第129話 大工仕事と結婚式

8月8日

セブに出発する。家の改装をする間、娘達には改装しない部屋で寝かせる。ゲーム用のテレビを置いたので問題ないだろう。10万円を渡すと喜んで留守番すると言っていた。


午前11時。いつもの装備と1000万円を持って屋上から飛び立つ。上空1000メートルまで上がり、自分の家の周りの様子を覚え、沖縄まで一気に飛ぶ。高度12000メートルで全速力。前回よりもスピードが出ている。15分を過ぎて高度を落としてみると、与論島が眼下に見える。すぐに沖縄本島北部に差し掛かる。

 計算する。時速で約5500キロ。マッハ4.5。自分の限界が飛ぶたびに上がって来る。那覇のいつもの88ステーキで1ポンドのステーキを食べる。美香に会いたいが帰りにしよう。


 再びセブに向けて飛び立つ。12時半にバランバンに着地。道路に出て、子供達に囲まれながら家へと歩く。立派な、高さ3メートルの塀と門が出来ている。大工達は塀のブロックにモルタルを塗りつけて仕上げ作業をしている。1人は鉄製のゲートの色を塗っている。母屋に向かう。子供達に俺の到着の知らせを受けたイザベルが笑顔で迎える。抱擁・・・・。


イザベルが手にノートとペンを持っている。購入した材料の価格や数量。大工達に払った給料などが全部記入されている。端の方に何やら計算した跡がある。床のタイルの数を計算しているのだと言う。バスルームが2か所で8平米。それ以外が135平米。ベランダが15平米だ。自分の計算と兄弟の計算。塀を作っている大工の計算が、それぞれ大きく違うらしい。算数に弱いフィリピン人だ。スマホの電卓で計算してやる。

 バスルームの床が20センチ角のタイルで200枚。メインのタイルが60センチ角で375枚。ベランダが40センチ角で94枚。イザベルの計算が一番近かった。それぞれ1割増しで買うように言う。バスルームの壁にも150センチの高さまではタイルを張った方がいいと言い、それも計算した。窓やドアをどの程度の物を買うかも悩んでいた。窓はルーバーを開閉する様な物が安いと言ったが、スライドサッシの一番いい物を選ばせる。ドアも重厚感のあるしっかりした物がいい。基本的な設計と図面を担当しているエンジニアが来たので、電気工事の注文も出す。全室、間接照明と直接に加えて電球は全部LED。停電が多いので6KWのジェネレーターと送電を切り替えられるようにする。ジェネレーターの小屋を母屋から少し離れた場所に作らせる。俺達の寝室にはエアコンを付ける。40万ペソ余計に掛かると言われたが了解する。建築許可がもうすぐ出るらしい。


オヤジが獲って来た魚で昼食を食べる。大きい魚は網で焼き、小さな魚は油で揚げる。2人の兄弟、オヤジの弟と息子。塀を作っている大工4人。俺とイザベルとオヤジと母親。イザベルの姉妹2人。子供達4人の18人で、庭で食べるパーティーの様な食事。ご飯は大きな釜で炊いている。イザベルが気を遣い、俺の魚の骨を取る。それを見ている子供達が冷やかす。なんだか旨い。銀座の寿司より旨い。


午後5時まで、母屋の2階の床へのコンクリートの運搬作業と、商売用の建物とガレージの基礎工事を手伝う。店舗部分、布基礎の溝を指示通りに30分で掘り終わる。ユンボ等は無い。鉄の棒とスコップだけだ。更に門からガレージと母屋の玄関までの通路を、俺が20センチの深さで掘り、砕石を敷き詰めて固める。その上に鉄筋を組み、コンクリートを流し込む準備をする。明日はコンクリートを流し込もうと言うと、大工達が『ボスがいると仕事が無くなる』と嘆く。大工4人で5日間の仕事を、今日の午後だけで終わらせてしまった。


 いつもの『セイラーズキャビン』にハイラックスで行く。今日は左側の2ベッドルームの部屋だ。階段に気を付けよう。フロントでビールを1ダース買って冷蔵庫に入れる。冷えた1缶を持って外の椅子に座る。持ち物を寝室に片づけたイザベルが隣に座って俺のビールを一口飲んで言う。

「サンキュー フォー エブリシング」

俺はうろ覚えのタガログ語で答える。

「ワラン アナマンポ アサワァコ」(どういたしまして、私の妻よ)

ここはセブなのだからビサヤ語を覚えてと言われるが無理だ。フィリピンではタガログ語が公用語だが、いくつもの言語がある。マニラの人はビサヤ語で何か言われても殆ど理解できない。ちなみに、英語もフィリピンの公用語と言われているが、全くの嘘で、大学に行くレベルまでいかないと、一般の人は英語を話せない。聞く事が多少は出来ても答えは自分の言葉になる。


 ビールを飲み終わりリビングに入る。持ってきた1000万円をテーブルに乗せる。

「この前200万ペソは残るって言ってただろ。でも、追加で40万ペソが余計に掛かるから、工事が全部終わった時に150万ペソあったとして、これを両替すると470万ペソになるから合計で620万ペソだ。俺に何かあっても心配ないだろ」

「バカ。トールに何か有るわけ無いでしょ。一緒に子供が育っていくのを見るの」

イザベルを抱きかかえて二階まで上がり、ソフトにゆっくりと愛し合った。

 夜はベイウォークでいつもの食事会だ。食い、飲み、笑う。明日も頑張ろう。


8月9日。朝から大工仕事だ。朝一番で通路にコンクリートを流し込む。塀の仕上げをしている大工を見よう見まねで手伝うが左官仕事は上手く行かない。彼らは器用にブロックにモルタルを飛ばして伸ばす。ブロック塀が綺麗なコンクリートの壁になって行く。

母屋に行くと、兄弟達はドア枠の取り付けと、屋根のスチール部分の溶接をしている。溶接の機械もよく使うと思い買わせた。5000ペソで思ったよりも安かった。午後からは電気工事で人が来る。何でもやるフィリピン人だが電気だけは怖がって手を出さない。知識のある人間の独断場だ。今日は基本的な配線を通すパイプを設置し、ブレーカーやスイッチ類の場所への穴あけの確認だと言う。照明の数が多く、ガレージ・店舗・塀周りやゲート・ジェネレーターとの交換機、全部の工事で3万ペソだと言う。2人で5日間の作業で3万ペソとは、いい収入だ。普通の大工の5・6倍の収入になる。

 作業中の兄弟に『お前達も学校に行って電気工事の勉強をして資格を取れ。学費は心配するな』と言うと大喜びだ。オヤジも手を叩いて喜んでいる。9月から入学できると言うので、8月中に工事を終わらせろと言った。

作業に力が入る。一年で資格が取れ、実習費を入れた学費は年間で6万ペソらしい。俺も毎日、作業を手伝う。フィリピン流の作業を覚え、ガレージは殆ど一人で仕上げた。コンパネで柱部分の型枠を作るのも慣れれば簡単だ。


11日の日曜日に、教会のミサを2時間空けて貰って結婚式を挙げた。始めは無理だと言われたが、5万ペソを寄付すると言うと許可が出た。神父が結婚式を取り仕切ってくれる。純白のウェディングドレスに身を包んだイザベルは天使の様だった。

 もうすぐ60歳で還暦を迎える俺にとっては、天から降って来た幸運だ。俺は『バロン・タガログ』というフィリピンの正装のシャツを着た。2人の衣装代が5万ペソ。イザベルの学生時代の友人が大勢来てくれた。


式の後、はす向かいのレストランを借り切って披露宴を催した。沢山のプレゼントが山のようになる。孤児院の子供達も全員招待した。男の子は青、女の子はピンクの揃いのTシャツを着ている。俺達からのプレゼントだ。近所に住む人達も入れ替わりで来た。沢山の親戚も来て紹介されるが覚えきれない。オヤジは7人兄弟で母親は8人兄弟だ。それが夫婦同伴で子供達も連れて来る。100人は入れるレストランだが、とても入りきれない。昼の12時から夜の7時までパーティーが続いた。来た人に記帳して貰っていた。パーティーが終わってから記帳の人数を数えると400人以上だった。支払いは約16万ペソ。イザベルが、一般人の年収だと言い驚いていた。


 翌12日から3日間、家の工事に集中した。8月末までに出来上がりそうだ。屋根が付いたので雨が降っても工事が出来る。家が完成したら新婚旅行に行こうと言った。イザベルは日本に行ってみたいと言う。


 8月15日。午前11時、ホテルから沖縄に向かって飛びたつ。30分で那覇に着いた。


美香が働いていると言っていた漁港に行ってみる。上半身だけ脱いだ飛行服姿だ。売店に行くと美香の姿が見える。漁師姿の人と慌ただしく話をしている。美香が俺の顔を見て泣きそうな顔になる。

「久しぶり・・・元気か?・・・何かあったのか?」

「私は元気。今、大変なの。ゆうべから漁に出ている船が帰ってこないの。無線もダメ」

船の名前は『千代丸』で10トンの小型漁船。船員は船長を入れて5名。那覇から北西の粟国島の沖合に漁に出たきりで、帰港予定の朝9時になっても帰らず、無線も繋がらない。久米島の北側で中国艦艇を見かけたとの報告も有り心配している。船の写真があるかと聞くと漁協の事務所に行けば有ると言われ、美香と漁協で写真を確かめる。操舵室が黄色に塗られているのが特徴だ。船長の名前を聞く。再び

『新城さん』。


グーグルマップで方向を確かめる。北西に約70から80キロ。美香と別れて飛び立つ。高度1000メートルで海を見下ろしながら飛ぶ。粟国島上空には数分で到着する。島の北側の海面を重点的に見つめる。漂流物の中に青と黄色の板切れを見つける。降下して黄色の小さな板切れを手に取る。

 板に意識を集中する。赤い破線が見えて来る。上昇して赤い破線の行く先を見る。西北西に伸びている。破線を辿って高度1000メートルで飛ぶ。数分で中国艦船に曳航されている漁船が見つかる。中国台州市と粟国島の中間地点だ。操舵室が黄色。船首に掛かれた文字『千代丸』が見える。高度500メートルに下がり透視。千代丸の船内には船員5人とマシンガンを持った3人が見える。 

船体には銃撃の跡。

 中国艦船から銃撃。20ミリ砲か。俺の周りを通り過ぎる弾丸。1発が腕に当たる。艦船のブリッジに向けて大きな光の玉を放つ。爆発炎上。急降下して千代丸に降り立つ。曳航用のロープを光の玉で切断する。

 出て来た3人の兵士を念力で持ち上げ、沈んでいく、燃える艦船に移動させる。千代丸の乗組員は怪我もなく無事だった。マスクを被っていたので顔は見られていない。全員に船室に入っているように言い、俺は船の下に潜り持ち上げる。那覇の沖合10キロの地点で着水させる。船室に声を掛け、無線で無事を知らせるように言う。


那覇港に戻った。飛行服の上半身を脱ぎ、売店に行く。美香が笑顔で言う。

「千代丸無事だった・・・無線が入ったの。お母さんのお兄さんなの。私のオジサン」

俺は売店の前に座り込んでいた。空腹が限界を越したのだ。美香と知り合いの漁師に抱えられて、売店の調理場に連れて行かれる。カツオの刺身とご飯。2キロのカツオを一本全部とドンブリ飯を2杯食べた。落ち着いた。


午後4時。美香の仕事が終わり一緒に漁港を出た。美香の軽自動車の凹みは直っていた。オバアの家に行く。オバアは黙って俺に抱き着いてくる。縁側で庭を見ながら、モズクを肴にオリオンビールを飲む。お父さんの短パンに履き替えている。

美香が横に来て俺の頬にキスをする。



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