第133話 天下り天国
8月20日午前11時。
神原夫婦が引っ越してきた。4トントラックの荷物は1階の空きスペースの4分の1程度で収まった。引っ越し屋3人がテキパキと荷物を運ぶ。手伝いに来た息子は赤坂JIA の事務所で見た事があった。
到着してすぐに『両親がお世話になります』と頭を下げ、引っ越しの挨拶だといい缶ビール1ダースが入った贈答用の箱を渡した。銀縁のメガネを掛けた太めの身体は諜報機関の人間には見えないが、二階堂によると、元ハッカーの優秀な分析官らしい。名前を翔太(ショウタ)と言い25歳で、下北沢のアパートに一人住まいだった。
昼食は神原が蕎麦の出前を取っていた。引っ越し蕎麦だ。娘達と一緒に6人で食べた。
午後2時になり三越のインテリアデザイナーと担当者が来る。1階のリノベーションを頼む。先々、1階だけをアパートとしても使えるように独立させる。2階への階段前には鍵付きのドアを設置する。壁一面のクローゼットを付けた10畳の洋間を二つ作り、シャワーだけだったバスルームを浴槽付きの物に変更して、トイレは別にする。照明や壁紙は幸恵が決めた。見積もりは600万円前後だった。神原夫婦は驚いたが、明日からの工事を頼む。
買い物も担当する幸恵に、娘達と俺の食費はいくら渡せばいいかと聞く。今までは夫婦2人で月に6万円の食費で十分だったと言うが、朝霞と渋谷では食料品の値段も違うし、デザート類もいつも用意するようになるので、取りあえず月に20万円と決める。高額なステーキ肉は別勘定だ。娘達が幸恵にキッチンを見せている。『オバサン』と言って懐いているが俺の事を『オジサン』と呼んでいるので『幸恵さん』と呼ばせることにした。
神原が、自分が運転手をする車を見たいと言うのでガレージに連れて行く。G63とE63Sの前に立って神原は唖然として言う。『タクシーを運転していた時には、近寄らないようにしていた車』だと言う。
両方の運転席に座らせる。G63の方が運転し易そうだと言う。四角い見切りのいいボディだからだろう。
幸恵と娘達は早速スーパーに買い物に出て行った。幸恵には来月20日までの分として20万円を渡してある。
神原は車の掃除を始める。仕事は明日からでいいと言ったが汚れた車は我慢できないらしい。荷物の片づけは夜にやるので大丈夫だと言う。
午後6時。二階堂が人を連れて来る。応接間で向かい合って座る。俺の前にはビール。彼らの前にはコーヒーだ。パチンコ屋の件だと言うので、朝鮮人を懲らしめるのかと思ったが、話は簡単ではないらしい。
パチンコ屋の組合として『全日遊連』という組織が有り、管轄するのは警視庁、国家公安委員会だ。全国の約90%のパチンコ屋は在日韓国・朝鮮人による経営で、朝鮮人経営のパチンコ屋の収益は朝鮮総連を通じて、多くは中国経由で北朝鮮に流れている。
二階堂が連れてきた男は公安警察のナンバー3で中川と名乗った。公安警察とは国家体制を脅かす事案に対応する警備警察で東京では警視庁の公安部門となる。国外的にはテロ等への対応。国内的には社会主義集団、極左暴力集団、右翼団体、朝鮮総連を捜査し取り締まる。
JIAは公安警察の頂点で在りながら独立した組織だと言う事だ。
公安の中川の懸念は、警視庁からパチンコ組合の全日遊連への天下りだった。警視庁のお偉方が天下りしていく先への捜査は当然甘くなり、情報も洩れる。結果として、パチンコの収益が北朝鮮へ流れるのを警視庁が黙認しているのと同じになっていると言う。日本国民が、パチンコ屋で北朝鮮のミサイルの代金を出しているのだ。
警察関係からの天下り先としては、表立っては警備会社だが、違法駐車の取り締まり関係を委託されている会社等も殆どが天下りを受け入れている。天下りを受け入れる会社にしか仕事を回さないと警察が匂わせば受け入れざるを得ない。税関職員の輸出入業者(商社)への天下りなども、数え上げればキリがないと言う。陸上自衛隊の田村と四菱重工の人間が一緒にクラブに来ていたのを思い出す。
中川がターゲットとして狙いを定めているのは、現在、全日遊連の役員に名を連ねている『徳永』という、元は警視正だった男と、現警視であり、全日游連に便宜を図っている『松本』という男達だ。徳永が1年後に全日遊連を引退した後に、松本が全日遊連に天下りが決まっているようだ。徳永は世田谷のマンションが自宅だが、月の半分は、全日遊連が所有する箱根の別荘に滞在していると言う。松本も、その別荘に入り浸っているようだ。
二階堂が言う。『徳永も松本も少女趣味があり、13歳から16歳の少女を別荘に引っ張り込んで淫行に及んでいるようです』・・・・許せない。
綾香が食事の用意が出来たと呼びに来る。綾香とマキ。二階堂と中川が向かい合わせに座り、俺はテーブルの上座に座った。幸恵の作った『豚の生姜焼きとポテトサラダ』は旨かった。綾香はポテトサラダの作り方を覚えたいと言う。神原夫妻は1階で別に食事をすると言い、幸恵が俺達の夕食が終わるのを待っていた。
ウチの娘達と同じような歳の子を警察官が弄んでいるのかと思うと余計に腹が立つ。
食事が終わり、俺達3人は応接間に戻った。二階堂によると連中は毎週水曜の午後から木曜の朝にかけてと金曜の夜から日曜の夜まで、箱根で秘密の遊びをしているらしい。明日、懲らしめてやる事にする。
午後8時半になり銀座に向けて家を出る。二階堂と中川も一緒にタクシーに乗る。中川は助手席に座った。9時過ぎに銀座八番館の前に着くと、加島、小田、長谷川の3人が並木通りに立って待っていた。3人は二階堂を見て姿勢を正す。彼らに言う。
「今日は遊びに来たんだから固くなるな」
頭を掻きながら3人が付いてくる。店には2組の客が居た。1組はアンの元々の客で2人組。もう一組は雇った女の子が呼んだ客で3人組だ。なかなか上手くいっているようだ。俺が送った胡蝶蘭を指差してアンが礼を言う。俺は4人で来るとアンに言っていたが6人になってしまったので、女の子が足りないと言ってアンは困っているが、気にするなと言った。アンと2人の女の子が俺達と座る。まずはシャンパンだ。クリュグのピンクを開ける。
細長い9個のシャンパングラスにボーイが均等に注ぎ、空になったボトルを下げる。
俺が音頭を取る。
『開店おめでとう。カンパイ!』
シャンパンの次は水割りだ。俺と二階堂は焼酎の『魔王』。他の4人と女の子は『響17年』の水割りだ。各種チーズの盛り合わせとアタリメが運ばれる。3杯目の水割りに手を出す頃にはSBUの3人も完全にリラックスしていた。焼酎とウィスキーも新しいボトルが運ばれる。
ママのアンが移動していた席から俺の隣りに戻って来る。
「おかえり。シャンパンもう1本いくか?」
「おいしいワインが沢山あるけど、たまにはワインはどう?」
ワインリストを持って来させた。20種類のワインの名前が並んでいるが、ワインはサッパリ分からない。二階堂にワインリストを見せる。
「いいワインが並んでますね・・・シャトー・ペトリュウスが置いてある」
「旨いのか?」
「飲んだことありません。とても手の出るワインじゃないです」
アンが言う。
「それは飾りみたいな物だから出なくてもいいの。こんなのまでありますよって自慢です」
「いくらするんだ?」
ワインリストを見て二階堂が答える。
「70万円です」
SBUの3人と中川、2人の女の子達も『ウワァー』と声を上げる。俺が言う。
「飲んでみよう」
ボーイがコルクの栓を抜き、テーブルの上に置く。アンが臭いを嗅ぐ。ボーイがワイングラスに少し注ぎ俺に渡す。グラスの中の液体を軽く回し、香りを嗅ぐ・・一口飲む。
全員の目が俺に集中している。もう一口飲む。
「分からない!」
全員大爆笑だ。9個のグラスに均等に注がせた。加島がボトルを持って帰ると言う。
長谷川がブツブツいいながらワインを飲む。『グラス一杯で約8万円・・・あり得ない』
小田はチーズを食べながら、ワインを楽しんでいる。『1000円のワインとは違う・・・』
10時半になり寿司の出前を12人前取る。女の子達にも遠慮せずに食べろと言った。他の二つのテーブルにも、アンが小皿に寿司を取り分けて持って行く。1つのテーブルの客が挨拶に来て名刺を渡す。『東京トヨペット』の社長だ。アンの元々の客。俺はコンサルタントの名刺を渡す。古い名刺で住所は前のマンションだが、携帯の番号が同じなのでいいだろう。
もう一つのテーブルからも挨拶に来る。中堅どころの印刷会社の社長。映画の寅さんに出て来る、タコ社長にそっくりだ。『何かお話があったらご紹介ください』と営業を忘れない。名刺を交換する。俺の連れは名刺を渡せるような仕事ではない。
12時前に清算を頼む。148万円。現金で払う。1万円札を48枚と一束。全員が呆気にとられる。
閉店後、いつもの帝国ホテルでアンを待つ。
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