第130話  鬼

8月15日 午後6時過ぎ。琉球畳の座敷で目が覚める。美香に起こされた。

座敷の端に鬼が座って俺を見ている。驚いて美香に抱き着いて言う。

「鬼だ! おい、鬼が出た!」

美香が笑う。

「鬼じゃないよ。似てるけど・・・お父さん」

お父さん・・・美香のお父さん?目をこすりながら鬼を見る。鬼が笑って言う。

「お世話になりました。美香の父です」

座敷に手を着いて頭を下げている。美香から手を離し姿勢を正す。

「こちらこそ・・・鬼なんて言って済みません」

角刈りに赤黒く焼けた肌。体重100キロはありそうな巨体が近づいて俺の手を握る。


オバアがゴーヤチャンプルと焼き魚を持って入って来る。美香が泡盛の用意をする。

先週、内地での仕事を辞めて帰って来たそうだ。借金を返し終わり、残った数十万円を頭金にして漁協から金を借りて小さな船を買い、元の漁師に戻っていると言う。

2人で飲んだ。オヤジは酒が強い。氷を入れた泡盛をストレートでガンガン飲む。8時頃にはオバアの歌が始まり、オヤジと涙を流しながら飲む。この瞬間がどれだけ恋しかったかとオヤジが言う。肩を強く抱かれる。痛いぞオヤジ。美香が笑う。

 トイレに行こうとして縁側で転んだ。笑う・・・気持ちいい。このまま寝てしまえ。


8月16日 7時に起きる。オヤジは漁に行ったと言う。美香は俺の為に仕事を休んでくれた。オヤジの船は幾らしたのかを聞くと400万円だと言う。結構高い。350万円が漁協からの借金だ。魚探までは手が出ないらしい。美香の口座に500万円を振り込む。


美香の軽自動車で沖縄の観光をする。昼食で食べた『タコライス』が気に入った。タコスの具材をご飯に載せたもので、独特の臭いとチーズが癖になりそうだ。ビールとも合う。


夕方になりオバアの家に戻った。モズクを肴に又ビールだ。軽いオリオンビールは沖縄では水代わりの気分だ。俺の横で美香がサンシンを弾き、歌う。オバアとは違った良さが有る。沖縄のポップスをサンシンに合わせて歌う。 

 6時を過ぎてオヤジが帰って来る。手に小ぶりのマグロを下げている。今日獲って来た魚だ。台所で刺身にして持って来る。オヤジと飲む。今日は潰れないように加減する。オバアの歌を聞きながらオヤジと話す。美香がたまに話に入る。俺の仕事はコンサルタントだと話した。オヤジも美香も沖縄から離れたくないと言う。


歌の合間に、オバアに泡盛の水割りが入ったグラスを持って行く。一口飲んで何か言う。

『本当に幸せで、いつ死んでもいい』と言っていると美香が通訳する。オバアの背中を後ろから抱いてしまった。  

オヤジのむせび鳴く声が聞こえる。

オヤジが叫ぶ。

「きょうは、飲むさー」

いつも飲んでるだろうに・・・・。

10時を過ぎたころ、美香が布団に入って来た。静かに抱き合う。

 俺も、いつ死んでもいいような気がする。


8月17日。今日は美香の公休日だ。昼食にステーキ用の肉を買って来てオバアと食べる。

石垣牛で100グラム1200円だった。俺には500グラムで美香とオバアは300グラムでも多いと言っていた。旨い肉だった。美香もオバアも感激する。


午後2時になり帰り支度を始める。飛行服を下半身だけ着た状態で、美香に口座に金を入れて有るから船の借金を返してしまえと言った。言葉が出ない様子だった。

 出がけに親戚が来る。千代丸に乗っていた船長だ。船長が、見たことのある俺の服を見て驚き、話しかけて来るが、知らん顔をして美香に別れを告げて家を出て飛び立った。

美香にまで俺の本性を知られたくない。金持ちのジジイで十分だ。


美香と別れて30分後、松濤の家の屋上に降り立つ。3階に降りて行くと壁紙が新しくなっているのが目に入る。寝室を覗くと人の部屋のようだ。2階のリビングに行く。大きなダイニングテーブルで2人がパスタを食べていた。俺に気が付き抱き着いてくる。

帰って来たという気がする。ノーブラのTシャツに手を入れ、2人のオッパイを揉む。


三越から改装の請求書が届いていた。2000万円ピッタリだ。指定の口座に振り込む。

口座残高179億5200万円。

10日間見ないうちに『パオ』は大きくなっている。真っ黒だった毛の色が、茶色に替わってきている部分が有る。数か月後からトレーニングを始めよう。


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