込んでいく。相変わらずの大トロ好きだ。神原は青魚も好きで『こはだ』や『しめ鯖』も食べた。ビールが旨い。

 昼食の後は日本橋三越で、俺の還暦パーティーへの娘達の服を買った。

 スタイリストが選んだドレスを着ると、どこかのお嬢様のように見える。靴やバッグまでを揃えると2人分で90万円だった。幸恵にも華やかなスーツを。神原にはヴェルサーチのスーツを買った。2人分で40万円だ。全て現金で払う。俺のシルクのシャツも2枚買う。

 松濤の家の車庫に車を入れていると、上の庭でパオが喜び吠えている。走り回っているのが分かる。吠える声が子犬から成犬の声に変わってきている。

 パーティーは午後6時から帝国ホテルなので5時半に家を出れば十分だ。まだ1時間以上ある。

 メールをチェックするとイザベルからの物がある。写真が添付されている。家の写真だ。外観はほとんど出来上がっている。本文には『誕生日おめでとう。早く帰って来てね』と書いてある。とたんにセブに行きたくなる。 

 リビングのテレビ用ソファーをリクライニングさせ、ビールを飲みながらテレビを眺める。眠い。

「オジサン・・・用意しないと」

 マキの声だ。見ると綾香とマキは既にドレスを着ている。5時だ。2人を抱きしめて、俺はシャワーを浴びに寝室に戻った。


 午後6時。帝国ホテルの正面玄関に神原の運転するG63を付ける。俺と娘2人が降りる。幸恵は神原と一緒に駐車場から会場に来る。ホテル入り口にはJIAメンバーの神原の息子やジェーンが迎えに出ていた。

 会場を覗いて驚く。今までの59回分の誕生パーティーを行った広さを合わせたよりも広い。正面には『Happy Birthday中本透』と書かれた横断幕がある。娘達は二階堂にテーブルに案内される。立食パーティーだ。会場の壁際に椅子が並んでいる。

 正面のステージ横に待機させられる。会場を舞台の袖から見ると、見た事のある政治家や自衛隊3幕僚長と隊員。警視総監に警察庁長官。SBUやJIAの隊員達。CIAからも数人が来ている。神原と幸恵も会場に来たようで、娘達と同じテーブルの脇に立っている。近くのテーブルにはアンが店の女の子を全員連れて来ている。少なく見ても400人の参加者だ。会場の内外に立っている警備の人間を入れれば500人を軽く超える。

 いよいよパーティーの開始だ。菅官房長官がステージ中央のマイクの前に立ち、安倍総理を紹介する。俺の反対側の舞台の袖から安倍総理が中央に歩く。拍手が響く。

 安倍総理はスピーチの中で、俺を『一番の頼れる友人』『韓国や中国との問題解決に無くてはならない頭脳と行動力の人』と紹介してくれた。スケベで馬鹿力とは言わなかった。

 安倍総理に促されステージ中央に歩く。官房長官に短いスピーチ原稿を渡されていたが、ポケットを探しても見つからない。仕方ない。

 「今日は私の誕生パーティーにお集まりいただき有難うございます。官房長官からスピーチの原稿を渡されていたのですが・・・失くしました」

 会場にドッと笑いが広がる。

「なので自分の言葉で話をさせて頂きます・・・今現在、国際問題だけでなく国内にも問題が多く、腐敗している所が数多くあります。今や政治家の金権体質は当たり前。警察にまで腐敗が進んでいます」

会場がざわつく。

「本日づけで一名の公安警察の警視が辞職届を出したと思います。彼の不正を昨日見つけ、退職を勧めました。天下りと言うシステムが有る限り、日本から腐敗を取り除くことは出来ません。私の仕事はコンサルタントです。人にアドバイスする事を生業としています。これからも各方面に口を出していきます。今日で60歳、還暦を迎えましたが、身体が動く限り、日本の為におせっかいを焼きたいと思います。お聞き苦しい話をさせて頂きましたが、今日は、ごゆっくりとお楽しみください」

拍手が鳴り響いた。自衛隊員たちは何か叫びながら拍手している。

アメリカ大使館の日本大使が乾杯の音頭を取る。日本語が上手い。

 スピーチが続く。三菱重工社長。IHI社長・・・。3分以内のスピーチと限定されているようだ。詰まらない話を長々と聞くのは堪えられない。

 俺はステージを降りて娘達のテーブルに行き、ビールを飲んだ。綾香がテーブルから取ったローストビーフを俺の口に押し込む。空腹はいけない。鳥の唐揚げも食べた。神原が言う。

「凄いパーティーですね。普通には会えないような人ばかりです」

 神原の息子が二階堂と歩いて来てお祝いを言う。次々に人が来て祝ってくれる。初めて見る政治家が沢山いる。名刺入れに入れていた50枚が、すぐに受け取った名刺に代わる。二階堂が別の名刺入れを俺に渡す。自衛隊員が集まっているテーブルに行く。食べ物は無くなっている。SBUの連中が興奮してお祝いを言う。しまいには胴上げだ。警察関係の集まっていたテーブルは静かだ。見ると総理が来ていた。総理と握手をしてテーブルを離れた。 

 アンは名刺交換で忙しそうだが、俺を見つけて小さく手を振る。女の子達も忙しく、いろいろな人と話をしている。

 俺の名前がマイクで呼ばれる。ステージで官房長官が俺を呼んでいる。誕生祝いのケーキのカットだ。1人で切るのも嫌なのでアンを連れてステージに上がり紹介する。

「むさ苦しいジジイが切ったケーキも不味いでしょうから、美人にカットしてもらいます。いつもお世話になっている、銀座8番館の『夢路』のママです」

アンが一礼して1メートル角の四角いケーキにナイフを入れる。顔が上気している。抱きしめたい・・。ボーイにナイフを渡してアンとステージから降りる。 官房長官がマイクを取って言う。

「この後、ケーキはカットされて各テーブルに運ばれます」

 アンは店の子の方に戻り、俺は総理に呼ばれる。

「さっきの天下りの件。実に興味深いです。今度、時間を取って対策を考えましょう」

 そう言って総理は握手し、SPに守られて会場を出て行った。

 カメラマンが初めから俺に付いて回り、名刺交換や話す相手との写真を全部撮っている。

 アンと店の子達は7時半に会場から出て行った。その頃には娘達は飽きてしまい壁際の席に座っていた。神原に言う。

「娘達が疲れたようだから先に帰ってくれるか。プレゼントも持って帰ってくれ」

壁際のテーブルには俺が受け取ったプレゼントが山のようになっていた。ビール好きなのを知っている人は世界のビールなどという箱詰めをくれた。ボーイ達がカート3台にプレゼントを載せて駐車場に運ぶ。会場入り口の受付で貰ったお祝い金はジェーンと他のJIA隊員が管理している。

 ジェーンが俺の方に来て言う。

「おめでとうございます。お祝い金は二階堂に渡しておきます」

「ありがとう。いつも綺麗だね」

「お世辞でも嬉しいです。銀座のママには敵いませんけど」

言葉に詰まる。

「・・・このパーティーの費用はどうなってるの?」

「政府に機密費っていうのが有りますから心配無いです」

 振り返り去って行く。歩いて行く後姿がセクシーだ。タイトスカートの尻から続く細い足首までが理想的なカーブを描いている。2インチのヒールは何かあった時に走れる限界の高さだと、いつか言っていた。


 8時半にパーティーはお開きになった。二階堂と自衛隊3幕僚長を連れてアンの店に行く。アンへのお礼を含めて各種シャンパンのピンクを空けた。支払いは98万円だった。天下りの話をスピーチでしたからか、河野以外の2人の幕僚長は俺の顔色を見る様な雰囲気だった。河野は海上自衛隊を退官した後は沖縄でサバニ(小舟)を買って釣りをして過ごすのだと言っていた。

 帰り際に、パーティーに来てくれた女の子達に2万円ずつをチップで渡す。

 タクシーで家に帰ったのは11時だった。神原夫婦と娘二人がリビングにいた。綾香が冷蔵庫からビールを持ってきてくれる。軽食がダイニングテーブルに置いてあり、俺も座りビールを飲む。神原が立ち上がって言う。

「総理大臣まで出席するような場に初めて行きました。改めて、自分達はすごいお宅で働いていると認識しました。息子を含めて、これからも宜しくお願いします」

「まあ、気楽に行こうよ。神原さんもビール飲みなよ」

 ネクタイを外し綾香に渡した。上着も渡す。3階のクローゼットに仕舞いに、マキと上がっていく。そのまま自分達の部屋でゲームだろう。幸恵が娘達に付いて行き10分程で戻って来た。娘達に着終わった俺のスーツへのブラシの掛け方を教えてくれていた。俺にも一言。『着終わったシャツを捨てないで下さい。この前も三越で買ってましたけど、ちゃんとクリーニングすれば何度でも着られますから。シルクですからね』と言われる。素直に従う。


部屋の隅でパオがあくびをしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る